第16話 目一鬼(まひとつおに)

皇宮警察本部からの依頼で、正人さんと俺は、陰陽師の賀茂さんと一緒に島根県雲南市しまねけんうんなんしに来ていた。


松江市と出雲大社のある出雲市の真ん中に位置する山に囲まれた町、3人を乗せる車は市街から三刀屋川の上流を進む。


市街地を抜けると、民家より田畑の方が多くなる。

 

助手席に座る賀茂さんの話によると、古民家の解体作業中に床下からお札の貼られた岩が出て来たのだが、工事をしていた人がその岩を動かしてしまった。


そうすると、大きな一つ目の鬼が現れて、作業現場にあったショベルカーを倒し立ち去り、驚いた作業員たちは、作業の手を止め一目散にその場から逃げだした。


幸い、怪我人や死者は出ていないと報告を受けたそうだ。


封印されていた鬼の出現、目覚めた鬼は直ぐには本来の力を発揮できず、周辺の農家で飼育されている家畜やペットを襲っていた。


町で起こる奇怪な事件が人に及ぶ前に皇宮警察本部は、事態の収束を陰陽師の賀茂に託した。


今回のDDの仕事は、賀茂のサポートだった。


俺は陰陽師がどのように鬼を封印するのか興味津々だったが、運転する正人さんは何度も一緒に仕事をしている様子だった。

 

正人さんがここだと言うと、車は解体途中の古民家の前に止まった。


目的地に着くと車を降りた賀茂さんは、鳥形の紙に息を吹きかけて式神を出した。


以前、正人と隼人を監視していた白い鳥は、空高く飛んでいく。


「周辺に鬼の出す邪気を私の式神で探る」


「式神で見つけられるのですか?」と、陰陽師の知識の無い隼人。


「式神は、私の目になる。現代風に例えるなら、あれはドローンだな」


賀茂さんは、式神が鬼を探している間に注意し始めた。


多分、正人さんでは無く、初めて一緒に仕事をする俺に。


「この辺には、一つ目の人食い鬼、目一鬼まひとつおにや一つ目の妖怪野馬のうまの言い伝えがりどちらも、人食いなので十分注意して欲しい。今は家畜しか襲っていないが、いつ人を襲い始めるか分からないからね」


上空を舞う式神が裏山の同じ場所をクルクルと旋回し始めた。


「目一鬼を見つけた様だ、鬼塚君は鬼神化して鬼を捕まえて来てくれ。隼人君には、結界を作る作業を手伝って欲しい」

 

正人さんは、式神が旋回する真下を目指し建物の裏へと姿を消した。


俺は、賀茂さんに言われるまま、封印されていた岩を中心に結界を作るための杭打ちをし、白い縄を杭に結び付けていった。


「賀茂さん、準備できましたが、後は何をすれば良いですか?」


「隼人君は、私の隣で護衛でもしてもらいましょうかね」


隼人は素直に賀茂の横に並んで立ちジャケットのボタンを外すと、ガンホルダーから拳銃を取り出し警戒を忘れなかった。


「正人さん、遅いですね」


「封印が解けてしまってから、時間はさほど経っていませんが、鬼ですからね。本来の力が出せないとしても、簡単には捕まえられませんよ。鬼塚君が戻ってくるまで、待つしかありませんね」

 

正人さんを待つ間に俺は、賀茂さんに質問をした。


不躾になるかもしれないが、隼人が知らない情報を賀茂なら何か教えてくれるかも知れないとの期待もあったからだ。


「賀茂さん、聞いても良いですか?」


「何だい?話せる事は、教えて上げるよ」


「以前、京都護衛署にお邪魔した時、正人さんに降らないかと言っていましたが、正人さんが鬼神化できるからですか?」


「うん、鬼塚君が私の右腕なら心強いからね」


「確かに、鬼神化した正人さんは強いですから」


「しかし、それだけでは無いのだよ。彼は鬼の血を継ぐものだが、ただ単に鬼では無

い。鬼神、荒ぶる神の方だから」


「荒ぶる神ですか?」、俺には何を意味するのか分からなかった。


「説明すると四天王である持国天じこくてん増長天ぞうじょうてん広目天こうもくてん多聞天たもんてんには八部鬼衆はちぶきしゅうと言われる鬼神が仕えている。その中で多聞天、毘沙門天とも呼ぶのだが、の眷属けんぞくである羅刹らせつの力を鬼塚君は、持っている。だから私は、彼に興味がある」


どんな理由でそうなったのか想像すら出来なかったが、隼人は神にも近い存在の血を引く正人に脅威を感じた。


しかし、凄いな正人さんは荒ぶる神の力か。


桜も守護天使の力を使うエクソシストだし。

 

何もない俺は、この人達と一緒にやって行けるのかな?


