第19話  集団憑依 ③

一瞬の暗闇、テレビのチャンネルを変えるように場面が切り替わっり、真っ白な空間が目の前に広がった。眩しいと言うより、只々、何もない白い空間。


隼人自身が前から歩いて来た、夢の中の偉そうな俺か?


“自己犠牲か、無意識に行動したとしても褒められる事ではないな。アルバイトをする前に忠告してやったのに”


「褒めてもらわなくて結構だ。結果的に俺が身代わりになってしまっただけで、今更後悔してもしょうがないからな」


“はぁ~、お前は無鉄砲だな。せっかく助けてやった命なのに”


「助けてやった?俺は、お前に助けてもらった記憶は無いが」


“忘れているだけだ。思い出して見ろよ、幼い頃、祠の封印を解いた後、お前自身がどうなったのかを”


「どうなった?」

 

自身からの問いかけに戸惑った。

 

祠の扉を開いた後、俺に何が起こった?

 

必死に記憶の断片をたどっていく。


祖父母の暮らしていた村、走り回った野山の景色、近づくなと言われていた池のほとりの祠、気が付いたとき祖父母の住む家の縁側で寝ていた俺。


――― ・・・?

 

寝ていた?


なぜ、俺は縁側で寝ていた?


あの時、目を覚ました俺を抱きかかえた祖母は、どうして涙ぐんでいた?


――― ・・・!


池に落ちた?


その光景と言葉が頭に浮かび上がると、偉そうに話す隼人が手を差し伸べてきた。


“大まかな所は、思い出したな。全てを見せてやるよ”

 

差し出された手を取ると、懐かしい景色の中に居た。


「ここは、俺の祖父母が暮らしていた村か」


“そうだ、じゃあ、池のほとりにある祠に行こうか”

 

場面が変わる、祠の扉を開けようと背伸びする俺の姿があった。

 

幼い俺は、祠の封印を破り、扉を開いた。


その瞬間、扉の中から丸い光の玉が飛び出し、驚いた俺はそのまま後ろに倒れて、転がっていく。


あっ、勢いを付けたまま、池に落ちた。


「そうだ、池に落ちて溺れた」


“溺れるお前を助けてくれる大人は、誰もお前の傍に居なかった。目覚めて直ぐの俺に十分な力もなく、本来の姿に戻る事も出来なかった。だから、お前の中に入り助けるしか方法はなかった”


「お前が俺を助けた?じゃあ、お前は祠の中に封印されていた物の怪か?」


“失礼だな、お前は。あそこの池の名を覚えていないのか?”


「名も無い池だったはずだが」


“地元の人は何と呼んでいた、お前の祖父は何て言っていた”


「・・・龍神池には近づくな」


“そう、俺はあそこで眠っていた龍だ。お前が俺を目覚めさせた”


「目覚めて、俺を助けてから今までずっと俺の中に居たのか?俺の体を依り代にしていたのか?」


“本来の力を取り戻すため、お前の中に居た。ただ、長く居過ぎてしまった”


「居過ぎるとどうなるんだ?」


“お前の魂と俺の魂が癒着してしまった。直ぐには、引きはがせない。だから、お前に死なれると俺が困るんだよ。力を貸してやる、俺がお前の体から出て行けるようになるまでの期間限定だが”

 

隼人は夢で語り掛けてくる自分は龍だったと知る、考えても答えは出ないか。

 

このまま、拒否しても死ぬだけだ。

 

桜は?正人さんや長老は、悪魔を倒すことは出来ただろうか?


“仲間の事が心配か?なら、迷う事は無いから早く目覚めて悪魔と戦え”


