第25話 ふたりで食事
海斗は修の家につくと、2階の修の部屋に荷物を置きに上がった。
「ねえ、修、今日の先生、すごくきれいだった。髪がこんなになってて、いつもと感じが違うかわいい服着てて」
海斗は手を動かしてカールした髪を表現して見せた。
「まじか? お前ひとりで見てずるい」
「修は、先生の事好きだもんな」
「まあね。去年世界史の授業で一目ぼれだよ。お前も好きなんだろう?」
「好きだけど、それは家族みたいなもんだと思う」
「家族か……まさか、先生、山川とデートじゃないよな? この前の体育の後、誘われていたとか……もしも今、先生がデートしてたらどうする? 彼に会うためにおしゃれして出かけたのかも。向こうは年上だし、金持ってるし」
「嫌だよ、そんなの!」
「お前やっぱり先生の事大好きだな」
「……」
「僕に隠す必要はないよ」
「今の俺は守れるだけの力がないから、そんなこと堂々と言えないよ」
「何言ってるんだ。自分に正直になれ」
「俺、こっちの世界にいたら、何の力もない。年下だし、お金もないし、社会的信用もない。先生に養ってもらってる」
「そうだな。でも、あっちでは王様だぞ! 権力があるし、お金もあるじゃないか!」
修は、向こうなら王である海斗を、すごいと言いたかった。しかし、海斗は下を向いて考え込んでしまった。
「俺、こっちで生きていくことを選んではいけないのかな?」
「帰れないなら、こっちで生きるしかない。だが、覚悟はいるぞ。僕らには戸籍があるけど、お前にはないから、いろいろ支障が出ると思う。病気になった時、保険がないから病院へ行くと金がかかる、就職する時もマイナンバーがないから、仕事は限られる。外国へ行きたい時パスポートをとれないし、死んだ時、火葬してもらえない。これが一番やっかいだ。遺体を埋めても海に流しても、死体遺棄で犯罪だ」
「え? そうなの?」
「俺、気になったから調べたんだ。お前は早めに元々いるべき場所に帰ったほうがいい」
修はまっすぐに海斗の目を見た。
「いやだなあ。好きでもない人たちと結婚させられるんだよ? おまけに、
「俺だってお前と別れるのは嫌だ。だが、お前がここにいたら、葵先生にいろいろ頼る以外ない」
「守るどころか迷惑をかけ続けるということか」
海斗は複雑な顔をしていたが、修はさらに続けた。
「お前は王として生きるために生まれたんじゃないのか?」
*
葵は久しぶりに買い物をした。洋服を選ぶとき、大人っぽいものより、かわいいものに目が行くのは、海斗ことハソングンと暮らしているせいかもしれない。
お昼になり、レストランが集まった階へ行った。以前は一人で食事に行くのは平気、というより、当たり前だった。しかし、今日はそれがとても淋しかった。どの店の前に立っても、気が進まない。それでも容赦なくお腹はすき、身体の力が抜けてきた。
「どうしよう、一人で入ってもあまり周りが気にならないところがいいな……」
ぐるぐる回っていると、背の高い、さわやかな印象の男性に声をかけられた。
「先輩! 杉浦先輩!」
明るくて優しい声だった。
「え?」
その男性は葵より背が高くて、すらりとスタイルが良かった。
(誰?……こんなイケメンに知り合いはいないけど)
「僕ですよ。大輔。ダ、イ、ス、ケ!」
彼は自分を指差しながら葵にアピールした。
「ええ? 大ちゃん?」
「そう。僕。大ちゃん」
大輔はトランペットの2年下の後輩だった。同じファーストを吹いていたので、いつも一緒に練習していたし、一緒に行動していた。葵の言う事を何でも聞いてくれたので、しょっちゅうパシリをさせていた。
「大ちゃんは私より背が低かったのに、大きくなったねえ! それに、どうしたの? こんなに痩せて……まさか、大きな病気を?」
