13.目キラキラさせたリリナかわいいなチクショウ

「わかった! じゃあ交換条件だ!」


 馬車から飛び降りようと窓に片足をかけるリリナのマントを引っ張って、ヴィルが叫んだ。


 結局もうすぐ首都に着こうというときになってもまだ、リリナは馬車のなかでヴィルと揉めていた。


「リリナの魔力発芽の方法を俺も一緒に探す! その代わり、形式上俺の嫁になる。これでどうだ!?」


 感情に訴えて攻略することを諦めたらしいヴィルは、ついに利害的な話を持ち出してきた。


「い、一緒に探す……!?」


 突きつけられた条件に、リリナはそれまで険しかった表情を一変させて、きらりと瞳を輝かせた。


「ほんと!?!?」


 目を輝かせながらヴィルに詰め寄ると、なぜかヴィルは顔を赤くさせて、そっぽをむきながらごにょごにょと口を動かした。


「お、俺も一応国家級魔道士だからな、魔法の知識にはわりと自信あるし……」

「その話乗った!!!」


 一転して、ぐっ! と親指を立てるリリナを見ながら、ヴィルはがくりとうなだれ、唇を噛んで涙をほろほろと流した。


「くうぅ……ほんとはリリナにこれ以上力ついてほしくないから、この条件だけは出したくなかったんだけど……! 特に魔法面……! でも背に腹は代えられねえ……! あと目キラキラさせたリリナかわいいなチクショウ……!!」


 なにやら悔しそうにつぶやくヴィルに、リリナはにこりと笑って釘を刺した。


「一応言っとくけど、夫婦になったからって何かするわけじゃないからね。形式上だから、形式上」

「いいんだ……ひとまずリリナが俺のものになってくれればそれで……」

「変な言い方やめろ」

「結婚という事実があればリリナに変な虫が寄りつくのを防ぐことができるしな。ぶっちゃけ俺が最も恐れているのはそれだ――」


 ぐ、と顔の前で両手を組み、ヴィルは神妙なまなざしで目の前の空間をにらみつけた。


「リリナが……俺よりイケメンで高収入な奴にかっさらわれてしまったらどうしようと……!」

「だからその安直な結婚基準から一旦離れなさいよ」

「もし万が一首都の意味わからん大富豪がリリナに近づこうとしてきても、夫っていう大義名分さえあればそいつを八つ裂きにできる」

「いやできないから」


 あきれて言ったそのとき、にわかに馬車の窓の外が活気づいていることにリリナは気づいた。


 見ると先ほどまでの荒れた無舗装の道はすっかりきれいに整備された石畳へと変わっており、道には旅人や商人が行き交っている。道はずれの草原には一休みしている隊商キャラバンの姿もある。


 リリナの住んでいた田舎とは対照的なその、にぎやかな道の先にあるのは――


「つ、ついた……! 首都……!」


 思わず窓から身を乗り出して、リリナは声をうわずらせた。


 巨大なアーチ状の門に、町を囲む石壁。

 壁を越えて見えるのは敷き詰められるように並んだオレンジ屋根と、巨大な時計塔に大聖堂。

 

 魔法大国リーフィリアで最も大きな町――首都ハルティシアである。


 魔道馬車は入り口の検問待ちで行列を成す旅人たちを横目に、脇の小さな門へと向かっていった。

 守衛の男にちらりとヴィルが顔を見せれば、職務に就いていた守衛たちはたちまち険しかった顔を緩めて笑顔をつくった。


「これはヴィル・グリフォール様! おかえりなさい!」


 馬車は止められることすらなく、面倒な荷物検査や身元証明など一切すっとばして首都へと入っていった。同伴のリリナすら無条件で検問免除である。


(顔パス……さすが国家級魔道士……)


 そういえばすっかり忘れていたがこの男、リーフィリアで五人しか認められていない国家級魔道士だった。


 今更ながらにリリナがその事実を実感しているうちに、窓の外の景色が一変していた。


 喧噪であふれかえる賑やかな大通り。馬車や人々がごった返し、干し肉をつるした露店から珍しい魔道具を並べた行商までずらりと並んでいる。


 騒がしいその大通りを抜けると、一転して落ち着いた区画へと入っていき、しばらくしてようやく馬車が止まった。


「ついたぞ、リリナ」

「ついに来たのね、首都……!」


 らんらんと目を輝かせ、リリナはふんと鼻をはらした。


「ここで私は本物の魔道士に――」


 ヴィルに手を添えられて馬車から降りたリリナは、言葉半ばにして唖然と口を開き、しばし言葉を失った。


「つ……ついたって……ここ?!」


 リリナの前には、開け放たれた荘厳な鉄門がそびえ立っていた。


 そのむこうには、よく手入れの行き届いた美しい庭が広がり、庭だけでリリナの住んでいた貧乏孤児院三つくらいは入りそうである。東屋や噴水まで整備された庭園の奥には、貴族でも住んでいそうな純白の豪邸。


「? そうだぞ、ここが俺ん家――で、リリナがこれから住む家」

「……」


(さ……さすが国家級魔道士……っ)


 リリナは言葉を失い唇をわななかせた。言うまでもないがここはど田舎ではなく首都の町中。そこに構えるなら相当な資金が必要な豪邸である。


 リリナには一生縁がなさそうな住居だった。


「おかえりなさいませご主人様ー!」


 リリナが呆然と立ち尽くしていると、入ってきた馬車に気づいて一人のメイドがぱたぱたと駆けてきた。


 前掛けのある黒いメイド服。格好は一般的なそれと変わらなかったが、彼女の頭にはぴょこぴょこ動く銀色の獣耳がはえていた。さらにはスカートからふわふわした大きな尻尾が突き出ていて、わっさわっさとふっている。


「ようこそリリナ様! お話はご主人様から聞いています。長旅で疲れたでしょう、どうぞ中でお休みください」


 メイドの少女はリリナの姿を認めると、ぱっと人懐こい笑顔で出迎えた。


 なんでメイドまでこちらの顔と名前をすでに把握済みなのかという疑問は、とりあえず答えを聞きたくないので口にしないでおく。


「ど、どうも、お世話になります……」

「変身術で人間の姿になってるけど、もとは魔狼フェンリルのラヴィだ。困ったことがあったらなんでも言ってくれ」

「リリナ様。私メスなので、ご主人様に言えないことでもどんどん言ってくださいね!」

「いやメスて」


 誇らしげに胸を張りぴんと耳を立てるラヴィを尻目に、リリナは我が身にそぐわぬ大豪邸を眺めた。


(今日からここに住むのか……)


 貧乏育ちだったリリナにしてみたら、もしかしたら、喜ぶべき場面なのかもしれない。首都で豪邸を構えられるような男に嫁として迎え入れられたのだから。一億人に一人くらいの幸運を、引き当ててしまったのかもしれない。


 けど、リリナがほしいのはこういうものじゃない。金でも地位でも豪邸でもない。


 魔力だ。本物の魔道士になるに足りるだけの、魔力。


 リリナはぎゅっと唇を引き結び、質素な灰色マントの裾を握りしめた。


 ここはもう首都。どこに住もうが、誰の嫁になろうが、やるべきことは一つだ。


(絶対、魔道士に、なる……!)

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