8.ただの物理攻撃でふっとぶ魔道ゴーレムさん

 リリナが背中から愛用の魔法杖ロツドを抜き放つと、エルミアが嬉々として叫んだ。


「その使えない魔法杖ロツドで何をする気なのかしら? 落ちこぼれは落ちこぼれらしく、地べたを這いずっていればいいのよッ!!」


 オォォォオオオオ!!!


 ゴーレムが巨大な焼ける腕を振り上げ、轟々と音を立ててリリナの脳天めがけ振り下ろした。たちまちゴーレムの腕がまるごと発火して、魔界の業火に包まれる。


 火炎球ファイアーボールなど比ではない熱量もさることながら、人間の柔らかい頭など、一瞬でたたき割れそうな重い一撃だ。


「死になさい!」


 ずずん! とゴーレムの拳がリリナごと地面を叩きつけた。一拍遅れて腕にまとっていた業火が拳に集中し、大爆発を引き起こす。


 殴打をよけても続く第二派の範囲攻撃でトドメをさされる、そんな凶悪な攻撃だ。


「――あら、ほんとに死んじゃったかしら」


 リリナのいた場所は広い範囲を黒く焼け焦がし、もはやそこに何がいたかさえもわからない状態だった。その容赦のなさに、さすがに校庭が重く静まりかえる。



「――威力は確かにすごいけど」



 ふいに、静かな声が、上空から降ってきた。


「な!?」


 慌てて見上げたエルミアの視線の先、遙か上空に攻撃を回避したリリナの姿があった。


「……飛行術!? で、でも魔法陣なんてなかったはず――」


「その愚鈍さから言って、そいつを使うべき相手って、もっと同等スピードの体の大きな魔物なんじゃないの?」


 すたん、と何事もなく着地したリリナは、すっかり焦土と化した校庭を見回してわずかに眉を潜めた。


「言っとくけど弁償代はそっち持ちだからね」


 何食わぬ様子のリリナを見て、エルミアの顔に焦りが生まれた。


「うっ、嘘よ! 人間の脚力で走ってよけられるような攻撃じゃないはず……! あの範囲攻撃をよけるには魔法で対抗するか防御壁を張るしか……」


「知らない。ねえ、それより私、ちょっと用事があって急いでるん――」


「あんたの予定なんて知らないのよ! ゴーレム! フレイムブレスよ!」


 ――ぴき。


 リリナのこめかみに、青筋が一本走った。


 そうとも知らず、召喚主の命令に応えたゴーレムが、がばっと口を開く。その眼前の虚空に、魔法陣が形成された。


「これで終わりよ! 黒焦げになりなさ――」



 どがあああああんッッ!



 エルミアの発動の合図を遮って、突如轟音が校庭中にとどろいた。


 ゴーレムのブレスが大地を焼き焦がした音でも、魔法の発動に失敗して暴発した音でもない。


 何の前触れもなく、ゴーレムの足が木っ端みじんに吹き飛んだのだ。


 ――いや。


 瞬く間にゴーレムの足下に移動したリリナが、片手でぶんと振り抜いた魔法杖ロツドにより――ゴーレムの足を一撃で砕いていたのだ。


「……は?……」


 ぽかんと目をしばたくエルミアの気の抜けた声と、


 オオォォォオオオオ――――――!!!


 ゴーレムの悲鳴とが重なった。


 ずずん、と地響きをたてながらバランスを崩し転倒するゴーレム。その顔へと、リリナが一歩ずつ近づいていく。


「――私ね」


 低い声で、ぼそりとリリナはつぶやいた。


「私、魔力がほしいのよ……生まれつき問題なく魔法をぶちかませるあなたたちにはわからないでしょうけど……私……魔道士になりたいの。マントと杖で魔道士っぽく見せたり、部屋のなかで一人魔法発動の真似してるときのむなしさたるや……あんたたちにわかる……?」


 リリナの背中からは怒気と殺気が渦巻いたどす黒い気配が立ち上り、淡々と語るその声はまるで地獄の使者のように低かった。


「だから、さっさと首都に行って、魔力を目覚めさせる方法を探したいのよ……先を急いでるって、さっきから言ってるよね……?」


「ゴ……ゴーレム! フレイムブレス!」


 エルミアが指示をしても、ゴーレムはなかなか魔法を発動させようとしなかった。いや。できないのだ。リリナから発せられる威圧感に、本能が恐怖しすっかり萎縮してしまっていた。

 

