第8話 罪深き時のかなた

第8話 罪深き時のかなた その一



 青蘭の手をにぎったまま、龍郎はゲートをくぐった。立ちくらみのような感覚のあと、ふいに落下感に襲われる。


 周囲が明るく輝いている。

 宇宙の神秘を思わせる澄んだブルーの光。


 そうだった。

 こっち側のゲートは洞窟のなかの崖下にあった。しかも、さらにその下には六道がひらいていたのだ。

 龍郎たちは重力の法則で、否応なく六道に向かっている。


「龍郎さん! もしかして、あれに飲まれたら、僕たち生まれ変わっちゃうんじゃない?」

「そうかも!」


 あるいは六道のさきにある場所へ否応なく運ばれる。

 六道のさきには、邪神の王アザトースが鎮座しているという……。


 悲鳴をあげながら落下していると、ふいに体が軽くなった。

 ガブリエルだ。

 天使の姿に戻っている。

 子猫の首をつまむようにして、龍郎の襟首を片手につかんでいた。反対側の手でフレデリック神父を持ちあげ、足には穂村がしがみついている。穂村のあのかっこうを見れば、ゲートを通る瞬間を見すまして、自分からとびついていったのではないかと思う。


「まったく、手のかかる」


 ガブリエルは文句を言いつつも、四人をぶらさげたまま、かるがると飛んで、崖の上までつれていってくれた。


「ありがとう。ガブリエル」


 龍郎が言うと、人間に化身しかけていたガブリエルがうろたえた。そのせいか、身長百七十五センチのノルディック人種の美青年が、白皙を真っ赤に染めていた。反応が出会ったころの青蘭に似ていて面白い。


 だが、楽しんでいる場合ではなかった。


「あのゲート、あのままにしとくわけにはいかないよな? それに六道も万一、誰かがあそこに落ちたら……」

「我々の組織がこの洞窟を買収し、立ち入り禁止にしよう。厳重な扉をつけ鍵をかける」と、リエルが言う。


 話しながら、洞窟を出ようと歩きかけたときだ。

 そこに人影があった。

 まだ深夜のはずなのに、なぜ、こんなところに人がいるのだろう?

 アグンが龍郎たちを案じて入ってきたのかとも考えたが、違う。黒いシルエットは女性のラインだ。


 その人がふりかえった。

 六道の青白い光に照らされ、顔を見わけることができた。


 思ったとおりだ。

 それは、龍郎も知る人物。

 エキゾチックな大きな瞳の……。


「……やはり、あなたか。あなたがマイノグーラの化身なんだな?」


 龍郎の問いかけに、その人は日本語で答えてきた。


「なんのことですか? 何を言ってるのか、わからないです」

「じゃあ、ハッキリ言います。この村でディンダさんやグスティさんを殺したのは、あなただ。あなたがその姿をしているということは、本人もすでに殺されているんじゃないですか? なぜなら、ディンダさんが亡くなった日、家の前に集まっていた誰かのなかに犯人がいた。そのなかで、おれとも清美さんとも握手していないのは、あなただけなんだ」


「キヨミさんと、わたし、握手しましたよ?」

「清美さんはひろったゾス星系石物仮想体と共鳴することで、マイノグーラの化身かどうかを感知してたんだ。あなたと握手したときには、清美さんはまだ石をひろう前だった」


 そう。それに、ラマディンがアグンを見て怖がったのは、家族だから、犯人と共謀しているんじゃないかと疑ったからだ。


 しかし、その人は、

「あなたが何を言ってるかわかりません。日本の人、わたしにわかる言葉で話してください」と、ごまかす。


 龍郎は追及をゆるめない。


「じゃあ、今ここで、おれと握手してもらえますか? おれは右手でふれただけで、その人が悪魔なのか人間なのかわかるんだ。あなたが人間なら、なんの問題もない」

「…………」


 それに対する答えはなかった。

 言いわけを考えているのかもしれない。


「握手してください」


 龍郎は右手をさしだした。

 その人は龍郎の手から逃れるように、かすかに身をよじった。

 苦痛の玉の波動を嫌うせいもあるのかもしれない。しかし、それ以上の理由がある。

 もちろん、龍郎もその人を見たとき、すぐに気づいていた。


「できませんよね? 当然だ。あなたには、おれと握手するための右手がない。さっき、とがった世界のなかで自ら切り落としたからだ」


 龍郎は足早に近づき、むりやり、その人が隠している右肩をグイッとひきよせた。六道の光に、切断された肩があらわになる。


「あなたがマイノグーラの化身だ。プトリさん。いや、マイノグーラ。本性を現せ!」


 アグンの妹。ナシルディンの婚約者。

 美しい異国の娘は、つかのま、恐ろしいほどの無表情で龍郎を凝視した。入れ物だけのカラッポの肉体と化したような、うつろな目。


 と、そこへ——


「龍郎さん! 先生! 無事ですか?」


 アグンの声だ。

 近づいてきて、そこに妹の姿を見た彼は少なからず驚いている。母国語で妹に話しかけたあと、右手がないことに気づいた。大声で叫び、走りよろうとする。


「ダメだ! 英雄さん。近づくな!」

「なぜですか? 妹が大変なケガをしてるんですよ?」

「それは……」


 だから、アグンを外で待たせたのに、よりによって、こんな場面を見られてしまうとは。最悪のタイミングだ。


 アグンは龍郎の制止を聞かず、プトリにかけよる。


 こうなれば、アグンの目の前でもしかたない。これ以上の犠牲を出すわけにはいかない。マイノグーラを退治してしまうほかない。


 龍郎は右手に浮かびあがる剣をにぎりしめた。


 そのときだ。

 ピリピリと、プトリの顔に亀裂が走った。

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