高校生の頃の大輔はぽっちゃり太っていた。葵がわからなかったくらい大輔が変貌していたので、心配になってきた。
「ちがいますよ。僕、自転車に乗り始めて痩せたんです。1年で15キロもやせました。それにあの頃より身長も伸びたし」
葵が頭をなでていた背が低くてぽっちゃりの大輔が、今は葵を見下ろしていた。
「自転車って、あの、こんな細いヘルメットかぶって走ってるやつ?」
「そう」
「へえ~、そうなんだ。あの大ちゃんが……イケメンになったのねえ」
10年以上たっているのに、あっという間に2人の距離はかつての高校生モードに戻っていた。葵にとって大輔は弟扱いだったので、まったく遠慮はなかった。
「今日、ひとり?」
「はい。一人で買い物に来ました。もう終わりましたけど」
大輔は買ったものの袋を見せてくれた。
「ねえ、お願い! 一緒にご飯食べてくれない?」
葵は両手を合わせて大輔の顔をのぞきこんだ。
「喜んで。僕もちょうど食事をしようと思っていたところですから」
大輔は快くひきうけてくれた。お腹がすいていたので、二人はとんかつ屋に入った。
「大ちゃん、今何してるの?」
「僕は製薬会社に勤めています。先輩は?」
「私は朔陽高校で、世界史を教えてる」
「先輩、先生になったんですか。昔から、歴史オタクでしたからねえ」
大輔は納得というより、むしろウケていた。
「そこ、笑うとこかなあ?」
「だって、先輩、練習の時でも歴史の本を隠し持っていたでしょ?」
大輔が、隠している本を読む葵のまねをしたので、二人で大笑いした。
「ねえ、大ちゃん、昔、練習の後、お腹すいて、商店街でコロッケ買って食べたよね」
「ああー! あれ、おいしかったですね!」
「ホカホカだったもんね!」
「みんな元気かなあ?」
「あ、そうだ、大ちゃん、2年で転校しちゃったから、みんなが連絡取れないって淋しがってたよ。連絡先、教えてくれる?」
「いいですよ。じゃあ、QRコードでいいですか?」
二人はコードを交換してそれぞれメールを送りあった。
「大ちゃんイケメンになったね。女の子にモテモテでしょ?」
葵がからかうように笑った。しかし、ダイスケは真面目に答えた。
「そんなことないです。いまだに彼女を作ることが出来なくて……」
「えー? それはもったいない! まあ、私もこの年で結婚してないけど」
葵は苦笑いした。
「先輩、彼氏は?」
「今はフリー。っていうか、私、男アレルギー。生理的にダメなの。あ、大ちゃんは大丈夫だから、気にしないで」
「どういう意味ですか。僕は男として見てもらえないんですか?」
「だって、大ちゃんは大ちゃんだもん。私の子分」
あくまで弟扱いだった。大輔は少し不満そうに笑っていた。
二人はたくさん昔話に花を咲かせて、大きなカツをたいらげた。そして、自分が払いたいという大輔をおしのけて、葵が会計をして店を出た。
「おいしかったね。大ちゃん、ありがとう。助かったよ。楽しかった」
「こちらこそ、楽しかったです。先輩、メールしてもいいですか?」
「かまわないよ」
「ありがとうございます!」
「あ……ねえ、大ちゃん、一人暮らし?」
「はい。大学で一人暮らししちゃったから、もう実家には帰りたくなくて」
「じゃあ、もう一つお願いしたいことがあるの! 甘えちゃっていいかな?」
葵は顏の前で手を合わせて申し訳なさそうに言った。
「僕にできる事なら何でも」
大輔は笑顔だった。
「晩御飯も一緒に食べて! ちょっと事情があって……」
葵はハソングンのいない夕食が怖かった。
「僕でいいんですか?」
大輔の顔が輝いた。
「本当に申し訳ないんだけど、大ちゃんしかこんなこと頼める人いないの」
二人は一度家に帰って、ショッピングセンターでもう一度会う事になった。
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