第二話 “後悔”と”転生“と”憧れのファンタジー”
「とは言っても、そんなに難しいことじゃないから」
ティーカップをそっと持ち、紅茶を飲む。
うむ、キレイな動作だ。よほど飲み慣れていると見える。
同じ動作をしてみるが、どうしても音が出る。難しい。
「…キミはどうでもいいことに目がいくね」
「…性分なので」
「さっきのハッとした顔はどこへ行ったんだい?」
「それはそれ、これはこれ、ですので」
クイッと飲んでみる。様になったか?
「で、進路相談の件なんだけど…」
…ふむ、神様の話では私には3つの選択肢があるらしい。
1つは、元の世界で転生して人生をやり直すこと
1つは、元の世界に戻って後悔を無くしてくること
そして、もう1つは…
「そして、最後は”別の世界に転生すること”だよ」
「別の世界……ですか?」
「うん。同じ世界に戻っても晴らせない、とか。
同じような人生を歩むのは嫌だ!って人向けの選択肢なんだけどね」
なるほど確かに、元の世界で必ず違う人生を送れるとは限らない。
また、後悔を無くすとは言っても時間は有限。
どちらも嫌ならばいっそのことすべてをなかったことにしようということか。
「…キミは説明が少なくて助かるよ」
「ありがとうございます」
さて、私はどうしようか?
そもそも私の後悔はどれが大きいのだろうか?
「まぁ、突然『選べ!』って話でもないからね。
ちょっと深掘りしながら決めていこうか」
神様はんん~っと背伸びをした。お疲れなのだろうか?
「そんじゃまぁ、今心当たりの後悔ってある?」
「…そうですねぇ」
パッと思いつくのは、アイドル育成ゲーム『アイ☆コネ』だろうか?
娘の『茜』をトップアイドルにすべく頑張ってきたというのに、
まだ衣装は揃ってないし、ファン数も足りない、何より明日は誕生日だったのに…
はぁ……父親失格だ。これは後悔だろう。
次はそうだな、恋愛の一つもできなかったことだろうか?
夏休みに帰った母方の実家の親戚の姉が好きで、
帰るたびに遊んで、アプローチしていたつもりだったのだが、
高校卒業してから帰ったら結婚してて凹んだな…
それ以降、恋愛しようとも思わなかった。
こんな機会が無ければ、振り返ってしたかったなどと思わなかっただろう。
後は……仕事か。結局見つからなかったな…。
「まぁ、3つくらいですかね?」
「……本当に?」
「…えっ……?」
さきほどまでの笑顔とは裏腹に、真面目な顔で問われる。
「本当に、それだけ?」
「えっ、何を…」
「キミの後悔は、本当にその3つかな?
もっと深く後悔していることはない?」
「神様…もしかして…」
それ以上は口に出さなかった。なるほど、読めるのか。
私が本当に後悔していること…?
私が人生で『できなかった』と悔やんでいること?
私が……私は……
「…自分が”無能”だったことですかね」
「そっか、どういうことだい?」
「私は、いつも目の前の言われたことをこなしてきました。
親から勉強をしなさい、会社からは仕事しなさい。
出されたものをしっかりこなすタイプでした」
ズズッと紅茶をすする。
「なんでもそこそこできたから特に苦じゃなかった。
それでみんなが喜ぶならそれでいいと思っていた…でも…」
『そのかわりに、自分がいなかった』
「自分が…いない?」
「はい、自分で考えることをやめていたんです。
『これが正しい』『これが自分の道なんだ』やってる時はそう思ってました。
でも、その結果が今の自分でした。
仕事が無くなれば得意なものもなく、なにか才能があるわけでもない。
大したことを学校や会社に残したわけでもなく、
誰かに必要とされているわけでもない。
自分の人生なのに、『自分』がどこにもいない。
まったく持って空っぽな人生です」
「それが、キミの後悔?」
「はい、”無能”で大したこともできていない。
自分のいない空っぽな人生を生きてきた。
それが、私の『後悔』ですかね」
グイッと紅茶を飲み切る。紅茶はすでに冷めていた。
「なるほどね、それが本心みたいだ」
「……全部聞こえてたんですか?」
「もちろん、ボクは神様だからね」
えっへん、と胸を張る。余計に怪しさが増している。
「それじゃ、キミの『後悔』は聞き届けたよ。
そのうえで、キミは3つの選択肢、どれを選ぶかな?」
「……私は…」
答えに詰まる。
答え自体は二択まで絞られている。
元の世界に転生するか? 別の世界に転生するか? だ。
戻っても有限の時間で解決は100%できない。ゆえの二択。
私は、もし元の世界に戻ったとしてすべてを後悔なく終えられるだろうか?
違う人生になれば、結果は変わるだろうか?
今までの反省を生かして、人生を再構築できるだろうか?
何度考えても、浮かんでくるのはトラウマだった。
『何もできない自分』『伝えられなかった恋』『どこにもいない自分』
果たして、自分は克服できるだろうか?
ぐるぐると考えが頭をめぐる。
どうしたものか、考えがまとまる気配をみせない。
「…ふーむ、ならこういうのはどうだい?」
「…なにか解決策でも?」
「うむ、キミは転生して同じ人生を送るかもしれないことが不安なんだろう?」
「…端的に言うと、その通りですね」
「ならば、異世界に『記憶を持った状態』で転生するのはどうだい?」
「そんなこと…可能なんですか?」
「可能だよ、もう一回来られても困るからね。
記憶を持って無双する!なんてよくあることさ。
成績優秀でなんでも知ってるし、できるやつ。
そういう奴は、大体記憶持ってる奴さ」
……なんだかすごいことを聞いたかもしれない。
深掘りしたいところだが…今はやめておこう。
「で、どうだい?悪い話ではないと思うけど?」
「……」
確かに、今の段階で確実性を取るならコレしかない。
だが……別の世界か……何も知らない世界で、果たして私は…
「今なら、キミの世界で描かれていたような世界に案内できるよ?」
「……今なんと?」
「だから、『魔人』とか『獣人』とか『物怪』とか
そういったフィクションの存在が生きてる世界に飛ばせるよ?」
「…人魚やハーピィなどもいますか?」
「いるねぇ」
「クラーケンやドラゴンは!?」
「いるよ」
「ではスキュラは!?サキュバスはいますか!?」
「怖い怖い怖い!!近づきすぎだから!!いる!いるよ!!」
なんと……!そのような夢の世界が…!!
あぁ…夢にまで見たドラゴン!会いたかった人魚!
これは……この高鳴りは……!!
「神様、決まりました」
「お、おぅ……なんとなく分かるけど、どれにするんだい?」
「『記憶を持って』『異世界』に転生させてください」
「……キミならそういうと思ったよ」
そういって神様はにっこりと笑われました。
最初の作り笑いよりも、こちらの方が自然でいいですね。
「それじゃ、さっそく行くかい?」
「いえ、まずは紅茶のおかわりをください」
「えっ、まだ飲むのかい?」
どうやら次の人生は、自分を出していけそうです。
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