第17話 集団憑依 ①

京都郊外にある介護付き有料老人ホーム『やすらぎの郷』、食堂となる1階の多目的ホールに朝食の準備が整い、施設で生活をする老人たちが集まっていた。


介護士達に食事を手伝ってもらうお婆さん、一人で黙々と食事するお爺さん、朝食を前に手を付けずテレビの画面を眺める老人たち。


施設内では、日々繰り返される、当たり前の光景。


平穏な老人ホームで異変は、突然起こった。一人で食事をしていたお爺さんが、手にしていたスプーンを床におとすと、むさぼるように料理を両手で掴み、自分の口の中に放り込み始めた。


いつもなら介護する女性がスプーンで食べさせるのにも、一苦労していたはずなのに。


「あら、嫌だ。慎吾おじいちゃん、お腹を空かしていたの?」


食事介護をしていた島田千代しまだちよが、山野慎吾やまのしんごの行動に驚いた。


「う、う、うっ、俺は、俺は、・・・誰が俺を呼び出した・・・」


「どうしたの、何を言っているの?」と、島田が散乱する食事を片づけようとすると、山野は大声で話し始めた。


いつもの様相とは明らかに違う、顔が硬直しているのか不自然な表情を見せた。


「さ、触るな!俺のものだ、俺の食事だ・・・お、お前、誰だ、・・・触るな!」、


島田は老人とは思えぬ力で、山野に思いきり突き飛ばされた。


自分の前に立つ豹変した山野の姿を見た島田は、叫び声を上げた。


「キャァァァ! どうして、黒い影が覆っている? 目が、・・・目が、」


真っ黒な影が山野を包む、負のオーラの様に、彼の瞳は彼を取り巻く影と同様に真っ黒になっていた。


島田の悲鳴で、何事かと周りに居た介護士だけでなく、食堂で働く職員たちも部屋にやって来た。


彼らは、異様なオーラを身に纏う山野と、その前で後ずさりする介護士の島田の姿を直ぐに見つけることが出来た。


食事をしている他の老人たちを見ると、山野だけではない、異変に同調するかのように全員がおかしいな行動を取っていた。


「な、何が起こっているの?」


普段、車椅子が無いと歩けないはず人のが徘徊している。


言葉を話さない認知症の人が、何かを話している。


テーブルの食事を払いのけ苦しんでいる人、テレビに椅子を投げつける人、お互いに首を絞め合う人達の姿。


ホームに住む老人達が理性を無くし、暴れ狂っている。老人達を制止しようとした職

員たちは、思いもよらない力で抵抗され恐怖を感じた。


老人ホームからの通報を受けた京都府警は、近くの交番から警察官を老人ホームに急行させた。


しかし、二人だけではどうすることも出来ず、直ぐに応援を呼んだ。


「やすらぎの郷の状況ですが、複数の老人が施設内で暴れています」


「現場で対処できないのか?」


「二人だけでは、無理です。応援をお願いします」


応援要請を受けた警察官達は、施設内に入り事態の収拾に勤めた。


しかし、暴れ狂う老人たちを制するどころか、怪我をする警察官も出て来てしまい、どうしたものかと、施設の中から戻ってきた若い警官が巡査部長に相談した。


「このままでは、怪我人ばかりが増えます。老人達は、あり得ない腕力で我々の制止を振り切るのですが、少々手荒い方法をとっても良いものかと?」


「相手は、老人だ。怪我をさせると、後々厄介だしな」


「しかし、老人たちは奇声を発して、人では無いように見えます」


「人では無いか?もしかしたら、俺達には解決できない事件なのかもしれないな」


「警察が解決できない事件ですか?」


「この世の中は、色々と厄介ごとが多いのさ」と言うと、パトカーに戻り無線を手に取った、「皇宮警察本部の案件が発生しました」


老人たちが暴れだしてから数時間後、現場に陰陽師の賀茂の姿があった。


「現在の状況を教えてくれないか?」


「施設内に居た正常な職員と老人達の退去は、完了しています。ご指示の通り、半径


1キロ以内の周辺住民の避難も完了しています」


「施設内の様子は?」と、賀茂は白い手袋をはめた。


「施設内では、13人の老人が食堂内で暴れております」


