ミルクとチョコレート

伊藤 経

ミルクとチョコレート


 半分中身の残ったカップを苛立ち紛れに指で弾く。

 キンっていい音がして、おかげさまで丸くなった心がもう少し和らぐ。

 こんな物に簡単に操られてしまうと、私の心もやっぱり機械と一緒なんだってちょっと自分に失望してしまう。 肉と骨と神経の絡繰り仕掛け。 私の事。


 丸テーブルに置かれた花瓶にささった色とりどりの花。 この温室で暮らす五百匹の蝶を私に見せようと、誰かが置いた物だ。

 その誰かの狙い通りに、蝶達がせわしなく花の蜜を吸いに訪れる。

 この子達も機械だ。 見た目だって私よりずっと機械っぽい。 操られてるとも知らずに、かわいそう。

 飛び疲れたのだろうか? その内の一匹が私の手のひらで羽を休める。

 爪楊枝の先みたいな六本の脚で私の上をくすぐったく歩いて、白と黒の水玉模様の大きな羽を広げてそのまま眠りに付く。

 そんなお馬鹿な蝶を見ている内に私はちょっとした事を思いついた。

 このまま握り潰してあげる。


 ゆっくり手を閉じて、開いて、くしゅくしゅって崩れて破れた古い色画用紙みたいになった蝶を見る。 機械だもん。 こんな事したって平気。 

 そうしたら、私の憂鬱も少しは晴れそうだった。

 

 想像した通りにゆっくりゆっくり手に力を込める。

 お馬鹿な蝶々はそんな事にも気がつかずに、触覚をちょっと揺らして寝ぼけてる。

 指先に鱗粉が付きそうなくらい閉じて……。

 やっぱりやめた。

 

 機械の私が同じ機械の蝶々を壊すなんて変だ。 

 眠る蝶の背中を指を触れない様にそっと撫ぜる。

 同じ機械の私以外の誰がこの子を撫でてやれるだろうか?

 きっと私はその為に機械なんだ。

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ミルクとチョコレート 伊藤 経 @kyo126621

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