第26話 当然だが子供が大人に成長しても当時の大人はさらに年功を重ねる、逆転は一生無い



 ヒーローごっこ。


 仮想の悪と戦うこの遊びは時代を超えて子供達から常に親しまれ続けている。どの世代でも男子であれば一度は通った道。

 その熱中のピークは大体が幼稚園・保育園の年少から年中に掛けてではなかろうか。流石に小学生になってからも、まだ続けてる奴なんて殆ど居なかったと記憶している。まあ、中には大人になってから全力でやる人も居るっちゃ居るらしいのだが。


 小学の当時、俺こと戸塚恭介も恥ずかしげも無くそのヒーローごっこにのめり込んでいた。

 だが俺のやってたアレは、ごっこ遊びと呼ぶには余りにも歪かつ過激なもので。実際、当時はヒーロー「ごっこ」ではなく、本物のヒーローのつもりでそれに励んでいた。


 たちの悪い事に、神通力を用いてだ。


 なまじ神通力の習得が普通より早い段階で出来てしまったのが原因だろう。小学生でそれをまともに扱える奴は俺を除いて他にいなかったと思う。これは決して自慢ではない。


 一歩間違えれば取り返しのつかない事故に繋がる巨大なチカラ。それを自己判断の危うい子供が扱えるのだ。周囲はもちろん、己にとっても相当な危険リスクと言えよう。

 村の大人達が万が一の可能性を危惧していたのは当然の話で。昔から承和上衆の子供達に対しては情操教育及び道徳教育を徹底して叩き込んでいた。

 もちろん俺に対してもだ。


 しかし、その教育を受けた俺の思考は間違ったベクトルに傾いてしまったらしい。「正義」という一見正しく耳障りの良い言葉に憧れ、そして取り憑かれてしまったのだ。

 ヒーロー役は自分、悪役わるものは見ず知らずの大人。誰彼構わずという訳ではなかったが、柄の悪い奴を捕まえては(見た目で判断)、正義執行という名の一方的な暴力を奮っていた。

