飛べない羽

 小型とはいえ体長約180センチの植物が移動し攻撃をしてくるのは脅威である。しかも表情や行動を読むことも出来ず、蔦のせいで攻撃方法も予測するのが難しい。


 1人の隊員が廊下の角で息を潜め小型プラントンを迎えるが突然右足に蔦が巻かれると引きずられていく。

 逆さまに宙吊りにされる隊員は粘液がかけられ装備ごと溶かされると叫んだまま床に投げられ蔦で潰される。


「私たちが息をして変化した二酸化炭素濃度にでも反応しているようですね」


 翠が銃の状態を確認しながら淡々と話す。


「じゃあどうする。息を止めて走れとでもいうのか」


 諸星の苛立つ口調にも淡々と翠が答える。


「ええそれが1番早いでしょうけど相手が何体いるかも分からない今得策じゃないです。

 ……諸星さんは得意じゃないんですか? 息止めて走るの」

「いくら軍にいたとはいえそんな芸当は出来んぞ」


 そう答える諸星を一瞬冷たい目でチラッと見た後隊員に訪ねる。


「爆発物は持っていませんよね?」

「すまない、閃光弾はあるが後は銃とナイフしか持っていない。あくまでも私たちは防衛目的で配備されているからな」

「いえ、対人戦は想定されてませんしそんなものでしょう。とりあえず閃光弾を投げてみてくれませんか? なにかしら効果があればその間に抜けてしまうことも出来るでしょうから」


 翠に言われ隊員が閃光弾を投げると眩い光が走り周囲を光で塗りつぶす。


(効果は無し。銃弾も恐らく効かない。モドラーの数は今確認出来るだけで3体……)


「目は確認出来ませんが光は感じるようです。閃光弾も多少は効果があるようですので、もう一度投げ一気に駆け抜けるしかないと思います」


 翠の提案に諸星達は歯痒そうにしながらも頷く。



 ***



 プラントンが激しく燃える。炎に包まれるその本体に休むことなく戦闘機からナパーム弾が落とされ、MOFU KUMA達も攻撃を続ける。

 ファイターグマは瑠璃達の援護を受けながら後退していく。


「生体反応微弱……熱源反応……は攻撃の火でサーチ出来きない。これで終われる? さっきから管制室との通信が途切れ途切れなのも気になるし」


 ラダルグマの背中にあるレーダーを使い周囲をサーチしていく穂花は不安が拭えず念入りに周囲を確認している。


「ねえ瑠璃どうだった? 私がんばった?」

「ああよくやった」


 そんな穂花に興奮気味の寧音と瑠璃のやり取りの通信が入る。

 そしてノイズの酷い通信も。


 ザッ──本体……ジッジジ──下     ──ね


「!?」


「瑠璃くん! 寧音ちゃん! 下! 本体は下です!!」


 穂花の叫びと同時に割れる地面から大量の蔦が飛びだし後退中のファイターグマに絡み付く。蔦はファイターグマの装甲をギリギリと締め付け装甲にヒビを入ていく。


「まずい! これって…… 」


 装甲の限界を知らせ鳴り響く警報。ハッチも開かずカメラも潰され始め外を映すモニターの数が減っていく。それは外の世界と徐々に離され遮断されていくような感じがして息が詰まりそうになる。

 数少ないモニターに映るスナイパーグマが必死に蔦を払い除けながら寧音の元に向かっていく姿。


「寧音! 大丈夫か待ってろ、すぐ行くから!!」


 ──昔からそう、人一倍優しくて強い瑠璃。本当に大好き。

 このまま待っていれば瑠璃も危ない。怖い、昔を思い出した私は弱い自分に戻ったようで更に怖く感じてしまう。


 でも……


「あのさ瑠璃」


 泣きそうになるのを堪えて気づかれないように声を出す。


「私さ『寧音』の前は『被検体番号43』とか呼ばれてたけどその前の本当の名前教えたよね。秘密だからって2人のときこっそり呼んでって言ったの覚えてる?」

「な、なにを言ってる!」


 焦る瑠璃の言葉を無視して寧音は続ける。


「『羽衣うい!』 私の本当の名前。『はごろも』って書いて『うい』って読むんだって言ったら綺麗な名前だねって誉めてくれて嬉しかった。羽って字どこまでも羽ばたけそうで好きなんだ。

 もう一度、もう一度だけ呼んでくれないかな……』


 通信の後ろで鳴り響く警告音と泣きそうなのを必死で堪えている震える声。

 瑠璃は葛藤する。名前を呼べば諦めた気がする、でも呼ばなかったら後悔が残る気がする。


「羽衣……」


 諦めた訳ではないそう言い聞かせ名前を呼び蔦を引きちぎり進む瑠璃に涙を流しながら精一杯の笑顔の寧音が映し出されるその画像にノイズが走り始める。


「うん、私頑張る。泣かないから……大好きだよ瑠璃! 危ないから離れてて」


 途切れる通信にたいして叫ぶ瑠璃はがむしゃらにスナイパーグマを前進させる。


「寧音ちゃん……あなたは」


 弾の無くなった銃を投げ捨てバールを振るラダルグマの中で穂花呟く。

 瑠璃の叫びも穂花の声も音声しか聞こえない通信から聞こえていた寧音は操縦席の下を破壊しいくつかの配線を引きちぎり基盤を抜くと自分の持っていた基盤を差し込む。


「アネットまさかこれが役に立つなんてね。なんてバカなもの作るんだって思ってたけどそれを使う私もかなりバカだよね。

 さて、そろそろそっちに行きますかね。なに話そっかな」


 寧音が1枚だけ残ったパネルから見える必死で行こうとするスナイパーグマを押さえるラダルグマの姿を見て涙を拭う。


「瑠璃、穂花ちゃん、こっちに来たらダメだよ。私たちは人間に生み出された存在だけど幸せになる権利はあると思うんだ」


 MOFU KUMAのエネルギー高炉への干渉。エネルギーの供給を遮断し高炉内のエネルギー反応を一気に促進し暴走爆発させるアネットが作ったプログラム。

 彼女の作ったプログラムは正常に作動しファイターグマは光に包まれると大きな光と熱を放ちプラントンと周囲もろとも吹き飛ばし地面を大きく抉る。





 ──ああ、私もっと羽ばたけると思ったのになぁ




 少女の声は光の中に溶けていく。

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