まあ、凡人なりにしっかりサポートしよう。


遠慮を知らない、隼人の賀茂への質問が続く。


「正人さんが居なくても賀茂さんは、安倍晴明の様に強い式神を操れないのですか?」


「ははは・・・、君は面白い事を言うね。安倍晴明は、別格だよ。彼の様に十二天将は、使役できないよ。それに、僕の仕事は退魔だけが専門と言う訳じゃ無いからね」


「皇宮警察の陰陽師は、何をしているのですか?」


さらっと聞き流したが、具体的に何故、安倍晴明は別格なのか、十二天将とは何なのか、俺は理解していなかった。


「私の仕事は、広い意味でこの国を護ること」


「どう言う事ですか?」


「主に、皇室での儀式や祈祷、天文学の研究、風水などでこの国の行く末を占い護っている。まあ、悪霊や鬼など退魔の仕事もあるけどね。あまり詳しくは、教えて上げられないけど」


あれこれ、考えていると古民家の裏、丁度、裏庭のあたりで轟音と共に土煙が上がった。


正人さんは一つ目の鬼と戦っている様で、もの凄い音が響き渡る。


「目一鬼だ、警戒しろ!」


正人さんの声がすると、一つ目の鬼が、崩れた古民家を飛び越えて俺達の前に現れた。


話通りの一つ目、額に立派な角が1本あり体全体が赤い、身長は3メートルを超えている。


俺は、賀茂さんの前で拳銃を構えたが、鬼の威圧に圧倒された。


「隼人君、私の傍から離れてはいけないよ」、ビビっていた俺の肩を賀茂さんは引っ張った。


「うりゃぁぁぁぁぁ・・・」


正人さんも古民家を飛び越えて来て、目一鬼を後ろから殴りつけた。


そこから、鬼神化した正人さんと目一鬼との壮絶な殴り合いが始まった。


「ギャァァ、グルルルル」


目一鬼は体制を崩しながらも振り返り、正人さんに右フックを食らわせる。


唇を切ったのか、口の血を拭うと正人さんも負けじと目一鬼の腹を殴りつけた。


「ウ、ガァァァァァ・・・」


腹を殴られ前のめりになった目一鬼の顔めがけて、正人さんが膝蹴りをしたが、目一鬼は攻撃を避けて正人さんの足を掴むと、古民家に向けて投げ飛ばした。


投げ飛ばされた正人さんの動きが止まり、目一鬼は狙いを変え俺達の方へ来る。


とっさに俺は、拳銃の引き金を引いた。


―――来るな!、近づいて来るなよ!

 

目一鬼の分厚い胸板に当たった銃弾は、貫通することなく体内に留まった後、メリメリと体から排出されて地面に落ちた。


自分の目を疑う光景に焦りを感じ、銃を撃ち続けた。


ゆっくりと、目一鬼は、俺の方に向かって歩いてくる。


賀茂さんを見ると、動じることなく冷静だった。


「鬼に拳銃は効かないよ、鬼塚君、休むのも良いが、そろそろ抑え込んでくれないか?封印の準備は出来ているのだが」


賀茂さんの言葉で正人さんの倒れていた場所を見たが、姿は無かった。


「えっ?」と思った瞬間、正人さんは目一鬼を後ろから抱き上げると、そのまま、封印されていた場所に引きずって行き、鬼を地面にひれ伏せさせた。

 

賀茂さんは、指で印を切りながら九字を唱え始める。


青龍せいりゅう白虎びゃっこ朱雀すざく玄武げんぶ勾陳こうちん帝台ていたい文王ぶんおう三台さんたい玉女ぎょくにょ


賀茂さんが九字を唱えている途中で、正人さんは結界から外に出た。


円形の結界が光に包まれると、目一鬼は、封印されていた岩に吸い込まれた。


九字を唱え終えた賀茂さんは、手のひらに置いた封印札を軽く息で吹き飛ばすと、風で揺らぐようにお札は飛んでいき、岩に貼りついた。


「これで、封印は完了だ。ご苦労様」


鬼神化を解いた正人さんの服は汚れていたが、全く怪我をしていなかった。


「怪我は、無いのですか?」


「ああ、大丈夫だよ隼人君。鬼神化している時の回復力は。凄いからな」

 

はあ、あれだけ殴り合っても怪我しないとは、不死身だな。


「封印した岩は、どうしますか?」


正人さんの問いかけに賀茂さんは、「近くの神社に預けましょう。ここにあると、邪魔でしょうから」


涼し気に先導する賀茂の後ろを汗だくになりながら、正人と隼人の二人で岩を持ち神社へ運んだ。


京都へ帰る間際、正人さんと賀茂さんに俺はある提案をした。


せっかく山陰地方、島根県に来たのだから観光まではいかないが、せめてどこかに寄ってから帰りたかったからだ


「あの、汗だくになったので温泉に入ってから帰りませんか?」


「そうだな、このままだと、俺と隼人君はかなり汗臭いな」


「お二人が、行きたいのなら私もお付き合いしますよ」


大人の二人は、快く賛成してくれた。


「出雲市駅の傍に浴室がランプで照らされ、立派な檜の浴槽の天然温泉があるので、そこに行きませんか?」


「それでは、温泉に入った後は、私の奢りで出石そばを食べて帰りましょう。お二人には頑張って貰ったお礼です」


隼人は運転席に座り、温泉と出石そばを堪能するため車を走らせた。

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