 今思うと最悪である。現在お転婆と名高い弘香の比では無い。


 当時から既に治療ではなく観光目的として村に訪れる人も多かったので、ターゲットに事欠くことはなかった。例えばゴミのポイ捨て等、マナーの悪い人を見つけては


「拾え」「……なんだこの餓鬼」 

「拾わなかったらぶっ飛ばす」「ハハッやってみろ」 

「フン!」「グハッ!」 

「チェスト!」「あふん!」 

「あたたたたた!」「ちょ、止め……誰か助けて!」 

「おあたあ!!」「ひでぶっ!」


 大体こんな感じだったと思う。

 無論、こんな事を繰り返していたら大人達に目を付けられるのは当然な訳で。事態が発覚するたびに吊し上げられては大説教を食らっていた。


 しかしどれだけ折檻を受けても俺は懲りも反省もせず、次の標的を探し続けた。正義という建前がある限り、多少の暴力は許されると本気で思っていたのだ。

 実際は覚え立てである神通力の全能感にただただ酔っていただけなのだが。



「じゃあさ、私が悪役になってあげる」


 そんな悪童を正しい方向に導いてくれたのが敷島白魚という人物である。

 当時中学生だった彼女は、大人でも手を焼いていた俺の前に突然現れて自ら悪役を買って出たのだ。


 無論、最初は断った。当然だろう、俺は本気で正義をやってるつもりだったのだから。遊びと思われてるのは癪に触ったが、正義は一般人を傷つけない。

 俺は溜め息を吐いて確かこう述べた。


「ごっこ遊びがしたいなら他をあたってくれ、俺が相手するのは悪い奴だけだ」


 生意気な、というかもう痛々しい発言である。

 しかしそう言って場を去ろうとしたのだが、俺の言葉を聞いた彼女はニコリと笑った。徐ろに鞄から空のペットボトルを取り出し、道にポイ捨てしたのである。

 歩き掛けていた俺の足はそこでピタリと止まった。


「拾え」「いやよ」

「拾わなかったらぶっ飛ばす」「やって御覧なさい」

「フン!」「……遅い!」

「チェスト!」「やる気あるの?」

「あたたたたた!」「欠伸がでるわね」

「おあたあ!!」「あはは! 残像よ!」


 いいように乗せられて、いいように遇らわれて。

 いつの間にか、俺の正義執行はただのごっこ遊びに戻っていた。


 結局その日は一発たりとも彼女に当てる事が出来ず、悔しかった俺は次の日から彼女にリベンジを挑み続ける事になる。

 それがだんだんと鬼ごっこになっていたり、川遊びになっていたり。挙げ句の果てにはテレビゲームで対戦になっていたりと、気が付けば年相応の普通の遊びに変わっていたのだ。

 その頃にはもう、神通力を使ったヒーローごっこなんてどうでも良くなっていた。気さくで優しいこの人と一緒にいる方が楽しくなっていたのだ。


 当時は子供だったのでこれっぽっちも意識してなかったけど、もしかしたらあれが俺の初恋だったのかも知れない。



 ──────

 ────

 ──



「──それでさぁ、聞いてよ。大学ん時のツレに声掛けたんだけどさぁ。ケンタもショウジもリュウトもテッペーも、結婚してるだの彼女がいるだのつって私が行くの拒否んのよ。……ヒドくない? 別にお前らと寝るつもりないっつのに」


「…………」


「マミやショウコに電話しても、昔の男関係をまーだ根に持ってグジグジ言ってんの。サナなんて私に何て言ったと思う? 『あんた、またあたしの彼氏に言い寄る気?』だって。ハッ誰だよお前の彼氏って。顔も覚えてねぇっつの」


「…………」


「てゆーか恭介さぁ、外で昼食べるなら食べるって言ってくんない? 私が気を利かせてピザ2枚頼んだのに、これじゃ余っちゃうじゃん。どうすんのよホント……あ、今お隣さん帰って来たみたい。丁度いいからお裾分けにしよっか!」


「……白姉しろねえ

「何?」

「頼むからやめてくれ」


 机の上に乗っている食べ掛けの二種類のピザ。それをいそいそと一つのケースに詰め直している白姉を俺は慌てて止めていた。

 駄目だとは言わないが、田舎のご近所付き合いじゃ無いんだから干渉度合いを考えて欲しい。突然持ってこられたら迷惑かも知れないだろ。

 それに余ったならパックして冷凍すれば済む話だ。


 ──とゆうかアレだ。あんたそんな薄着でお隣さんとこ行く気なのか。お隣さん男だぞ。もしかして、ピザもその格好で受け取ったのか? 

 そもそも、キャミソール一枚で外に出ていいんだっけ? それ肌着じゃないんだっけ? 

 いや、わっかんねーよもう。俺も男だからわっかんねーのよ畜生。



 何というか、いっぱいいっぱいだった。

 嘗て共に過ごし、俺の行動を正してくれた恩人とも呼べる幼馴染み。その子と今目の前にいる人物を重ねる事がどうしても出来ない。あの頃から劇的な変貌を遂げた彼女にどう対応すれば良いのか分からなかった。

 垢抜けた、とは少し違う気がする。寧ろ何か薄汚れてしまってるように見えるのは、俺がまだまだ若造こどもだからなのだろうか。


 なんでまた俺は白姉がいる事をチクらなかったのだろう。村から失踪したという二日前から、彼女はここに訪れていたというのに。あの時はポーカーフェイスをきめ込んでいたが、エイさんの読みはバッチリ当たっていたのだ。

 白姉への同情か……まあ、それもある。何せ彼女がここへ来た時は、まるで長年付き合っていた男に捨てられた的な。そんな悲壮感が漂っていたのだ。



 時刻は夜の11時過ぎ。俺がテスト勉強の無謀な一夜漬けに挑もうとしていた時である。白姉は突然やってきた。その日は梅雨明け直前の最後の大雨で、なのに傘も差さずにずぶ濡れの状態。それも裸足であった。

