晴天のペンタグラム

ALT_あると

プロローグ 始まりでない始まり

 電子化された音楽は、縦横無尽にリズムを変えながら、イヤホンを伝い、聞いている人間を楽しませようとしてくる。

 サビで一度は揺らめいた頭の中も、今では非常にフラットな状態だった。

「とぅ……とぅ……とぅ……」

 若干鼻歌交じりになりながら、公園のベンチに身を委ねる。

 夜の闇で満たされる中、街灯だけが周囲を照らしている。

 パトロール中の警官に見つかろうものなら、高二の俺は問答無用で補導されるだろう。

 曲が間奏に入り、気持ちが一旦落ち着く。

 ゆっくりと双眸を開くと、薄い雲の向こうに三日月が見えた。

 あれから、何日が経ったんだろう。

 最近じゃ、こんな毎日を過ごしてばかりで、時間感覚というものを喪失していた。

「吉祥だよね?」

 無数の電子の網目を掻い潜るようにして、女の声が耳に届く。

「……?」

 不快感を中心にした色んな感情でない交ぜになり、曲を楽しんでいるどころじゃなくなった俺は、ひとまず、俺の名前を呼んだ人物を確かめることにした。

「……あ、い……」

 声にならない声が自身の動揺を表す。

 これはあくまで、制服姿の――高校生なのだろう彼女が、なぜ一人で夜の公園にいるのか。そして、なぜ名前を知っているのか。そんな疑問に対しての動揺だった。

「だれ?」

 返事をするまで次の言葉を発しないような気がして、こちらからラリーの続きを促す。

 正面から見ると、彼女の短く揃えられた髪と、薄く仕上げられた化粧が、スポットライトの如く街灯で照らされ、清楚な風貌を引き立てていた。

 そんな格好には似つかわしくなく、彼女はさらに突っ込んだ言い方をした。

「私のことがわからないの?」

「え? ……いや、急にそう言われても……」

「やっと見つけたと思ったら……。今まで何をしてたの?」

 多少の誤差はありそうだが、大体は同い年だろうと踏んだ俺は、最初から崩した喋り方を意識していた。

「ちょっと待って。俺って君と知り合いなわけ? どこかで会ったっけ?」

「……え?」

「……え?」

 自分の思い通りに事が運ばなかったのが相当嫌だったのか、渋い顔をされる。

 いや、俺も似たような心境だ。

「……わかりました。ごめんなさい。私の勘違いだったみたいです」

 少し逡巡した素振りを見せると、諦めたような雰囲気が全身から見て取れた。

「遅いですから、帰った方がいいですよ」

「……ああ、うん。わかりました。たしかにそうですよね。そろそろ帰ろうかな」

 急に敬語にシフトされるもんだから、俺もその空気に流されてしまう。

 ポケットに入れてある音楽プレーヤーを弄り、一旦ミュートにしていた音量を元に戻す。

 くそ、好きな部分を聞き逃したか……。

 公園を出る直前に、何となしに振り返ってみると、彼女はまた渋い顔をしていた。

 顔が俯いているせいで、首から下げた青いリボンに影ができている。

「…………」

 いや、『悲しそう』かな? まあ、渋い顔ってことにしておこう。

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