ドラキュラ伝説紀行

神崎あきら

プロローグ

ドラキュラとの出会い

 ドラキュラと聞けば真っ先に思いつくのが「吸血鬼ドラキュラ」ではないだろうか。アイルランドの小説家ブラム・ストーカーが1897年に発表した小説のタイトルだ。小説はヒットし、その後ハリウッド映画にもなり、ドラキュラは吸血鬼の代名詞となった。そんなドラキュラにはモデルがある。十五世紀にルーマニアのワラキア地方を治めた君主、ドラキュラ公ことヴラド・ツェペシュという人物だ。彼の父はヴラド・ドラクル、ドラゴンを意味するドラクルに子の意味「a」を加えた名だ。ツェペシュは「串刺し公」というあだ名で、彼がこの処刑法を特に好んだことに由来する。


 ドラキュラ公は吸血鬼だったのか。歴史書にはそのような記載はない。ドラキュラ公は厳格な人物で、国内政策に務め強大なオスマン=トルコと勇猛に戦った英雄として記されている。ストーカーは東欧というミステリアスな地を舞台に、ドラキュラという名前の恐ろしい響きから自作の吸血鬼の名にドラキュラ公の名を借りた。今やドラキュラ=吸血鬼という図式が定着しているのは彼の辿った運命の数奇に満ちた一面である。


 私が小学生の頃、ファミリーコンピュータ通称ファミコンが流行初めていた。カセット交換方式で画面はドット、音楽もピコピコ音という今ではすっかりレトロなゲーム機だ。子供の頃からオカルトやホラーが好きだった。

「悪魔城伝説」というコナミ出したホラーアクションゲームがある。おもちゃ屋さんでそのゲーム画面を見て、おどろおどろしいダークなタイトルと世界観に興味を持った。クリスマスだったか、親に頼んで「悪魔城伝説」を買ってもらった。

 プレイしてみると、美しいグラフィック、カッコいいBGM、仲間を集めてドラキュラに立ち向かうというストイックな物語の虜になった。説明書に書かれたドラキュラの物語にはワラキアやトランシルヴァニアといったミステリアスな地名、ヴラド・ツェペシュという不気味な響きの名前が登場した。子供心に何だか分からないカッコ良さがあり、ゲームの世界に惹かれていった。


 「悪魔城伝説」はコナミの「悪魔城ドラキュラ」シリーズのひとつで、同社の看板作品だった。それからもシリーズがいくつか出されており、私はお小遣いを貯めてドラキュラシリーズを遊んだ。その中にゲームボーイで「ドラキュラ伝説」という作品があった。

 ある日、学校の図書館で同名の本を見つけた。好きなゲームと同じタイトルの本、という興味で本を手にした。それはルーマニアの君主ドラキュラ公の恐ろしい伝説の物語だった。串刺しという処刑法のほかに、数々の残虐行為の逸話が記され、吸血鬼どころか残酷な悪魔ではないかという印象を持った。ドラキュラにはモデルがおり、本物の方が小説よりもよほどインパクトが強いことに衝撃を受けた。そのダークサイドに魅了されていく。


 小説家篠田真由美先生の「ドラキュラ公」という伝奇小説がある。高校生の頃にその作品を読んだ。寒い冬の日に、ストーブの前で一気に読み進め、最後には感動して涙したのを覚えている。ドラキュラ公の生涯をひとりの従者の視点で語る物語で、史実をベースにしたリアルな筆致とドラキュラ公の英雄性を示した語りにとても感銘を受けた。

 子供心の好奇心で彼の残虐性だけが際立っていたが、国内では貴族との確執に苦しみ、国外ではオスマントルコという大国と戦わなければならなかった苦難の人生に、さらにドラキュラ公への興味が深まった。


 彼が守ろうとした国を実際に訪問してみたい、強くそう思った。海外旅行は今ではネットで航空券やホテルを予約でき、どんな情報でも簡単に手に入り、気楽に行けるようになっていると思う。当時の私は海外なんて夢のまた夢と思っていた。

 職場で初めてハワイへ行った。それが唯一の海外旅行だった。仕事は有給はあっても休みが取りにくかった。1日でも休もうものなら足りない営業目標の数字を責められる、顧客のフォローで別の人が動くことになる。この職場で働く限り海外旅行など無理だと思った。

 故あって会社を退職した。その3割は休みがもらえないので海外旅行に行けないという理由だった。次の仕事を見つける前にルーマニアに行く、そう決めていた。

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