第2話

「…私ちょっと先教室戻ってるね。」


頭の中がぐちゃぐちゃになって、実咲にそうだけ告げて3組の教室に背を向けた。


「え!?なんでよー!」


後ろから実咲が私を呼び止めるけど、足を止めることは出来なかった。ここから逃げたかった。彼と、目が合う前に。ごめん実咲、後でちゃんと謝ろう。そう思って歩き始めた、のだけれど。



「・・・橋本(はしもと)?」


その声に、ピタリと足が止まる。

止めたわけじゃない、止まってしまったのだ。


周りが静かになったのが分かって、私達に視線が集まっているのを感じる。



「橋本だよな?」


いつの間にか私のすぐ後ろに来ていた彼がもう一度名前を呼ぶ。何とも形容できない感情がこみ上げてきて、けれど足を進めることが出来なくて。


どうして。


「えっとー、唯花(ゆいか)と知り合いなの?」

「うん、そう。」

「多分、人違いじゃないかな。」


振り向く事も出来ず俯く私の後ろで、実咲の戸惑ったような声が聞こえる。それはそうだろう。だって私はもう、今は。


・・・心の中でカウントダウンをする。


じゅー、

きゅう、

はち、

なな、


「だって・・・」


実咲が困惑した声色のまま、言葉を続ける。


ろく、

ごー、

よん、

さん、


大きく、息を吸った。


にい、

いち。



「その子、橋本って名前じゃないよ?」



ゼロ。



「・・・え?」



精一杯の笑顔を貼り付けて、くるっと、勢いよく振り向く。



「そう、私もう橋本じゃないんだよねえ。

 ・・・久しぶり。橋本くん。」



久しぶりに見る彼は、記憶の中よりもずっと大人びていた。当然か、私には私よりも身長の低い彼の記憶しかない。

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