第3話 人狼ゲームと清美は言う その三
今、この場に集まった人間のなかに、マイノグーラの化身がひそんでいる。
龍郎は今まで以上に慎重に周囲の人々を観察した。
だが、みんな不安そうな顔をするばかりで、怪しい人物はいない。
「清美さん。誰がそれだかわかりますか?」
「わかりませんよ? だって姿を見たわけじゃないですし」
「今回の清美さんは一味違うんじゃなかったですか?」
「はいです。姿は見なかったけど、なんでか、わたしが手をにぎると、その人がマイノグーラかどうかわかるんです」
「えっ? ほんとに?」
「はいです。なんか、夢でそうなってたんですよね」
清美はこれ以上ないほどドヤ顔をした。
もしも清美の言うとおりなら、ここで全員と握手してもらえば、マイノグーラが誰に化けているのかわかる。村にこれ以上の犠牲が出なくてすむのだ。
とは言え、どう言って握手してもらうべきだろうか?
清美が手をにぎると正体をつかめるのだとマイノグーラに知られれば、清美の命も危ない。知られないように、不自然でなく握手できる理由を思いつけなかった。
悩んでいるうちに、人々が散り始める。自給自足の人たちにとって、畑仕事は最優先だ。よっぽどのことがあっても、さぼることはできない。それは農業従事者の死活問題だからだ。
「清美さん」
「はい」
「それって、今だけ? たとえば三日前とかでも効果ありますか?」
「えーと、どうなんでしょう? なんで、わたしにだけわかるのか、そこらへんも謎なので」
「ですよね」
もしも清美の生まれつきのなんらかの能力であれば、アグンとその家族のほとんどが、初対面の日に握手をかわしている。アグンとプトリ、それにドゥウィだけは容疑が晴れたのだが。
「じゃあ、せめて握手じゃなくても、体のどこか一部にふれるだけでいいとかじゃいけませんか?」
「にぎらなくてもいいけど、手じゃないとダメなんだと思います。なんか夢のなかで、いろんな人の手をさわってました」
「なんて言って?」
「えーと、わたしは日本のバリアンで、手にさわるとその人のことを占えるとか言ってたような」
「それだ!」
たしかに不自然ではない理由ではある。しかし、今この恐ろしい事件のあった現場で、とつぜん、明かしたとして、この野次馬の人たちが変に思わないかと言えば、そうではない。
もっといいタイミングがあるはずだ。たとえば酒宴のような、打ちとけたふんいきのなかでなら。
龍郎はため息をついた。
思案しているうちに、人々は一人また一人と去っていく。もとの半数もいなくなった。
しかたないので、せめて誰がいたのか忘れないように、スマホを出して、メモをとっておく。写真は撮影したことを見とがめられるとやっかいなので、文章で特徴と、名前がわかっている人は名前を書くにとどめた。
「英雄さん。ちょっと、お宅で休ませてもらってもかまいませんか? それと今回のことやナシルディンさんのことで、聞きたいことがあります」
ナシルディンの名前を聞いて、プトリの表情が沈むのを、龍郎は見逃さなかった。まだ、いなくなった恋人の身を案じているのだ。
「じゃあ、父の車でさきに行っていてください。すぐに追いかけますね」
アグンたちと別れ、ドゥウィの車まで戻った。神父は警官と話していた。どうも被害者の家のなかを見せてもらうようだ。警察の情報は神父が収集してくれるだろう。
龍郎たちは神父を残し、車で移動した。家のなかで待っていると、アグンとプトリが外から帰ってくる。
「龍郎さん。話とは、なんですか?」
来客用の棟のなかで、それぞれベッドを椅子がわりにして座る。
アグンにたずねられて、龍郎は口をひらいた。
「その前に、ちょっといいかな?」
「なんです?」
「握手してほしいんだ」
アグンは戸惑ったようだが、苦笑しながら龍郎の手をにぎった。
清美のようにマイノグーラかどうかわかるわけではないが、龍郎の右手は悪魔が嫌う苦痛の玉が入っている。右手でふれただけで、悪魔なら火傷を負う。低級なものなら浄化される。
(そうか。初対面の人なら、おれがまず握手を求めて、断った人にだけ清美さんに握手してもらえばいいんだ)
二重のろ過装置だ。
たとえ握手でも、同性相手のほうが求めやすい。男性は龍郎が、女性は清美が調べる方法もいい。
というわけで、さっそくプトリとは清美に握手してもらう。ナシルディンの名前を出したので、プトリは気になってついてきたのだろう。
せまくて素朴な室内。
天井にとりつけられた大きな扇風機がゆっくりとまわる。
清美のさしだす手を、プトリはなんのためらいもなくにぎった。
アグンもプトリも、二人とも問題ない。マイノグーラの化身ではないようだ。
ドゥウィは龍郎たちの今日の移動がないと思ったのか、母屋に帰っていったので、この場所にはいない。
「龍郎さん。握手がなんの意味ありますか?」
問いただしてくるアグンに、龍郎はかんたんな説明をした。
「僕や清美さんは手をにぎると、相手に悪魔が取り憑いているかどうかわかるんです」
「スゴイ! ほんとにエクソシストなんですね。じゃあ、やっぱり、ディンダ——亡くなったさっきの家の娘ですが、ディンダは野犬ではなく悪魔に殺されたんですか? さっきもそう言っていましたね」
「そうです。残念ながら、村人のなかに悪魔に取り憑かれた人がいます。おれたちはその人が誰なのか調べて、探しだすつもりです。おれたちはジャワ語はしゃべれないし、英雄さんが協力してくれると、とても助かります」
アグンは大きくうなずいた。
「もちろんです! ディンダは幼なじみの一人だ。あんな死にかたをして、かわいそうです。仇をとってやりたいですね」
龍郎もうなずき返し、話を続ける。
「では、お願いです。ディンダさんのことで教えてください。さっき、あの場所にいた人たちのなかで、とくにディンダさんと親しくしていたのは誰ですか?」
「なぜですか?」
「ディンダさんは夜中に一人で家の外に出ていったわけでしょ? 親しい人に呼びだされたか、昼間のうちに落ちあう約束をしていたと思うんですよ」
これは龍郎が死体の発見された場所を見たときから、ずっと考えていたことだ。
ディンダは親しい者に殺されたのだと思う。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます