第2話

「んー!気持ちいいですね!」

たまらず凛香が声をあげ、両手を上へ伸ばして背伸びをした。

心なしか表情が晴れ晴れしてる。

ずっと家に引きこもっていたのだから無理もないが。

手に持っていたペーパーナプキンの巾着を片掛けにしていたリュックの外側のポケットにしまった。

あとでゆっくり食べようと思ってた。

それを見た茜も手に持っていたものをポーチに入れた。

この気温と体温ではすぐに溶けてしまいそうだった。

「のんびり行先決めずに散歩っていうのも案外いいものね」

「そうですね!探検しているみたいで、なんかワクワクしますね!」

ニコニコするその顔は小学生そのものだ。

ハタから見れば若い母親とその娘のように見えるのだろうか。

「ね、茜さん?」

「なに?」

「冴蘭ちゃんってあのあとどうなったんですか?」


(※秘蔵 審著「胡乱の城」をご覧ください。https://estar.jp/novels/25607433 )


「………。伊達さんからは聞いていないの?」

「みんなをCoph Niaから見送ったじゃないですか。あのあとは何も。ただ、冴蘭ちゃんは無事だっととしか…」

「まあ、聞いててあまり気持ちの良い話ではないからね。伊達さんが凛香ちゃんに必要以上に言わない気持ちはわかるわ」

「そっか…」

「そうねえ。全部を語れるわけなじゃないけど、いい?」

「はい」

「冴蘭ちゃんは無事だった。肉体的にも精神的にも。今は和光市の叔母さんのところにいて学校にも通ってる」

「元気なんですね?」

「そう聞いてるわ」

「よかった。また、会えるかな?」

光体で出会った黒い壮麗なドレスに身を包んだ冴蘭を思い出していた。

幼いながらも整った顔つきには彼女の過酷な運命のようなものを感じていた。

しかし、殺人者Zから解放され、自由の身となった彼女となら友達になれる気がしていた。

凛香は年もそれほど離れてはいないからこそ、そう思うのかもしれない。

自分が役に立てることがあれば、役に立ちたいと思っていた。

そんなことを表情から読み取った茜は話をごまかす以外になかった。

「さあ、…それはわからないわ」

(蛍の報告では、どちらの側か判断つかないっていうし。まだまだ監視はしていかないと後々の厄災にならないとも限らない。叶夢たちの二の舞いはごめんよ…。こんな話は凛香にはできない大人の話…ね)

「さて、凛ちゃん、どこに行こうか?」

携帯の時計を見ながら茜が話を切り替えた。

凛香は歩きながらキョロキョロし、何か面白いものはないかと探し始めた。

歩道の両側は新緑眩い雑木林だ。

ヤマツツジが赤やピンク、白とその緑に花を添える。

風に揺れれば、薫風となり彼らを包んだ。

久しぶりの昼間の外出に凛香の足取りも軽くなった。

普段はあまり意識していなかった外気というものはこんなにも清々しいのかと再認識した。

コロナウィルス感染症拡大防止のためとはいえ、家の中に閉じ籠るということがこんなにも精神的に負担を強いられていたことを認めざるを得なかった。

外の空気を胸いっぱいに吸い込む。

外で遊ぶ。

外で自然に触れる。

いくら都内に住んでいるとはいえ、自然が一つもないわけではない。

風を感じ、太陽の暖かさを感じ、雲の流れを見上げ、鳥の姿や虫の姿を見る。

一つ一つは小さいことだけれど、いざできなくなると人間は五感の一つを奪われてしまったようにおかしくなっていく気がした。

普段は感じないけれど、人間も地球上の生き物の一つなんだと感じた瞬間かもしれない。

凛香は、心の中でただ「気持ちいい」のひとことその思いを集約した。

ふと進行方向の雑木林に切れ目が生じている場所があることに気がついた。

人ひとりが通れそうないわゆる獣道。

「茜さん、茜さん!ここ!ここ!見てくださいっ」

凛香が駆け出した。

アニメで見たトトロの住む洞につながっていきそうな入り口が歩道のほうにパクッと口を開けていた。

細い枝が外に押し広げられ、トンネルのように見えた。

「どこまで行けるか、行ってみましょう!探検したい!!」

茜も入り口を見て、高さと奥行きを確認した。

大人である自分も確かに通れる程の大きさだ。

今日は美鱒町内の山を歩く想定で来ていたのでヒールを履いていないことに感謝した。

「おっ!?これなら行けそうだね?探検してみる?」

「うん!秘密基地になってそう!早く、早く!」

そう言うと凛香は茜の腕をひっぱり軽やかに駆け出した。

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