第11話『夏の終わり』

 



 夕暮れに染まる茜色の空を見ていた。

 団地近くの公園には相変わらず誰もいなくて、俺だけがベンチに座っている。

 昼間に比べて、少しだけ肌寒い。

 この街は東北の港街であるため、お盆を過ぎたらめっきりと涼しくなってしまう。

 それに伴い、学校自体もぼちぼち2学期が始まる。

 関東の学校とかだと9月から始まるらしいが、ここら辺の小学生は大体、お盆明け頃には学校へ足を運んでいる。

 実感としてはあまり無いけれど、日没時間も短くなっているはずだ。

 それらが意味することは…………、夏の終わり。

 全ての物事が、秋に向かって進んでいる。

 新緑の時期は終わりを告げ、あと2週間もすれば徐々に葉も色づき始める。

 だからこそ、目に映るもの全てが色を失い、どこかくすんでしまったような、そんな印象を受けた。


 …………まぁ、原因としてはそれだけじゃないんだろうけど。

 ポケットの中の|も(・)|の(・)がカサリと音を立てた。


「………………」


 無言でそれをポケットから取り出し、眺める。

 シンプルな薄いピンクの便せん。

 昨日、あさひにから手渡されたものだった。



『読んだら捨ててね』



 そんなことを言っていた。

 捨てれるわけないのに、最後まで何を言ってんだか。

 情けない笑みが漏れる。

 結局、渡されたのはいいものの、読む覚悟ができずに一日が経ってしまった。

 まぁ、覚悟とか本当はいらないんだけどね。

 俺は心の整理の時間が欲しかった。

 昨日と今日で、少し頭を空っぽにしたかった。

 何も考えたくなかった。

 ……でも、もう大丈夫。




「……………………」




 便せんの封を切る。


 中を見てみると、綺麗に折りたたまれた二枚の手紙。

 深く深呼吸をして、ゆっくりと手紙を開く。

 すると、そこには可愛らしい女の子の字で、文章が書き連ねられていた。



「……あさひの字…………」



『涼介君へ 


 この手紙を読んでいる頃は、私はもう引っ越してしまった後だと思います。


 できるだけ最後は泣かないように頑張るけど…………。


 もしも泣いちゃってたら嫌だなぁ笑


 最後は笑顔でさよならしたいです』




 残念。

 結局二人ともボロ泣きだったよ。

 でも、最後はお互いに笑ってさよならと言えたから…………、安心してよ。




『いきなりですが、涼介君への思いを書きたいと思います。


 きっと言葉じゃ伝えきれないと思うので、手紙で許してね。


 え~と、書きたいことが多すぎて、さっそく何を書けばいいのか分かりません!笑


 手紙でも伝えきれない! どうしよう!


 でも、何を書くか色々悩んでいく中で、私は一つ思いつきました。


 それはね。


 私の好きなものを発表します!!! わーパチパチ。


 夏休みが始まる前に、二人で話したことを覚えていますか??


 私の好きなものを見つける、的なことを話したと思います(私も、今の今まで忘れていました…………汗)。


 だから、それを私なりにランキングで発表します!!!』



 そう言えば、そんなこともあったなぁ…………。

 思わず苦笑いが漏れる。

 色々やっていく内に完全に忘れていたけど、そもそも一発目の虫取りもそのコンセプトの元での企画だった。




『本当にすごい迷う…………!


 難しいけど、頑張って1位から3位を決めたよ。


 では、さっそく発表します!


 第3位!!


 神社での虫取り!! わーわーぱちぱち。


 意外だった? 実は私も意外です笑


 でも本当に楽しかったんだよ。


 始めてクワガタムシを触って、あんなに汗かくほど一生懸命になって、本当におもしろかった!


 男の子がどうして、虫取りに夢中になるのか分かった気がしました。


 パンツ見たのは許さないけどね。』



「………………」


 フラッシュバックしてしまう当時の光景。

 思い出しておいて勝手に赤面してしまう。

 だから、あれは不可抗力だって…………。

 ちゃんとした事故。

 そうそう、事故よ……。


『次、第2位!!


 これも本当に迷いました。


 だって……、夏休みにやったこと全部楽しかったんだもん。


 そりゃ、順位なんて付けられないよ。


 でも…………、頑張って決めました。


 第2位!!


 朱犬神社のお祭り!! 


 昨日のお祭りが2位です!


 お祭りすっごい楽しかった!


 色々な屋台で遊んだり…………、リンゴ飴とか、色々なものを買って食べたり………お祭りの雰囲気もすごくよくて……。


 金魚すくい対決もとっても楽しかったよ。私の圧勝だったけどね♪


 お祭りって、あんなに楽しいものなんだね。


 そして、本殿に行けたのも本当に良かったです。


 無理言ってごめんね、階段すごく疲れたよね??』



「ふふっ……」


 アレは本当に死にかけた。

 と言うか、朱犬神社に行くときはいつもあんな感じだから……、ある意味平常運転だけど。



『あと何と言っても、打ち上げ花火!


