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燦爛さんらんたる星々が調和する星空は、禍々まがまがしい魔獣の徘徊はいかいする地上とは対照的だ。



そのおかげで夜に至っても上空を旋回する魔獣達を観覧することができる。地球ではいくら金を払ってもできない経験だ。もっとも、蓮はタダでもこんな経験をしたくないと思っているが。



「大気汚染で星が全然見えない日本の星空が恋しい」



もう過去のものとなってしまった地球の何もかもが蓮の切望の対象となっていた。

蓮は養父と養母のことを目に浮かべた。行く先のない孤児を引き取ってくれた恩に対してまともに感謝したこことなかったな、と今更ながらに自身の不肖ふしょうさを後悔する。しかも金を払ってくれた高校には全然行かずに部屋でパソコンばっかやって退学になったし。それでもなお蓮の意思を尊重してくれていたし、蓮のことを応援もしてくれた。もし次に家族と出会った時はちゃんと親孝行しようと心に決めた。もっとも、そんな機会が訪れる可能性はほとんどないとわかっているが。



「正確な場所がわかったよ!北緯55、西経30度!」



ティナはさっきまで目を細めながら星空を観察し、位置特定に努めていた。場所が割れたことでこのまま未開地を永遠に彷徨い続けることにはならなそうだ。少し心をなでおろす。



「西経ってのは何を基準にしてるんだ?」



もしもグリニッジ天文台だったらここは大西洋の底だ。



「旧都」

「いやどこだよそれ」



旧都というのは何千年も前に最初の魔王が治めていた古代帝国の首都らしい。



「洞窟の座標はわからないのか?」

「洞窟の出入り口の場所はよく転移してかわっちゃうから、星空を見るまではっきりとした位置がわからないの」



もし洞窟の入り口が常に同じところだったら、魔王軍が洞窟の前で待ち伏せするだろう。まだ勇者が育ちきっていない間に殺すために。いきなり魔王軍幹部とかと戦闘にならなかくてよかった。



「やっぱ方角間違ってなかったよ。このままいけばよーさい都市に着くはず」

「それは良かった、一刻も早くこの魔界から脱したい」

「ここ魔界じゃなくて未開地だよ」

「知ってます」



せっかく夜になったというのにまともに寝付けない生活とはもうおさらば。



夜は昼に比べてあたりをうろつく魔獣は少なくなるが、昼に比べて巨大なのが覚醒するのでむしろ夜の方が怖い。それでも最低限、魔獣と戦えるだけの精神力と体力を回復させるために寝なければいけない。なので寝ている間にはティナに周囲の監視をしてもらっている。ティナには寝なくて大丈夫なのか?と心配の声をかけたが、『ずっと寝てたから問題ない!』とのことだ。少しずれてる気がするが本人が問題ないと言ってるなら大丈夫だろう。



だが頭で安全であるとわかっていても、寝つけるなんて無理だろう。こんな背中を岩に預けながらどこに凶悪な魔獣が潜んでいるかわからない環境で。それに、松明のあった洞窟の中と違って暗すぎる。それがさらなる恐怖をかき立てた。結論を言うと、一睡もすることができなかった。



さて、この魔獣の脅威にさらされている世界で人間達は生き延びるために防衛拠点となる要塞を建設した。この要塞の中にいつしか人が住み着くようになり、都市となた。そして今ではほとんどの人々がこの要塞都市の中で生活しているのだという。



遮蔽物のない未開地の中で存在感を放つ巨大防壁を見た蓮は人類のしぶとさに感嘆せざるを得なかった。



「身分を証明するものが何もない俺があの要塞の中に入れるかな」

「それなら心配いらないよ!」

「それはそれで要塞の警備が薄いっていう別の心配が発生するんだけど」

「そーじゃなくて、要塞の中に入る必要がないってこと!」



人間達は防衛拠点となる要塞を建設した。だが、人間達全員が防衛拠点の中で保護されるとは誰も言っていない。しかも実は都市の住人のほとんどは防壁の内部に入ることさえ許されていなかった。



それもそのはずで、要塞が守ってくれる人々はあくまで年にとって有益な住人。無益な下層階級の人間は容赦なく要塞の外に追いやられる。



ティナの目的地は、そんな要塞の外側の退廃的な空気の漂うスラム街だ。



その雰囲気は、発展途上国のスラム街というよりは、衰退途上国のスラム街と言うべきだった。高度な文明が廃れた後、その廃墟にヒトが住み着いている。



もう少し進めばまだ衛生環境の整っている下位区画にもいける。だがティナ情報によれば下位区画で泊まるには金が必要らしい。かといってスラム街の建物を利用しようとするとそこを縄張りとするギャングと喧嘩になる。蓮は喧嘩なんて無理なのでこの手段を取ることもできない。



