F∴A∴凛香とフーミンの事件簿2
砂樹あきら
第1話
「んー、いい風ねっ!これぞ、絶好のお出かけ日和!」
ほぼ全開にしたウィンドーから茜は風圧を感じたくて手を伸ばした。
五月晴れの抜けるような青空と汗ばむほどの陽気、それでいて吹く風は乾いていて心地よさを運んできた。
車は軽快にスピードを上げて走っていた。
「茜さん、あんまりはしゃいで窓から手を出すと危ないですよ〜」
ちょっと必死の形相で運転している怜奈が助手席に声をかけた。
「大丈夫よ!怜奈ちゃん!そんな間抜けなことはしないからっ」
親指を立てて怜奈にウィンクしながら合図を送った。
怜奈は困った顔で汗をかいている。
そんなことはお構いなしで、茜はドライブを楽しんでいた。
「凛香ちゃん、後ろまで風、行ってる?寒くない?」
「はい、大丈夫です。気持ちいいです。でも、いいんですか?不要不急の外出はしないようにって」
「あはは、大丈夫よ。不要不急じゃないから。怜奈ちゃんが実家に帰るのに付き添ってるだけよ。ちゃんと付き添わないと方向音痴で迷っちゃって、どこにいくかわからないんだから」
「あ、茜さん、いくら私でも、そこまでは…実家に戻るだけですから。車にはナビもありますし」
「何、言ってるの!いつもなら堂宮くんの役目を不肖ながら、私と凛香ちゃんが務めようって言ってるんだから、黙って従う!」
「でも、茜さん、お弁当持って美鱒町に行くって、やっぱり…」
「そのお弁当はジェディが勝手に持たせたの!頼みもしないのにね!だからピクニックじゃないし」
「じゃ、私は…?」
人差し指で自分を指差した。
茜は右手を上下にパタパタ動かしながら、自論を展開した。
「小学生が1ヶ月も家に閉じこもってたら不健康極まりないでしょ?たまには気分転換しなきゃ。県を越えての移動じゃないんだし、都内なんだから、そんなに目くじら立てることないって」
「は、はぁ…。。。」
「それにしても残念だったわね、堂宮くん」
怜奈は愛想笑いをしてうなづいた。
「本当ならこれたんですけど。なんだかリモートワークになって、会社から新しいPCを支給されたらしいんです」
「なに、それを早々にぶっ壊したの?」
「違いますよっ!監視機能がついているらしくて」
「監視機能〜!?何それ?」
「一定時間仕事してないとですね、つまりPCの前に座ってないと上司に連絡が行くらしいのですよ」
「はーん。今時の企業は怖いわねw 仕事は時間じゃなくて効率でしょうに」
「私もそうは思うんですけど。だから冴蘭ちゃんの事件以来、堂宮さんには会えていないんです」
怜奈の両目がうるうるし始めた。
「朝の満員電車に乗らずに出勤できて、会社で自宅にいながらリモートワークが理想よね。そのうちそんな世界になるかもね?」
後部座席ではお弁当がひっくり返らないように押さえながら凛香が困った表情だ。
二十歳を過ぎたお姉様方の会話にしゃしゃり出るほどの知識は持ち合わせていない。
一応、私を気遣って美鱒町へのドライブに誘ってくれた茜の気持ちを無にしたくはなかった。
茜も怜奈もよく私の面倒を見てくれる神秘蔵アヌビスの一員なのだから。
車は幹線道路をひた走り、住宅地に差しかかってきた。
高いビルが少なくなり、それと同時に小高い丘が続く丘陵地帯に入ってきた。
道路の横には鉄道が走っている。
時折、併走する電車と追いかけっこをしながら車は順調に進んでいった。
幹線道路から一歩逸れて対抗二車線の道路を走っている時である。
ガクンっとエンジンがおかしな音を発した。
見る間にスピードが落ちていった。
「あ、あれ?」
怜奈がウィンカーを上げ、車を路肩に寄せた。
車はゆっくりスピードを落として停車した。
「?」
凛香は何が起こったかわからなかった。
怜奈はブレーキをしっかり踏み、エンジン始動ボタンをしっかり指で押し込んだ。
だが、エンジンはキュルっともブンッとも言わなかった。
完全なる沈黙_____。
「あらら、エンジントラブル?」
茜は助手席で目を丸くした。
「はい。あの。おっかしいなぁ。出る前にちゃんと点検もしたし、この間法定点検終わったばっかりなんですけど……。なんでエンジンかからないんだろう?こんなところでぇ」
もう一度、始動ボタンを押してみてもやはり動かなかった。
「どれどれ、表示はどうなってるの?バッテリーだったらバッテリーのマークが点くはずよ」
