第48話 殺人鬼 ①

国道163号線は、大阪から生駒山を越え奈良県に入る道。


生駒山を越えると大学があり、点在するように住宅地がある。


平日の昼間は、交通量が比較的少ない。


国道163号線の片側一車線を止める警察官は、交通整理をしていた。セーフティーコーンで守られた道路の真ん中に、黄色いトラックが停まる。


市役所土木課の2トントラックと高圧洗浄車だ。


ゴム製の胴長を着る正人と隼人は、土木課課長の木崎のアドバイスを受けていた。


「胴長を着たら、雨合羽の上着を着てください」


「そんなに着込むのか? 暑くてしょうがないよ」と、ゴーグルを装着させられ額から汗が噴き出る正人が不満そうに話した。


「中に入れば、意外に涼しいですよ。下水管の中は、冬は温かくて夏は涼しいのです。それに汚水の流れる中で作業するのですから、これぐらい着こまないと後で嫌な思いをしますよ」

 

正人と隼人の二人は、城崎の話す嫌な思いの意味を理解していない。


家庭で排出される汚水は、キッチン、風呂場、トイレから流れてくる。


排水管の中は汚いだけでは無く、匂いが強烈だ。


その匂いは、長時間嗅ぐと二、三日は鼻の中に残る。


しかも服に匂いが染み込むと、一度洗濯しただけでは容易に取れない。


「城崎さん、これで良いですか? 手袋は軍手ですよね」と、隼人は動き難そうに地面に落とした軍手を拾おうとした。


「OKですよ。後は、ヘルメットを被ってヘッドライトを付けたら、いつでも中に入れますね」

 

城崎は、マンホールの蓋の穴にツルハシの先端を入れ、テコの原理で持ち上げる。


マンホールの蓋は、通常40キロほどの重さになる。


とてもじゃないが、素手で持ち上げられない。

 

正人と隼人は、蓋の開けられたマンホールの中を覗き込む。


壁には取っ手が付いている、真下には汚水が流れているが、光の反射で良く見えない。


「隼人、餓鬼を探しながら進むけど、この中じゃあ鬼神化出来ないからお前が先頭で進んでくれ」

 

城崎の話しでは、排水管の直径は二メートル。


正人にとって鬼神化して行動するには狭い。


それなら、龍神化した隼人を前にして、自分は後ろから援護する形で進もうと考えた。


「中に入ってから龍神化しますね」と、隼人はマンホールの壁の取っ手を掴み、下水管の中へと降りて行った。


数日前に人気ひとけの無い郊外の国道で、近隣の住民から我慢できないほどの異臭がすると、苦情が市役所に寄せられた。


同時に周辺で獣の往来の目撃情報も増えていたので、土木課課長の木崎は確認のため部下を引き連れて周辺調査をした。


すると、彼らは見たことも無い獣の集団を発見した。

 

サルの様にも見えるが、全身に毛は無く土色の肌をしていた。


初めて見る餓鬼を駆除するために彼らは警察へ協力を要請したが、餓鬼を見た熟練の警察官は直ぐに上層部に連絡を入れ正人達を呼んだのだった。


マンホールの中に入ると城崎の話していた通り、ヒンヤリと涼しく感じる。


しかし、強烈な匂いが間の中に充満していた。


「正人さん、匂いが凄いですね。水は流れていますが、空気の流れが無いように感じますよ」


「城崎さんの言う通り、凄い、強烈だな」と、正人は吐き気を覚えた。


「餓鬼が居ると言う事は、こんな所に人間の死体があるのですかね?」


「どうだろうな、動物の死骸かも知れないし、人間かも知れない。見つけてからじゃないと、何度も言えないな」

 

時々、滑りそうになる足を止めながら下水管の中を進んで行くと、明らかに腐敗臭が漂ってくる。


足元を照らすと真っ赤な水が流れていた。


「餓鬼が、前方で群がっています」と、隼人は足を止めた。

 

ギチギチと嫌な音を立てる餓鬼達は、何かの肉を食べている。

 

正人は拳銃を取り出そうとしたが、軍手と雨合羽が邪魔になる。


苛立ちながら、雨合羽と軍手を脱ぎ捨て拳銃を構えた。


「先に銃弾を奴らに撃ち込むから、襲ってくる餓鬼から順番に倒してくれ」


「了解しました。準備出来ましたよ」


 ―――パーン、パン、パン、パンと連続して銃声が鳴り響いた。

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