パトカーの横に立つ賀茂は、そこから中庭の向こうに見える1階の食堂を窓サッシ、大開口窓、越しに中の様子を見た。


中は投げ散らかされた椅子やテーブル、意味不明な行動を取りながらノロノロと歩き回る老人達の姿。その状況から彼は悪霊、もしくは悪鬼の仕業だと判断した。


「4,5人、私の仕事を手伝ってくれる者を連れて来てください」


賀茂の要請で、6名の警察官達が集められた。


彼は、5本の鉄筋<先の尖った1メートルほどの長さ>を指定した場所に打ち付けるよう、集められた警察官達に指示した。


指示された鉄筋をアスファルトの道に打ち付ける、若い巡査の不満に年配の巡査部長が答えていた。


「何の意味があって、俺は鉄の棒を地面に打ち付けるのですか?」


「意味はあるんだよ、きっと。それと、・・・」


「それと、何ですか?何かあるのですか?」


「これから起こる事を目にしても、絶対に誰にも話すんじゃないぞ」


「誰にもですか、・・・家族にもですか?」


「そうだ、誰にも話すな」


「なんかその言い草、怖いですね。もし、誰かに話したら悪い事でも起きるのですか?」


「その通りだ、起きるんだよ、悪いことが」


年配の巡査部長は、作業が終わり大ハンマーを肩にする巡査に近くに来いと、手招きをした。


「長い間、警察官をしていると、今回の様に不思議な事件に巡り合う事がある」


「こんな変な事件が起こるのですか?」


「そうだ!10年以上前にも不可解な事件があってな。事件後、金に困った若い奴が

現場で見た不思議な現象を雑誌記者に売り込もうとしたのだが、記者に会う前に忽然と姿を消したんだ」


「姿を消す?」、若い巡査は驚いたのか、巡査部長から少し離れた。


「警察で彼の行方を捜査することも無く、誰も彼の名を口にしなくなった。人事の資料からも彼の存在は、消えたらしい」


「そんな、馬鹿げた話。作り話でしょう?」


「違うよ、消えた警官は、俺の同僚だったからな」


話し終えると巡査部長は、作業が完了したと伝えるため賀茂のいる場所へと移動していった。


作業が終わり、警察官達も規制線の外に出るよう指示すると、賀茂は自分に従う鬼を呼び出した。


鬼は、縄を施設を囲むように地面に打ちつけられた鉄筋に結んでいった。


全ての作業が終わると、賀茂は指で印を切りながら九字を唱え始める。


青龍せいりゅう白虎びゃっこ朱雀すざく玄武げんぶ勾陳こうちん帝台ていたい文王ぶんおう三台さんたい玉女ぎょくにょ


賀茂が九字を唱え終わると、縄は発光し白い蛍光灯の様な光を帯び、鉄筋を支点として光の五芒星が現れた。施設全体を包む巨大な結界は、完成した。



施設内に入ると、鬼は老人が徘徊しないよう一人一人捕まえ椅子に縛り付けていく。


順番に縛り付けられた老人の額に賀茂が呪符を貼り付け、呪文を唱える。


急急如律令きゅうきゅうにょりつりょう


賀茂が呪文を唱え終わると、動きを止めぐったりとする者、意識はあるが動きを止める者、動きを止めない者に分かれた。


何かがおかしいと、賀茂は考えた。


悪霊や悪鬼ならこれで退散するはずだが、呪符が効いていない者が居る。


嫌な予感がするが、もしかして悪霊と悪鬼だけでは無いのかもしれない。


悪霊や悪鬼と一緒に出てくる可能性を考えると、悪魔憑きか?


そうなると、退魔に時間が掛かりすぎる。


賀茂は、ふと部屋の奥に居た山野を見た。


テーブルに散乱する食事を無我夢中で口の中に掻き込む老人の姿、体から漂う妖気ともとれる異様な黒いオーラ、瞳は白い部分が無く真っ黒になっている。


これは、悪魔憑きか?


私には、厄介な案件だな。


彼らをここに呼んだ方が良いな。


賀茂は人形ひとがたの紙に呪文を唱え、息を吹きかけると、袴着姿の稚児が現れた。


「彼らをここに呼んできてくれないか」、彼の言葉を聞いた稚児の姿をした式神は、ふわりと宙に浮かぶと消えてしまった。


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