 音とか、あんなにすごいんだね! 初めて見たからすごく驚いてしまいました。


 色もたくさんあって、まるでお花が咲いているようで、とても綺麗で……。


 綺麗だったけど、ちょっと切ないんだね。


 見てて少しだけ、悲しくなっちゃった。



 えーとね。


 はいっ! それでは第1位!!


 私が好きになったもの第1位は一体何でしょうか…………?


 なんだと思う?


 それはね…………。』


 そこで、一枚目の手紙が終わっていた。

 続きが書いているであろう二枚目の手紙を見る、すると。


 一番最初の行、そこには。


 ただ一言。



『涼介君』と書いてあった。





『きっと、予想してなかったんじゃないかな??


 私が、夏休みで一番好きになったのは。




 涼介君です。




 夏休みに入る前ももちろん好きだったけど、夏休みで、もっともーっと大好きになりました。


 それをこれから証明したいと思います。


 今から涼介君の好きなところをいっぱい書くけど、引かないでね笑


 えっとね。


 私の話を笑いながら聞いてくれたり。


 ぶっきらぼうなふりして、本当はすごく気をつかってくれたり。


 私のワガママに付き合ってくれたり。


 私がふざけると、ちゃんとふざけかえしてくれたり。


 子供っぽいのかな?と思ったら、本当はずっと大人っぽかったり。』




 視界がぼやけ、手紙を持つ手が震える。




『笑うとね、えくぼができるところとか。


 照れるとそっぽ向いて顔を見られないようにするところ。


 それをからかうと、真っ赤になって怒るところ。


 でも…………、謝るとちゃんと許してくれるところ。


 あっ! あとね~~~、嬉しいとほっぺた掻くところ笑笑


 これさ、自分で気づいてないでしょ笑 私ちゃんと見てるんだからね。


 それとね、『あさひ』って呼んでくれる声。


 手をつないでるとき、強く握ると…………ちゃんと握り返してくれるところ。


 私のことで、怒ってくれて。



 私のことで、泣いてくれて。



 いつも、私のことを考えてくれていて。



 ちゃんと、言葉で気持ちを伝えてくれる。




 そんな涼介君が。



 好きです。




 大好きです。






 クリスマス会で話しかけてくれてありがとう。




 私と同じ時間を過ごしてくれて、ありがとう。




 これまでで、一番楽しい夏にしてくれてありがとう。




 花火の時に言えなかったけど。




 私も、これからもずっと、涼介君のことが大好きです。





 きっとまた、会えるよね。



 あさひより』




 手紙の最後には。


 ゲーセンで撮ったプリクラが貼られていた。



 幸せそうにピースをする二人の下には、ピンク色で書かれた「ずっといっしょ」の文字。







「………………」


 きっとあさひはこの手紙を書きながら泣いたんだと思う、二枚目の手紙には、所々に染みができていた。

 ポタッと、その染みの上に落ちるものが一つ。

 一つ、また一つと、あさひの手紙に落ちていく。


 止まらない嗚咽。

 何とか歯を食いしばり耐えるが、それでもやっぱり無意味だと分かる。


 心の整理はできていたはずだった。

 俺のやるべき事は終わった、やりきったのだと。

 俺は無事に、「さよなら」と言えた。

 ずっと心残りだった幼少期の後悔は解消されたはずだった。

 しかし…………。


 止めどなくこぼれ落ちる雫。

 必死に腕で拭うが、次から次へとあふれ出てくる。



「あさ…………ひ…………!」



 こんなに大好きな人と。


 こんなに愛しい人と。


 どうして、離れなければいけない……?


 どうして、別々の道を歩まなければならない……?





 …………やっぱり無理だ。



 俺には割り切れない。

 どうしたって、納得できない。


 だって…………!

 だって………………!!





「ぐっ………!!! うっ………………!!」



 唐突に体がグラリと傾く感覚。

 目眩。

 視界が回る。

 足を踏ん張り必死に耐えるが、徐々に酷くなる一方。

 ベンチに座っているはずなのに、落下しているような、逆に浮遊しているような。

 訳の分からない感覚。



「っ…………!!」



 不意に手紙を落としそうになる。

 ダメだ。

 これだけは。

 これだけが、あさひとの…………!



 こみ上げる吐き気を何とか我慢し、無理矢理ポケットに手紙を押し込める。

 それが、最後に見た光景だった。



 回る。回る。回る。



 明滅する。明滅する。明滅する。




 落ちていく。落ちていく。落ちていく。







 そして、意識が途絶えた――――――――――――。



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