御披露目会①

 2326年7月20日


 MOFU KUMA御披露目当日控え室にて3人は待機している。


「ほほう、お菓子食べ放題とか上層部は分かってますなあ」

「デス、デス」


 楽しそうにお菓子を食べる2人を他所にスケジュールを確認する瑠璃。

 彼らはMOFU KUMAの模擬戦を行う為に控えている訳で呼ばれてすぐ乗り込めるようにパイロットスーツに着替えている。


「それにしてもこのスーツなんでこんなにピチピチなんでしょ。体のラインとか分かっちゃうし」

「上の人は変態さんが多いのデスヨ。こんな私達を見て欲情するのデス」


 キャーキャー言い出す2人を無視して資料を真剣に読む瑠璃。正確には無視している訳ではない、直視出来ないだけだが。


「るーーり! 酢昆布ばっかり食べてないでさあ、ほれこれ美味しいよ♪」


 寧音が瑠璃の後ろから抱きつくと口にチョコスナックを突っ込む。


「ちょ、酢昆布とチョコが混ざって変な味に!?」


 口の中で酢昆布とチョコがレボリューションして慌てる瑠璃だが頭上の感触に気付き大人しくなる。


「ん? どした?」

「いや、あの……」


 急に静かになった瑠璃を寧音が上から顔を近づけ覗き込む。そして何かを察し悪い笑みをする。


「ふふ~ん。るり~このスーツさあ胸がきついくて痛いんだぁ。でぇ~るりが~揉んでくれたら治るかも~」


 瑠璃の右手を取ると寧音は自分の左胸にその手を置く。

 寧音の心音なのか自分の心音なのかも分からず頭に鳴り響くその鼓動をただ聞いているだけの瑠璃。

 緊張からか目の焦点も合っていない。


「ねえ? 揉んでくれないの?」


 寧音の艶のある声で今自分が置かれている状況を再び把握した瑠璃が後ろに飛び退く。


「お、お前な! そのなんだ……」

「ルリリ!」

「お、おう?」


 いつになく真面目な顔と強い口調でアネットに名を呼ばれたので思わずたじろく瑠璃。


「そこはありがとうデショ」

「はあ? なんでお礼を俺が言うんだ!」


 理不尽さに怒る瑠璃だがアネットの方が上手な訳で。


「ルリリ、真っ直ぐ立たない方が良いヨ。前屈みになんなサイ。公然ワイセツデス!」

「な!?」

「るりが私をそんな目で見てたなんてぇぇ」


 慌てて座る瑠璃は泣き真似をする寧音、ニヤリと笑うアネットを見て女の怖さを垣間見つつ自分の方が泣きたいんだ! と叫びたいのを我慢しながら時間が過ぎるのを待つのであったが……


(この右手の感触……忘れない。ありがとう)


 結構喜んでいる16歳の少年は健全だといえる。



 ***



「やっと希望通り耳が付いたね」


 整備用ドックで3人はそれぞれ自分達のMOFU KUMAを見る。過去に何度も乗ってはいるがペイントとクマ耳とクマシッポのアクセサリーが付いた状態で見たのは初めてだった。


 寧音の乗る『ファイターグマ』は目が三角になっており目付きが悪い。全体が黄色で右頬に十字傷のペイントがある。


 アネットの乗る『ファンキーグマ』は黒いボディに星型のラメが入っていて光が当たるとキラキラと光る。

 半月の目でこちらも目付きは悪い。左目側に目を囲うように大きな星のペイントが施されている。


 瑠璃の乗る『スナイパーグマ』は深緑ベースの迷彩柄ペイントが塗装されている。

 まん丸なつぶらな瞳が特徴的だ。


梅岡うめおかさん! 要望通りしてくれたんですね!」


 寧音が作業服のおじさんに駆け寄る。


「おうよ、あの耳の予算取るのに苦労したがな。まあ寧音ちゃんとアネットちゃんの頼みだから頑張ったぜ」

「おお! うめりん流石デス! その腕の筋肉は伊達じゃないデスネ」


 女子2人にチヤホヤされご満悦な顔の梅岡と呼ばれた男はMOFU KUMA整備の作業主任である。

 3人を遠巻きに見ている瑠璃に梅岡が近付き頭をガシガシ撫でる。


「瑠璃、相変わらず覇気がねえな。戦場を一番把握できるお前がしっかりしないと前線の女の子2人を怪我させちまうぞ」

「え、ええ大丈夫です。分かってます」

「だろうな! 御披露目会、頑張れよ!」


 梅岡は豪快に笑いながら瑠璃の肩を叩く。


 3人はそれぞれのMOFU KUMAの前で技術者からこれまでの変更点の説明と御披露目会の担当者からの最終確認を済ませ搭乗する。


 丸いボディの胸辺りに人1人が入れる程のハッチが開き滑りこむ様に中に入る。

 胸の大きいアネットは大丈夫だろうかと余計な事を思いながら瑠璃は滑り込む。

 中は真ん中に椅子が設置されており、その椅子に座り左右にあるコントロールパネルを引き寄せ自身の前で1つに組み合わせる。その中に手を入れる場所があるのでそこへ手を入れる。

