第33話 黒薔薇十字軍 ③


会場が更に込み合って来たので、二人は壁際へ移動し来場者の観察を始める。


知り合いは居ない、もちろん宮田の姿も無い。


その事に隼人は「良かった」と、不安になっていた気持ちが和らいだ。


照明の明かりが一斉に落ち、ステージにスポットライトが当たる。


讃美歌に似た音楽が会場内に鳴り響くと、黒いローブに逆さ十字のネックレスを付けた男が、舞台袖からマイクを手に現れステージの中央で立ち止まった。


「本日のご来場、有り難うございます。本日、司会進行と説教をします斎藤と申します。よろしくお願いします」と、斎藤はお辞儀をする「今日は、お集まり頂いた皆さんの悩みを全て解決出来るよう努めます。それに特別な力を求める人は、今日が第一歩となるでしょう」


「うぉぉぉぉぉぉぉぉぉ」と、会場に居る人たちは、どよめき手を叩き始めた。


聴衆の声が鎮まると斎藤はゆっくりとした口調で語り始める、「神は、あなた達に何をしてくれましたか? あなたは神に救われましたか?」


斎藤の問いかけに聴衆の中から「救われたことは一度も無い」と、誰かが発言すると周りの人達も続けて発言する「俺達は見捨てられた、神にも人にも」


彼らの発言を待っていた斎藤は、口角を上げ強い口調で言葉を投げかける。


「そうです神では無くサタンが、あなた達を救うのです。天界から地獄に落とされたとされるサタンこそが我々の身近に存在し、我々に力を与えてくれる方なのです。神は天国から我々を見下ろすだけの存在なのです」


会場から質問が投げかけられる、「どうすれば、力が与えられる?」


「簡単な事です。サタンは、我々から金品を望んでいません。あなた自身が欲しいと望まれているのです。あなた自身を捧げるだけで、驚異的な力が与えられるのです」、抑揚を上手く使い、耳に残したい言葉を強調する彼の話術に聴衆は、魅了されていく。


「力が与えられたら、あなたは何をしますか? いじめた相手を打ちのめせますよ、高圧的な上司を黙らせる事が出来ますよ、自分を裏切った社会や人に復讐をする事さえも出来るのです。何も迷う事はありません。ただで力を与えてくれるのですよ!」


会場の人々はサタンの名を連呼し、興奮する。虚ろな表情を見せる彼らは、集団催眠にかかっていたのだ。



隼人が斎藤の話に聞き入ってしまいそうになると、頭の中で声が響いた。


“相手の話術に魅了されるなよ。意識を集中して取り込まれないよう注意しろ”


「ああ、分かった」、隼人は龍からのアドバイスで我に戻り、桜が気になったので横を向くと彼女と目が合った。


「私は大丈夫よ! 子供だましも良いとこね」


桜の言葉に思わず、相手の話術に取り込まれそうになった自分が恥ずかしくなる。


「そ、そうか。なら良かった」


「隼人、気が付いていた? あの斎藤と名乗る男はバフォメットよ」


「バフォメット? なんだそれ、悪魔の名前か?」


「そうよ、黒ミサを司る悪魔。あいつの影を見て」


隼人はステージの壁に映し出される斎藤の影を見る。


人の形をしていない、突き出た鼻と口に頭の両脇から大きな角が出ている。背中からは、翼が生えているのが分かる。


「何だあの影の形は?」


「頭が山羊の悪魔よ。退治しちゃう?」


「駄目だよ、今回は偵察だけだし。まだ、宮田君の情報も掴んでないから」


「ごめん、冗談よ」


二人は、会場に集まる人々を眺めながら考えさせられる。


此処に集まった人々の悩みなど何も知らないし、彼らの苦痛も分からない。


特別な力を持っていても、幸せだとは限らないのに。


悪魔にすがってでも解決したい事とは、何だろう。



何事も無く集会は、終わった。


万が一悪魔が暴れだしたら対処しようと心づもりしていた隼人と桜は、肩透かしをくらった気がした。


今日の集会は、集まった人々を魅了し、栗薔薇十字軍に勧誘するのが目的だったようだ。


会場を出ようとすると、隼人に女性信者が声を掛けて来た。


「次は、本格的に力が手に入るので、是非とも来てくださいね」と、チラシを手渡された。


「次回、開催される集会の案内だね」、隼人が手にするチラシを桜が覗き見て話す。


「新しい情報を手に入れたで良いのか?」


「これも立派な情報よ。帰ったら正人達に報告しましょ。それより、お腹すいたよ」


「そうだった、何も食べてなかったな。食事してから帰ろうか」


「賛成! お好み焼きが良い💛」

 

偵察を終えた隼人は、持ち帰ったチラシをワンショルダーバッグから取り出し、正人と賀茂が見える様に広げた。


悪魔サタンを模した絵が全体に描かれたチラシは、下の部分に次回行われる集会の予定が書かれている。


「1週間後か、開催場所は福知山?」、正人は書かれていた場所が気になった。


福知山は交通手段の乏しい郊外だ、どうして人の集まりやすい場所で開催しないのか、何か思惑があるのだろうと彼は懐疑する。


「福知山にある小学校だけど、廃校になっていますね」、すかさずパソコンで場所を検索した茜が答えた。


「廃校で集会をするのか?」、賀茂も何かを感じ取る。


「人目が無いから良からぬ者を呼び出すには、都合の良い場所ではないか」と、長老は、小さな手で器用に泡盛の入ったグラスを掴み、チビチビと舌で舐めていた。

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