第34話 黒薔薇十字軍 ④

偵察からまだ2日しか経っていないのに、1週間が長く感じる。


焦る気持ちを落ち着かせようと、事務所の1階にあるトレーニングルームで隼人は正人と一緒に汗を流していた。


あらゆる場面を想定して体術を正人から教わる。


「体の動きが大分良くなってきたな」


「そうですか? 自分自身では分からないですが」


筋肉が程よく付いた胸や腕に力を入れた。


確かに腕力や持久力は付いて来たと、隼人は実感させられる。


「ちょっと休憩しよう」と、壁際のベンチに正人は腰を下ろしタオルで汗を拭く。


階段を駆け下り、息を切らした茜が勢いよくドアを開けた。


「正人、仕事よ。悪魔憑きが出たみたい」


「分かった直ぐに準備するが、詳細は?」


「賀茂さんからの連絡では、大阪の本町で連続通り魔事件が発生していて。犯人と警察官達が、にらみ合っているみたい」


「隼人、急ぐぞ。後、桜に連絡を入れてくれ」


この間の黒薔薇十字軍の集会が、関係しているのかも知れない。


そう考えると隼人は、気持ちだけが先行して焦る。



賀茂が手配したパトカーに先導され、正人が運転する車が現場に入る。


交差点の真ん中でライオットシールドを構えた警官達が男を円形に取り囲む。


昼間のビジネス街で起きた事件は魅了的なのか、多くの人が仕事の手を止め野次馬として集まる。手にスマホを持ち撮影している者も居る。


「まずいな、こんなに多くの人が集まっているとは」


「正人さん? 問題でもあるのですか」


「問題だらけだよ。こんな中で鬼神化したり、大天使を呼び出して見ろ。想像するだけでも嫌だ」


「私は見られても平気だけど」、桜は何食わぬ顔をしている。


「駄目だよ。マスコミの餌食になる」


「それならどうしますか?」

「あの男を取り押さえて、人目のない所で悪魔祓いをしよう」

 

警察の包囲網の中に正人と隼人が入って行くと、手にナイフを持つ男は、二人に飛び掛かろうと身構えた。


「あっ、あの人、この間の集会に居た」、隼人は真っすぐ男を指さした。


「間違いないか」


「はい、集会でぶつかって来た人です」


集会で会った時と同じようにやつれた顔をしている。


彼の瞳は、白い部分が無く真っ黒になっていた。


時折、奇声を発しながらブツブツと呟いている。


「死ね、死ね、死ね。・・・みんな死んでしまえ!」


正人は目で隼人に合図を送ると、男の方へダッシュする。


彼は先に男を取り押さえるつもりだ。

 


正人は男の懐に入ると、腹に一発拳を入れた。


ぐっふ、男は前のめりになったが、足を踏ん張り倒れない。


男は手にするナイフを闇雲に振り回しながら正人に襲い掛かる。


正人は冷静にナイフを避けるが、切れた頬から血が滲み出た。


男の後ろから近付いた隼人は、男を羽交い絞めし動きを止める。


正人が数発男を殴ったが、あり得ない力でもがき隼人を背負い投げした。


隼人の羽交い絞めから解放された男は、大声で叫ぶ。


あまりの高音で周囲に居た人達は耳を抑えてうずくまり、ビリビリと周囲のビルの窓ガラスが振動する。

 

「隼人、目立たないように男の懐に入り龍神化して動きを止めろ」


正人の言う通り彼は、男の懐に潜り込むと素早く龍人化し、男が吹き飛ばされないよう両腕を掴むと龍の咆哮を発動させた。


轟音により傍に居た警官達は、後ろに吹き飛ばされアスファルトを数回転がる。


近くにあった建物のガラスが割れ、驚いた野次馬達が安全な場所を探し非難する。


意識を失った男は、両膝を地面に付け項垂れたまま動きを止めた。


「後は、私がやるから」


桜は、ペットボトルの水を男の頭に注ぐ。


彼女は、自分のロザリオを男の首に巻き付けると十字架を握りしめ祈りだした。


空から男目掛けて一筋の閃光が走る。


男の体から影の様な黒い悪魔が出てくると、苦しみながら消滅した。


「桜、今のは?」


「今のも悪魔祓いよ。聖水と祈りで浄化したの」


「そんな事も出来るのか」、簡単な悪魔祓いの作業に隼人は呆気にとられる。


「低級の悪魔だから出来る技ね」


桜は隼人にウインクし、仕事も終わったから帰ろうと彼の腕を掴んだ。


悪魔から解放された男は、自分が犯した罪を何も覚えていないだろう。


憑りつかれた彼は上司をビルから突き落とし、外に出るとナイフを振りかざして通行人に怪我を負わせた。


彼は、日頃から繰り返し行われる上司のパワハラにより心が病んでいたのだ。


逃れられない苦痛をどうにかしたくて黒薔薇十字軍の集会に参加したのだが、心に闇を抱え隙が出来た彼は、そこで悪魔に憑りつかれてしまった。


気を付けないと悪魔は常に人間の心の隙を狙い、耳元で囁いてくる。


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