「ちょっと熱いだけの魔界の土ごときが、」


 やがて首元にたどり着いたリリナは、腰を落とし、力をため、巨大な赤い魔法杖ロツドを、思い切り振りかぶった。


「ッ、ゴーレム!!!」


 がぱ、とゴーレムがやっと口を開いた。リリナの眼前、至近距離に魔方陣が展開される。当然その距離でブレスを喰らったら骨も残らす灰と化すが――


「私の……邪魔をォ……――!」


 リリナはひとつも臆した様子もなく、杖を振り抜いた。


「してんじゃねええええええええええ――――――!!!!!!」


 怒りの叫び声とともに、リリナの魔法杖ロツドが、ゴーレムの顔面にぶち込まれた。


 それは特別な魔法の込められたレア武器でもなく、打撃に優れたハンマーでもなく、本来は魔法を介するために作られただけの、ただの杖だが――


 しかし空をうねらせ繰り出されたその杖は、どぐん! とすさまじい打撃音を響き渡らせて、完成間近の魔方陣ごと、ゴーレムの顔面をたたき割った。


「は!?」


 驚愕するエルミアの脇を、魔道ゴーレムがまるでただの泥でできた何かのように、きりもみしながら吹っ飛ばされていく。


 地面を二転三転し、校庭を散々黒焦げにしたあげく、隅に広がっていた実技訓練用の森のなかに突入するや、数本の木々をなぎ倒して、ゴーレムはようやく止まった。


 魔法耐性の高い樹木たちが受け止めてくれたおかげで、大火災とはならなかったが……それでも高魔法耐性の木々が一瞬で燃え上がる様は、その魔焦土の土人形レッドゴーレムがいかに強い魔界の【物質】であるかを物語っていた。


 しかしそれが、ただの殴打で一撃に伏したのである。


「……」


 ずずん、と最後の樹木が倒れると、校庭は一転して静まりかえった。ゴーレムの体熱で水分が蒸発する音だけがしばらく響き、やがてその音すらも弱くなってくると、ゴーレムの体が静かに霧散し、虚空に溶け消えていく。




 沈黙。




 誰もが皆、言葉を失った。


 それもそのはずだった。リリナが繰り出したのは、ただの打撃――純粋な物理攻撃であり、対していとも簡単に破壊されたのは、わざわざ魔界の土を使ってできた、完全純度の魔法物質である。


 ”物理は魔法にかなわない”


 それはすでに長い歴史のなかで立証された一つの真実だった。あらゆる魔法属性を持つものに対して、物理攻撃による影響はほぼ半減される。物理側にとっては最悪の相性なのだ。


 だから多くの人が魔法を学び研究した。そうして魔法が栄え、開発され、魔道士たちはこの世界で確固たる地位を築いていったのだ。


 今回のレッドゴーレムも、本当ならばどんな豪腕の剣豪ですら一太刀も浴びせることができず完敗していたはずだった。


 ただの物理が魔法に勝てる時代など、とうの昔に終わっているはずなのだ。


「……う……うそだろ……劣等生が……首席卒業生エルミアに勝った……!?」


 静まりかえった校庭に、誰かの震える声がぽつりと響いた。


 それを皮切りに、たちまち見ていた卒業生たちが騒ぎ出す。


「しかも一撃!?」

「殴っただけだよな……!?」

「待って、魔法って物理に対しては優性なんじゃないの……!? 学校でも習ってないんだけど!?」


 その頃にはもう、リリナを落ちこぼれとして見下すような者は一人もいなかった。呆然と立ちすくむ”二等級魔道士”と、灰色のマントを羽織った”等級無し”を交互に見やって、驚愕と困惑に顔を青ざめさせるばかりだ。


「ていうか、なんだよあの力……学校でも見たことなかったぞ……!? 今の今まで隠してきたってことかよ……!?」


「……嘘……よ……」


 焼け焦げた戦闘の跡を呆然と見やり、エルミアは小さくつぶやいた。


 まさか物理と雑な殴打で切り札のゴーレムを粉砕されるなんて夢にも思っていなかっただろう。


「あ……あり、ありえない……! 物理!? 殴っただけ!? それで魔界のゴーレムが崩壊……!? 嘘よ、だって魔法属性に対する物理攻撃なんて、その威力の半分も効果がないはずなのに!」


「知らない。ぶっ飛ばされる方が悪い」


「……くっ……、まだよ! どんなからくり使ったのか知らないけど、今度は私の最大魔力で――ッ」


 エルミアの言葉は最後まで続かなかった。ほんの一回瞬きをしたすきに、リリナの魔法杖ロツドがその鼻先につきつけられていたからだ。


「……っ、ちょっと! まだ人がしゃべってる途中――」


「そういえば、、文句は言わないんだったっけ?」


「!」


 たちまちエルミアの顔から血の気が引いていった。


 顔面がみるみる恐怖に引きつり、足が震え、目の前の”落ちこぼれ”がまるで化け物かのように、怯えたまなざしを向けた。


 当然だ。一撃で魔法物質である魔界のゴーレムを破壊してしまうような物理で殴られたら、貧弱な人間の体などひとたまりも無い。


 まして今エルミアが装備しているのは魔法耐性においては優秀といえる二等級マントだが、物理防御力に関しては紙も同然だ。


「この後に及んでまだ、私の邪魔をするっていうなら、全力で排除するけど」


「ひ……!」


 敵の一存で自分は死ぬ。それは濃厚で完璧な、敗北の証だった。エルミアはここに来てようやく認めた。いや、認めざるを得なかった。


 勝てない。


「……ま――」


 か細い声を、エルミアは震える喉から絞り出した。


 魔力もなく、今の今まで学校中が”落ちこぼれ”だと信じて疑わなかったこの劣等生に、しかしなぜかどうやっても勝てる方法が思いつかない。目の前にいるこの少女は、エルミアの理解の範疇外にある、今まで出会ったことのないものだった。


「負け……ました……」


 言うなりエルミアはがくりと足から力が抜け、その場に崩れ落ちた。

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