運転席の表示はハザードマークが点くだけで、どこの異常も示していなかった。
「なに、これどうなってるの?バッテリーじゃないのね。じゃ、冷却装置がいかれたとか、オイルがダメになったとか?」
「ホント、原因不明ですね…」
「前にもこんな風になったことはあるの?怜奈さん?」
「いいえ。初めてです。堂宮さんと出かけたりしてもこんなふうにはなったことないです。とりあえず、ロードサービスに連絡してみます。ああ、もー、もう少しで美鱒なのにw」
「焦らない、焦らない。人生、なにが起こるか分からないから楽しいのよ。ね、凛香ちゃん!」
「は、はい。そうですね」と気のない返事で返した。
怜奈はスマホでロードサービスを検索し、電話をかけ始めた。
その様子を横目て見て、茜は後部座席に座る凛香に声をかけた。
「朝からずっと車だし、ちょっと外の空気を吸って、気分転換しようか。周りは緑多しね」
「いいですねっ」
凛香は笑って、ドアノブに手をかけた。
茜は、スマホを耳に当てて電話をし始めた怜奈に「外に行くから」とジェスチャーを送った。
怜奈も「わかりました」とい言葉で返す代わりに『オッケー』と指サインを出して見せた。
それを見てから茜は外へ出た。
「あ、もしもしロードサービスですか?あの私、二敷と申しますが。実はですね…」
ようやくロードサービスと電話が繋がり、怜奈が話し始めた。
それをちょっと耳に入れながら、茜は外の空気を思いっきり胸に吸い込んだ。
両手を上げて全身を伸ばすと思いのほかスッキリした。
凛香も同じように左に右に腕を上げ、今まで縮こまっていた体を大きく伸ばした。
カラッとした風が心地よく髪を撫でた。
初夏一歩手前の晩春の風だ。
太陽の前で大の字になって草の上に寝転びたい気分だ。
車を降りてから茜はあたりと見回した。住宅街を通る二車線の道路。
道の左右には狭いながら柵のない歩行者用通路。
車を停めた道路向かいには古い2階建てアパート。
その手前には空き地。
そしてさらにその奥には小高くなっている雑木林。
車を停めた側も竹藪になっていた。
緑豊かな郊外のベッドタウン。そんな感じだった。
茜はバッグからサングラスを取り出すとかけた。
あっという間に人相が悪くなった。
思った以上に太陽光が眩しかった。
ついこの間、グアムに行って肌を焼いてきたばかりだから、到底日本人には見えない。
「……はい。わかりました」
「玲奈、なんだって?」
通話を終えた怜奈に車外から声をかけた。
「ええっとですね。こちらにすぐ向かってくれるそうです」
「住所はわかってるの?」
「わからないんですけど、カーナビのGPSを辿ってきてくれるそうです」
「文明の利器様さまね」
「時間にして15〜20分くらいはかかるそうなので、私、ここで到着を待っていますんで、茜さんと凛香ちゃんはちょっとその辺を散歩でもしてきてください」
その言葉を聞いて凛香は驚いた。
「怜奈さん、ちょっと待ってください。私、一緒に車で待ってます!」
「凛ちゃん、久しぶりに外に出たんだからお散歩くらいしないと。ね、茜さん?」
臨時休校期間中のため外に出ることができなかった凛香を気遣った発言だった。
家の中に閉じ籠るのも3ヶ月目となると大人でも気が滅入る。
普段から活発な凛香のことをみんな思っているのだ。
それをわかっているので茜はバッグを肩に引っ掛けると運転席にる怜奈の方へ窓から頭を突っ込んで、ちょっとサングラスを下げながらこう言った。
「じゃ、ちょっとぶらぶらしてくるから、何かあったら電話してね」
「わっかりましたぁ〜!」
茜に敬礼をして怜奈はにっこり笑った。
茜は助手席に置いてあったポーチから日焼け止めスプレーを取り出して、気になるところにかけ始めた。
その準備をしている間に、怜奈は凛香を呼んで手にぽってりと巾着型になったペーパーナプキンの包みを置いた。
「中にチョコレートが入っています。お散歩しながら、どうぞ!」
「あ、ありがとうございます!」
「はい、茜さんにも!」
「ん、ありがと。じゃ行ってくるわ」
そう言い残すと2人は車の進行方向と逆の位置にある雑木林のある方へと向かった。
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