第3話 人狼ゲームと清美は言う その二
清美が言うには、“人狼”のひそんでいるエリアは比較的せまく、一つの村にかぎられているようだった、ということだ。
つまり、おそらくは隕石の落下したアグンやヌルワンの村がターゲットだ。一刻も早く安否をたしかめに行かなければならなかった。
龍郎たちは迎えに来たドゥウィにお願いして、村までつれていってもらうことにした。この日は清美やフレデリック神父や穂村もついてきた。
車内でドゥウィに聞いてみた。
「ドゥウィさん。村で変わったことはありませんでしたか?」
ドゥウィは首をひねっていた。
「とくにないね」
それなら、清美の夢は予知夢で、まだ事件が起こる前なのかもしれない。
もしものときのために、やはり今夜からは村で宿泊したほうがいいのだろうか?
ところが、どんどん深くなる森のなかを進んでいくと、村外れで人がさわいでいた。村人が数人、寄り集まって何やら話しこんでいる。
ドゥウィのワゴン車を見ると、村人は走りよってきた。しきりと早口にジャワ語をまくしたてている。聞いていたドゥウィも驚愕の声を何度もあげた。
村で何か起こったようだ。
「ドゥウィさん。どうかしたんですか?」
聞くと、ドゥウィはこわばった顔でふりかえった。
「……村の娘が一人、ノラ犬に襲われたです。昨日の夜中です」
やはり、清美の言ったとおりのようだ。マイノグーラの仕業だろう。
「場所はどこですか?」
「娘の家の裏手です」
「見ることはできますか?」
ドゥウィはうなずいて車を降りた。
歩いて行ける場所のようだ。
棚田のあいだの細いあぜ道を通っていくと、ヤシの木にかこまれた小さな家がある。その家の横手に警官らしいのが複数人、歩いている。
「あのへんって話だね」
警官たちのまんなかをドゥウィは指さした。
すると、「ちょっと失礼」と言って、フレデリック神父が警官たちに近づいていく。例の秘密の手帳みたいなものを見せたようだ。しばらくして、神父が龍郎たちに手招きする。
「被害者はここに倒れていたらしい。それがちょっと異常な遺体だったようだ。頭、喉、胸、腹の縦一列にならんだ四つの大きな穴があり、全身はまるでミイラのようにひからびていた。着ている服から、この家の娘にまちがいないとわかったようだ。遺体はデンパサールに送られたそうだ」
神父が遺体の状況を教えてくれる。
聞いただけで、人間業ではないとわかった。
家のまわりには瘴気がただよい、現場には血の匂いがしみついている。
さらに神父が警官から聞きだしたところによると、警察の所見は今のところ、殺人事件としては見ていない。あくまで野生動物に襲われたものとして処理するらしい。というのも、あまりにも異常な遺体のようすから、死因は人為的な行為によるものではないと感じとったからだ。いちおう建前として野犬のせいにしたわけだ。
しかし、清美によれば、これは人間に化けたマイノグーラを犯人とするリアル人狼ゲームだ。
つまり、村人のなかに犯人がいる。
いったい、誰がそれなのか?
龍郎は被害者の家のまわりに集まっている野次馬を観察した。
マイノグーラ はまだ自分が人間に化けていることがバレているとは思っていないだろう。油断して現場を見にきているかもしれない。
野次馬はすべて村人のようだ。観光客が立ちよるメジャーな村ではなかった。
さっき、車道でドゥウィを呼びとめた三、四十代の男たち。背の高いヒゲの濃い男と、小柄でギョロ目の男、身長は中くらいだが、かなり細身の男、一人は二十代くらいで、なかなかのイケメンだ。
そして家の前にも数人の男女がいた。
どうやら被害者の娘の友達らしい若い女たち。アロハのようなブラウスに麻のパンツ、またはキャミソールにサロンをまとっている。もともとの色は鮮やかだったのだろうが、少し退色したものが多い。
あとは近所の男たちのようだ。
若いのから年寄りまでいる。
このなかにも一人だけ、すごいハンサムがいた。眉のしっかりした、ややトルコ系の顔立ちで、ハッと目をひく華やかさがある。こんな男が近所にいたら、若い女はみんな夢中になるだろう。男だがサロンを身につけていた。よほど信心深いか、寺院などで働いているかではないだろうか。
その一団のなかに、アグンとプトリもいた。
余談だが、アグンの職業は日本の旅行会社の現地コンダクターだ。母と同じような仕事についている。副業で英語や日本語の論文などをインドネシア語に翻訳している。ここ一週間は日本からの客である穂村のためにツアーコンダクターの仕事は休暇をとっていた。
妹のプトリは、ウブド王宮でレゴンを踊るダンサー。仕事は昼からなので、午前中は家の手伝いだ。
だから、兄妹で見物に来ているわけだ。
アグンは龍郎たちを見てかけよってきた。
「穂村先生。龍郎さん。みなさん、村で大変なことが起こりました」
警官の目があったので、龍郎たちは現場から遠ざかった。被害者の家の正門まで歩いていく。そこまで来ると敷地のなかから泣き声が聞こえた。被害者の家族が嘆き悲しんでいる。
「さっき、ドゥウィさんから聞きました。ここの娘さんが亡くなったんですね」
アグンは悲しげに眉をひそめた。
「プトリの友達でした。平和な村なのに、こんな衝撃的な事件が何度もかさなるなんて……」と言って、チラリと妹の顔色をうかがう。
どうやら、ナシルディンのことをほのめかしているらしい。
隕石の落下にナシルディンも関係しているのなら、今回の事件は、決してぐうぜんに起こったものではないのだが。
「アグンさん。僕たちはエクソシストだと言いましたよね。じつは今回のこと、僕らは悪魔の仕業だと考えています。村の人たちに夜は外出しないよう知らせてもらえますか? あなたがたも充分、注意してください」
「そうですね。村のバリアンも悪魔の呪いだと言っていますね」
アグンが送る視線のさきに、一人の女がいた。被害者の家の正門の前で何やらお祈りのようなことをしている。年齢はよくわからないが、五十より下ではないだろう。少なくとも日本人にはそう見えた。サロンだけでなく頭からサリーのような布をかぶり、ひたいにビンディーをつけていた。ビンディーはヒンドゥー教徒のなかで、夫が存命中の既婚の女性がつける額飾りのことだ。
バリアンだという女性を見ながら、青蘭が小首をかしげた。
「あの人……変わった匂いがするね」
「そう?」
「うん。ただ、この家にしみついた残り香のせいで、よくわからないけど」
「とりあえず、浄化はしとこうか」
「うん……」
とうとつに清美が宣言する。
「このなかに犯人がいます!」
「えっ? ほんとに?」
「清美、調子に乗ると痛いめ見るよ?」
青蘭におどされても、清美は意に介していない。よほど自信があるようだ。
「今回のキヨミンは一味違いますよ。だって、夢のなかのこの場面で、わたしがそう言ってたので」
とすると、それも予知ということだろうか?
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