 中にレバーがあるので握ると前のモニターが光ると


──認証OK 東内 瑠璃 …… 起動開始 上部ハッチ封鎖後ショック吸収ジェル注入開始します ハッチの周囲に近づかないで下さい──


 文字が流れ警告音のブザーが鳴ると瑠璃が入ったハッチが閉まり外で水が流れるような音が聞こえてくる。


 このMOFU KUMAの操縦室はボディの中心にある。形は球体で周囲をショック吸収ジェルと呼ばれるジェル状のもので覆われている。

 これにより移動時の揺れや外部からの攻撃による揺れを大きく軽減できる。

 ただこれは操縦者の緊急脱出機能を削らぜる得ない問題も生み出している。


 そして操縦に関してはAIによる補助が充実しており操縦者の負担は少なくなっている。MOFU KUMA全体のバランスをとるのはAI仕事であり操縦者は戦闘に集中出来るよう配慮されている。

 普通に目的地まで歩く位ならAIに任せオートで行けるぐらいの性能は持っているAIだが戦闘に関しては人間の方が優れているのが現状である。

 故に人が中に入って操縦せざる得ないのである。


 操縦室の外がジェルで覆われるとすべてのパネルに明かりが灯り、周囲が明るくなる。やがて全面に周囲の様子が映し出される。

 いわゆる360度モニターだ。唯一、機動戦士なんちゃらに追い付けた技術である。

 初めは下のモニターとか要らないだろと思っていた瑠璃だが、人や車両と一緒に行動するときや狭い所などではこの360度モニターがかなり便利なのだ。

 足の下を確認出来る事で人や車両を踏んだり無意味に建物を破壊する事故を防げる。

 それに熱を感知して人や動物、動くものがいると警告音と共にそれらがいる場所をモニターが拡大して知らせてくれる優れものだ。



 ***



〈皆様ご覧くださいMOFU KUMAの手の爪は敵を倒すだけではなく、このように瓦礫の撤去も可能です。万が一に備え──〉


 ナレーションに合わせ指示通りに動くMOFU KUMAを見て会場内の関係者や来賓者の反応が上々なのは操縦室からでも分かる。


〈各MOFU KUMAには個性がありファイターグマは近接戦闘を想定している事から他の2体より装甲が薄く間接の可動域が大きくなっています。これにより素早い移動と攻撃が可能となっています〉


 ファイターグマが側転から空中で回転着地して見せる。

 地面からせり上がる的を次々と突きと蹴りで粉砕。少し離れた的に素早く詰め寄ると飛び蹴りで粉砕し着地した瞬間、地上に設置されていた機関銃から銃弾が発射される。


 地面を蹴り空中へ飛ぶとバク転を決め銃弾を避けると地上に足が付くやいなや力強く地面を蹴り、スライディングからコマのように回転して地上の機関銃を全て破壊する。

 その流れるような動きに会場から驚きの声が漏れる。


〈続きましてファンキーグマですがこのクマの特徴は換装の多さとそれを全て操る操縦者の技量を最大限に生かせる設計となっています。

 近接・中距離・遠距離すべてをこなすファンキーグマは他の2体をサポートする中堅の役割を担っています〉


 ファンキーグマがナイフを持ってターゲットを切ると地面からせり上がってきたMOFU KUMA専用機関銃を腕に素早く装着し建物の影にいた複数のターゲットを撃ち抜く。

 うち終えると機関銃を外し踊るよう体を回転させ地面に滑り込み、右手に空いてある穴に地面から出てきた拳銃をはめ、左手にはナイフをはめる。

 上空に投げられた的を拳銃の銃声と共に全て打ち落としていく。

 最後にファンキーグマの真後ろに的がせり上がってくるがすぐに倒れる。

 的のど真ん中にナイフが刺さっているのに会場の人達が気付くと、どよめきが起こる。


〈最後にスナイパーグマの説明に移らさせて頂きます。スナイパーの名に恥じない遠距離からの狙撃を得意としています。

 特徴は両目に装備しているスコープです。

 こちらはサイト修正から現在装備している銃の軌跡の予測、弾数、対象物の大きさ、距離や温度、移動スピードから予測地点の割出。現在いる地点の天候とその移り変わり、温度と湿度、高度別の風速等を表示しスナイプの判断材料と致します〉


 スナイパーグマが地面に伏せライフルのサイトを覗き構える。

 瑠璃本人は至って真面目にやっているが丸いクマがうつ伏せで寝転んでいる姿に会場に小さな笑いが起こる。


 だが御披露目会場の端にあった小さな的が吹き飛ぶと会場に静寂が訪れる。


 その後も銃弾を装填しては次々と小さな的が粉砕されていく。

 建物の影から少しだけ覗いてる的や瓦礫の影に潜んでいる的、ビルの屋上に干してあるシーツの影に隠れている的を撃ち抜き粉砕していく。

 その正確無比な射撃に拍手が起こる。


 ビーーーーとブザーがなるとスナイパーグマは立ち上がり会場の来賓に向けてお辞儀をする。


〈皆様お疲れ様でした。これより15分の休憩を挟んだ後、対モドラー戦の模擬戦を開催致します。関係者の方は運営本部までお集まり下さい。繰り返します──〉


 会場に響く放送を聞いて瑠璃は額の汗を拭い気を引き締めるのだった。

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