第20話 豆狸 ①

老人ホームでの悪魔の集団憑依に関して、賀茂は実況見分調書を携えてDD事務所へ来ていた。


ベルゼブブに憑依された山野慎吾やまのしんごのみ命を落とす結果となったが、それ以外の老人達や施設の職員は無事だった。


彼がわざわざ事務所を訪れたのは、事件の報告だけが目的では無かった。


悪魔が集団で憑依する事件は、過去に皇宮警察で取り扱った事は無く、国際機関のデータベースへの照合や類似するケースの情報共有などの協力を得る為でもあった。


「あの後、現場検証をした結果、地下のボイラー室で悪魔を呼び出すための儀式の後を発見した」

 

ソファで足を組み座る賀茂は、出されたお茶を飲むことも無く、淡々と話を進めていた。


いつもと同じ、話をしている賀茂は、一切感情を表に出さなかった。


話を聞いていた隼人は、ベルゼブブに憑依され命を落とした山野の事が気になった。


せっかく悪魔を退治しても、現実には助からない命もあるのだ。


「誰かが老人ホームで悪魔を呼び出したとして、犯人に目星はついているのですか?」と、賀茂と向かい合って座る正人が報告書に目を通していた。


「犯人の目星としては、直前までアルバイトをしていた大学生だな」


「大学生ですか?」、正人の隣に座る隼人は、自分と同じ学生が犯人かも知れないと聞かされ手にしていたコーヒーカップをテーブルに置いた。


「興味本位で悪魔崇拝をする人も居るし、いたずらに悪魔の呼び出しをしてしまう若者もいるからね」と、正人と隼人の座るソファの後ろに立っていた桜が話す。


「アルバイトをしていた学生が怪しいとして、既に所在確認は終わっているのでしょうか?」、正人の質問に対して賀茂は学生の写真と詳細の書かれた書類を取り出すと、全員に見えるようテーブルの上に置いた。


「ああ、彼の名前は、宮田千尋みやたちひろ、20歳男性、隼人君と同じ大学に通う学生で、大阪府枚方市在住だ」

 

賀茂の報告に隼人は、血の気が引き、寒気が彼の全身を襲った。


友人が事件に関わっていた、驚くべき内容だったが、それ以上に宮田の性格を良く知る隼人にとっては信じたくない気持ちの方が大きかった。


今まで、宮田君から悪魔崇拝などの話は一度も聞いた事が無い。


何故、彼が? 


本当に彼が、宮田君が悪魔を呼び出したのか?


いや、お人好しな所が見受けられる彼の事だから誰かに騙されたのかも知れない。


あんな事件を起こすはずが無い!


神妙な面持ちで考え込む隼人を見た賀茂は、「すまない、隼人君は彼の友人だったね。彼の交友関係を調べていた時、君の名前が出ていた。彼にとって君は数少ない友人の一人だったので、事件を引き起こす兆候は無かったか君にも聞きたい」

 

唇を噛みしめる隼人が口を開く、「特に変わった所は有りませんでした。彼とも悪魔崇拝など悪魔に関する事を聞かなかったし、ただ、アルバイトをしていたのは知りませんでした」


「そうか、分かった。何か彼の異変を思い出したら教えてくれ」

 

隼人の後ろから何も言わず、そっと桜は彼の肩に手を置いた。


桜は少しでも彼の心の痛みを和らげたかった。


「あと、鬼塚君、宮田千尋の自宅や身辺調査に専門知識を持つ桜君をこちらのサポートに回して欲しいのだが、良いか?」


「もちろんです、桜、大丈夫だよな」


「私は、問題ありませんよ」


「良かった。では、桜君お願いするよ。今後の事も踏まえてお互いの情報共有とDIUD本部への照合などをお願いすると思うのでよろしく頼む」


「分かりました、こちらも出来るだけ情報を皇宮警察にお渡しできるよう努めます」

 

話が終わると賀茂は桜を連れて皇宮警察本部へ戻るため、部屋を出て行った。


「茜、賀茂さんからのご要望通り、老人ホームの事件の情報を取りまとめておいて欲しい。それと本部のデータベースに今回と類似する事件は無いかも調べておいてくれ」


「任せて、でも、報告書の作成は自分でやってね」


「ついでにやっといてくれないのか、残念だな」


「当たり前でしょ、自分の仕事は自分でやってください」

 