 久しぶりに会った幼馴染みがそんな事件性すら感じる「訳あり感」を漂わせていたら、そら部屋に上げるのは当然な訳で。しかし理由を聞こうにも、彼女は俯いた状態で殆どダンマリだし。

 取り敢えずシャワーを貸して、着替えを貸して、ついでにベッドも貸して休ませた。俺も勉強を諦めて床に寝た。もちろん何も起きちゃいない。


 そして迎えた翌朝。起きた時には白姉はもうケロっとしていて、突然押し掛けた事を「マジごめん」と陳謝。その後「ご飯代とか諸々後で倍返しするから、暫く泊めて下さい」と更に頭を下げてきたのだった。


 こんな経緯である。

 結局何があったのか彼女の口からは話てくれなかったのだが、あの状況で無下にするなぞ俺にはとても出来なかっただろう。今日、エイさんから大体の事情を聞いて少し呆れたが、いまさら彼に報告するのも白姉を裏切る気がしたので辞めた。

 まあ、あの人の口振りからして、チクった所で無理矢理連れ戻すような展開にはならなかったのだろうが。


「あ、思い出した! まだリョータいたわ、リョータ! ちょっと電話してみる!」


 だがその判断を今、少しだけ後悔している。


 久々の纏まった非番なのだからと、友人(?)らに連絡を取っている彼女を見てそう思った。会話の節々から◯itch感が透けてならない。

 確かに大卒して村に帰ってきたのを見かけた時から、雰囲気変わったなーとは思っていたのだが。今まで全然絡んでなかったので、まさかここまで激変してるとは予想出来なかった。

 ギャップが酷くて昔の思い出が霞んでしまう。出来ればずっと知りたくなかった、いやマジで。






「ああ。それ、エイさん確信してるでしょ。私が此処あんたんとこに居るって」


 リョータとやらと電話を終えた白姉にさっき外であった事を伝えると、彼女はあっけらかんとそう答えた。どうやら俺のポーカーフェイスは完全に無意味だったらしい。


「根拠は?」

「あの人、勘が鋭いから」

「……それ根拠になる?」

「もう一つ上げるなら、恭介にバイトを任せた事ね」


 白姉いわく、現状いくら人手不足と言っても首が回らぬ程カツカツという訳では無いそうだ。二人三人、暫く外した所でそう簡単にシフトは崩壊しないのだとか。でなければ白姉も、長期外泊(逃走)の実行だなんて流石にしないのだと言う。

 意外と律儀だ。てか、怒って何も考えずに飛び出したんじゃなかったのか。


 まあとにかく。弘香の時みたいな人手を擁する緊急事態を除いて、在学中の俺に仕事が回って来る事は本来あり得ないらしい。


「つまりバイト自体は建前で、財布を忘れた白姉への生活費を渡す事が目的だったと?」

「それとあんたへの迷惑料も含んでんじゃない?」


 自覚あったのか。


「それにしては仕事の内容が重くない?」

「他に村の外で頼める仕事が無かったんでしょ。承和上衆うちの仕事は基本的に村で完結してるんだし」

「いや、だったら何も頼まず金だけ振り込んでくれたらいいのに。後で白姉がエイさんに借りた分だけ返せば済む話じゃん」


 働いた分だけこっちが損をしている気がしてならないのだが。多少不自然だろうと(多少どころではないが)お小遣いと称してくれれば、俺は妙な仕事を受けずに済んだのに。面倒な役を押し付けられた感が半端ない。


「私が此処へ来た時、直ぐにあんたが村に一報を入れてたらそうなってたのかもね。匿ってると察したからワザワザ建前を用意したんでしょ」

「ぐぬ……やっぱ完全に子供扱いされてんじゃねーか……」

「あはは!! エイさんが大人過ぎるのよ。私は感謝してるって!」


 ウリウリと頭を撫でてくる白姉に俺はジト目を送った。

 大人の癖に家出したあんたの原因でしょうが。てか、ウリウリしないで欲しい。


「私のせいみたいだし、手伝ってあげようか?」


 止めてくれ、これ以上子供扱いされたら恥ずかしくて死ねる。


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