「その通りだな。期間限定でも良い、お前の力を借りるよ」


目を開けると両手で顔を隠し慟哭する桜が見えた、隼人は手を伸ばし、桜の手に触れた。


温かい、彼女は細くて綺麗な指をしているな。


「泣くなよ、俺は死なないよ」


桜は自分に触れる感触と隼人の声を聞き、顔を覆い隠していた手をのけた。


死んだはずの彼と彼女の目が合った。


「どうして、生きている・・・、生きているよ、良かった」


桜の膝枕、そこから見える空は雲に覆われていた。


さっきまで目にしていたはずの天使の軍勢は居ない。


桜の守護天使の姿も無くなっていた。


「動揺させてしまって、ごめん。後は、俺が何とかするよ」


「隼人君、無理だ。桜、もう一度、守護天使の力は使えないのか?」


正人の声がする、かなり焦っているみたいだ。


「ごめんなさい、守護天使の力を使うには、時間が掛かりすぎる」


「正人、桜、ここは、小僧に任せるのじゃ。もう、目覚めてしまったから」


「目覚めた・・・長老、どう言う事ですか?」


「最初から話していた通りじゃ、こやつは普通じゃないと」


隼人が立ち上がると、刺さっていたはずのガラス片がバラバラと地面に落ちた。


着ていた血まみれのTシャツ、そしてジーンズは穴だらけになっていた。


「隼人」、桜の呼びかけに反応して振り向いた。

 

龍神の力を借りている隼人の姿を見て、みんな驚いている。


「金色の瞳、体全身が薄っすらと光っているようにも見えるし、腕や破れたTシャツから見える肌に・・・鱗?」と、正人は驚いた表情で長老の方に目をやった。


「龍の力じゃよ、これならベルゼブブを地獄に戻せるじゃろ」


隼人は、サッシの前に立つベルゼブブに近づいて行く。


「人間風情が、上位悪魔に歯向かうか」

 

山野に憑依してから心と体の浸食がかなり進んだのか、頭は蝿となり背中からは羽が生えていた。


ベルゼブブは悪魔の力を確実に強めていた。


「逆だよ、悪魔風情がこの国で神にも崇められる俺に勝てると思っているのか?」


「人間、戯言は十分だ」


「この姿を見ても力の差が理解できないとは、悪魔は可愛そうな存在だな」

 

隼人がベルゼブブの腹を力を込めて殴ると、奴は吹っ飛んで壁にめり込んだ。


「どうして、人間がこんな力を」


「まだ、理解していないのか?地獄に戻るより、此処で滅亡するか」

 

ベルゼブブは、頭を掴む隼人を払いのけ中庭へと出て行った。


「グッ、グッギャギャギャギャ・・・」

 

こいつは、嫌な鳴き声をするなと隼人が思うと、人間の体を突き破って、本来の姿になった。


そう、蝿の王の姿に。


「お前の仲間を先に殺してやる」

 

ベルゼブブは、羽をはばたかせ飛び始める。


「ふざけるな!俺の仲間には、指一本ふれさせない」

 

怒りが頂点に達した隼人は、ベルゼブブを追いかけ中庭に出ると、奴に向けてありったけの力をぶつけるように叫んだ。


後ろに龍の気配がする、そう隼人が感じるともの凄い怒号が響きわたった。

 

中庭に居た正人、桜だけでなく、結界を守っていた賀茂も我慢できず両手で耳を塞いだ。


長老は、前足で両耳を塞ぎ地面に伏していた。


「龍の咆哮か・・・」と、賀茂が空を飛ぶベルゼブブを見ていた。

 

隼人の後ろから幻影の様な龍が姿を現し、口を開くとベルゼブブに向かって吠えた。


衝撃波でベルゼブブの姿は、みるみると薄れて行く。


「ギッ、ギ、ギ・・・覚えておけ、何度でもお前たちを殺しに地獄から這い上がって来てやる」


「何回来ても、結果は変わらないけど」


隼人はベルゼブブが消えたのを確認すると、みんなの元へと歩みだした。


真っ先に桜が隼人の方へ走ってくると、抱き付いて来た。


「次、死んだら、怒るからね」


「ごめん、もう、死なないよ」と、彼女の髪に触れた。


「隼人君、大丈夫か?怪我は、何ともないのか」


「小僧は、お前と同類だよ。無傷に決まっているじゃろ、見ろ奴の目を」


「片目が金色のままだぞ」


「じゃろ、お前の赤い目と同じじゃよ」


 

隼人の中の龍は、目覚めてしまった。


DDでの仕事は、今まで以上にこなせるかも知れないが、もう、普通の生活に戻れない事に彼は気が付いていた。


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