正人は頭を掻いた後、テーブルのマグカップを取りコーヒーを飲んだ。


「賀茂の要件は、終わったな。あっちの件はどうするんじゃ、正人」と、棚の上で寝ていた長老が目を覚まし、お尻を上げて伸びをした。


「準備しています。仲裁をお願いしている金長きんちょうさんが来られたら出発しましょう」


「それは、名案だな。下手にこちらが介入してもあやつらの問題だから、余計な混乱を招いてしまう」


「隼人はどうする?友人の事もあったから、仕事は俺と長老だけで行っても良いが」

 

どうせ一人でアパートに居ても宮田君の事が気になり落ち着かないし、それなら正人達と一緒に仕事をしている方が余計な事を考えなくて済むなと、「僕も一緒に連れて行ってください」


隼人の気持ちを汲んだのか、正人は快く受け入れた。


「では、一緒に行こうか」

 

正人がそう答えると、事務所ドアを無造作に叩く音がしたので隼人がドアの前に行き開けると、風呂敷を背負う狸が二本足でちょこんと立っていた。


「た、狸?・・・あの、どちら様でしょうか?」


「やあ、初めまして。私は金長と申す、正人殿に呼ばれて来たのだが」

 

正人と長老が入り口に立つ金長さんを見つけ、お久しぶりですと声を掛けると、金長さんは隼人に奥することなく事務所のソファに腰かけた。


「金長さん、遠い所を着ていただき有り難うございます」


「金長よ、久しぶりじゃの。元気にしていたか」


「金長さん、どうぞ」と、茜は駆け付け一杯とばかりに日本酒を持って来た。


「これは、これは、ありがく頂きましょう。京都のお酒は美味しいですな」

 

狸、いやいや、金長さんとのやり取りを聞いていると隼人以外は、全員知り合いの様だった。


ドアノブを握ったまま、唖然と彼らのやり取りを見ていた隼人に正人が、紹介するからと隣に座るよう促した。


「金長さん、彼は私達の新しい仲間の小坂隼人君です」


「隼人殿か、なかなか興味深い青年だな。若いのにどうやってその力を得たものか」


金長さんと同じ様に自分も茜に持ってこさせた日本酒を飲んでいた長老は、「さすが正一位の金長だな、小僧の中の龍に気が付いたか」

 

話の中身が見えない隼人が戸惑っていると、正人が彼に説明をしてくれた。


金長さんは、金長狸で徳島から今日の仕事の手伝いをする為、来てくれた。


正一位と言うのは神階の最高位に匹敵する位で、彼は昔、阿波狸合戦を制した狸だった。


合戦で瀕死の怪我を負ったものの高い霊力を持つ彼は生き長らえたそうだ。


正人と長老とは、何年か前に仕事を通して知り合ったらしく、それ以来、狸がらみの仕事の手伝いをお願いする事も多く、彼らと親しい付き合いをしていた。

 

金長はゴソゴソと渡すのを忘れていた荷物を風呂敷から出した。


「お土産だ、近所の農家の者がくれた物ですまんが」と、イチゴの入った箱を風呂敷から出した。


「有り難うございます!」と、正人の後ろから茜が目をランランと輝かせイチゴの箱を持って行った。


「今回の仕事なのですが、宅地開発をしている滋賀県の山中で、付近の狸が工事の邪魔や関係者に悪戯しているらしく、排除して欲しいと依頼が来ていまして。出来れば、狸たちに違う場所へ異動してもらえないかと、金長さんに仲裁して欲しいのです」と、正人が仕事の話で場を仕切り直した。


「お安い御用だ、あれの準備が出来ているのなら、いつでも出発するぞ」


「準備は整っています。今晩、話し合いの場を設けられますか?」


「よし、では出発しようじゃないか」と、金長と長老がよろよろと千鳥足で歩き出した。


「隼人君、俺は車を表に持ってくるから荷物を下まで降ろしておいてくれないか」と、正人はふらふらの猫と狸を両脇に抱え事務所を出て行った。


「隼人君、これよ」と、給湯室の奥から茜が重そうに一升瓶が入ったケースを持って来た。


「酒ですか。今日の仕事は、酒盛りでもするのですか?」


「そうよ、人間と一緒ね。お酒を飲んで仲睦まじく円満な話し合いをするのよ」


「話し合いをする狸は、もちろん、妖怪ですよね?」


「そうよ、悪戯好きの豆狸が絡んでいるわね」


「はあ、荷物はこれだけですか?」

 

茜は、ケースの上に酒の肴が入った袋と紙コップを載せた。

 

隼人は、荷物を手に転ばないよう注意しながら急階段を降りて行った。


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