なので必然的に蓮の寝泊まりする場所はスラム街の小汚い路地裏ということになる。

こんなの人が住む場所じゃないだって?とんでもない。



確かにここには屋根さえ存在しない。だが、死の危険がほとんどない。



たまに魔獣が襲撃してくることもある。だが討伐兵団が定期的に都市周辺の魔獣を間引いてくれるし、防壁にもダメージを与えるような凶悪な魔獣であれば軍団が出動する。



それにいくら治安の悪いスラム街であっても殺しは厳禁である。基本的にスラム街で何が起きても平気な都市の兵団も殺人があれば介入をしてきて適当な裁きを下す。判決は死刑でいい方、悪い方では生まれてきたことを後悔させてしまうような目に遭わせられる。この噂がスラム街に広がっていることで殺人に対する一定の抑止力となっている。三権分立のさの字もないような制度だが、魔獣による危険と隣り合わせなこの世界だったら兵団のような軍が力を持つのも頷ける。



命の危機に常時晒されてている未開地での睡眠よりはずっとマシなのだ。

それでも蓮は文句を言いたい。



「勇者ってこの世界の英雄じゃないのか?」

「うん、この世界を救うために必要な英雄だよ!」

「なら国王様とか偉い人がが出迎えてくれたりしないのか!?」

「蓮が勇者だってことわかる人誰もいないからね。強くなって強くなって世界に蓮が勇者だってことを示さなきゃいけないの。それができれば精霊正教会とかが迎えてくれるはず」

「そんなルーズな感じでいいのかよ」

「先代勇者も強くなるまで勇者だってこと気づかれなかったからね」



先代勇者というのは、蓮の前に召喚された勇者のことである。先代勇者も蓮と同じように異世界から召喚された人間らしい。波乱に富んだ冒険譚を創り出して最終的に魔王討伐に成功した。

ちなみにこの勇者が召喚された時代は正確にはわからないがおそらく数世紀ほど前だとか。



「ティナって勇者の剣なんだよな?ならティナのことを知ってる人がいてもおかしくないと思うんだけど」



「それ私も毎回思うんだけど、生きるのに必死な要塞外の人たちはそんな話知らないみたい。それにちゅーさんかいきゅーも都市のことしか興味ない場合が多くて、勇者の剣の詳しい話まで知ってる人はあんまいないの。正確な話を知ってるのはきょーよーのある上流階級の人か何百年も生きてる人ぐらい。そのことを知らない人に私の力を見せても、あの傭兵は遺跡でいい武器見つけたんだなぐらいにしか思われない」

もしいい武器を見つけただけの運のいいやつだと思われてしまえば、ティナを盗もうとする奴が現れかねない。それは困る。



「じゃあ今から要塞の中に突撃して『ここに勇者の剣がいまーす』って主張すればどうなの?もし運良くその教養ある上流階級とかの目に止まれば俺のことを勇者だと認めてくれるかもしれない」

「防壁の前で門前払いされるから無理。運悪かったら反乱とみなされるし、上流階級の人が防壁の近くに来ることはほとんどない。だけど都市の軍団や兵団と戦って勝てるぐらい強くなればそれでもいいと思うよ!」

「ちなみにその兵団や軍団ってどのぐらい強い?」

「頑張ればあの上空の火龍フレームドラゴンを倒せるぐらいかな。でも蓮ならすぐにそのぐらいの強さになれるよ」



これまでの話を要約すると、蓮が勇者であることを説明するにはその力を見せなければいけない。見せないとただの虚言症の傭兵でしかない。しかし、蓮には勇者として認めてもらえるだけの実力はない。それにティナの力を見せつけてもそれが勇者の剣であると認められる可能性が低い上に危険性の方が高い。



こうやってたまに蓮がティナの話の粗を探して矛盾を見つけようとするのには理由がある。



蓮はすでにこの世界が異世界であることを認めている。だが、現実世界であると認めたわけではない。この世界は仮想現実バーチャルリアリティーじゃないか?現実に酷似しているが、本当はコンピュータによって見せられているだけの世界ではないだろうか。そういう疑いを持っているのだ。



仮想現実であれば蓮がここで死んでも、必ずしも現実の肉体で死ぬわけではない。そしてこの世界が仮想現実であることを証明する手っ取り早い方法は矛盾を探し出すことだ。人工物の世界であれば、自然な進化を遂げた世界ではあり得ないような破綻のある可能性がある。蓮はその破綻を見つけ出すことで、この世界が仮想現実であると確定させ死と隣り合わせなこの世界で死亡時の保険を作ろうとしているのだ。



しかし、悔しいことにティナの話は全て論理的な整合性が取れている。科学的現実性を抜きにすればという但し書きはいるが。



ともあれ、蓮は安全地帯に突入したということで猛烈な睡魔に襲われた。運のいいことにちょうど日が暮れて夜に差し掛かっている頃だ。

スラム街に溶け込む為にわざとみすぼらしくしたコートに身を包んで、人目のつかない路地裏で壁にもたれかかりながら寝ついた。この世界のスラム街ではごく普通の光景であり、誰もその姿を奇妙に思うことはなかった。

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