薄氷の上で踊る Ⅱ
生物の手で造られたとは思えない滑らかな白、その沈黙の美しさを稲光が切り裂いた。
ど、と床に倒れ伏すフューリーを横目に息をつく。五匹目。かなりの重量のはずのそれが床に直撃しても、白亜の塔は損傷する気配を見せない。つるりとした輝きを纏う白い床。壁も同じ素材のようで、耐久性が高いようだ。こちらとしては好都合ではある。
しかしこうも白いと頭がおかしくなってきそうだ。外壁だけでなく中まで真っ白なのは流石に予想外だった。統一された色は、綺麗さよりも寧ろゾッとするような怜悧さを伝えてくる。きっとここは本来、いきものが立ち入っていい場所ではないのだ。もし本当に神が居るのなら、それらが創るモノとはこの塔のようなのだろう。
それにしてもフューリーが多い。そんな事は事前に聞いていなかった────少し経つ間に、フューリーも増えたのだろうか。リスティンキーラに伝わる神話では、彼らは異質な存在。炎と同じく、神の手から離れた存在である。しかし皮肉なことに、この無機質な白の空間には、氷を身体に這わせる彼らはこの上なく似合っている。似通っているのだ、その無機質さが。この塔に守護者を置くとするならば、間違いなくフューリーたちが相応しかった。
雪原に威風堂々と聳え立つアーヴィンダルは、外からであれば細身の優美な塔に見えるが、中は外見からは想像出来ないほどに広い。どういう仕組みなのかは分からないが、おそらく古代の
かつ、かつと階段を上る俺の足跡だけがやけに煩く響く。他になんの音も聞こえない。張り付いているのは圧倒的な孤独だった。確かに一人になる瞬間、というのはある。雪原にいる時もそうだ。しかし雪原には空から舞い散る雪がある。そっと撫でる風も感じる。小型雪食フューリーがちろちろと駆け回る気配もする。でもここは違うのだ。外で吹き荒んでいるはずの猛吹雪すらも捉えることが出来ない。寒さや暑さすらも感じない。自分の息遣いはおろか、瞬きの音まで聞こえそうなほどの────それは生命を拒絶する、圧倒的なまでの静寂だった。
白という色に、他のケット・シーはどんな印象があるのだろうか。無垢とか、正義とか、そんな所だろうか?
俺はそうは思わない。白とは、すなわち排斥の色だ。
白とはどんな色も混ざれない。どんな色にも染まり、同時にどんな色にも染まらない。始まりであり、終わりでもある。暗闇の中では見えないものも、白い光の中ではよく見えてしまう。
……くだらない事を考えている。
やはりこの凄まじい真白に、自分も影響されているのだろう。思わず舌打ちをしそうになって、止めた。その音ですら壁に反響するだろうから。
長い階段も終わり、俺の認識が正しければ五階についた。そこは今までとは全く異なる構造になっている────一面がホールのようにだだっ広く、次の階への階段ですら見える。しかしその階段をまるで守るように、フューリーが佇んでいた。
びり、と言葉では言い表せない何かが身体を駆け抜けた。
このフューリーは他とは違う。
なんの根拠もないものの、直感で俺は断じた。あまりに巨大なソレは、生き物ではなく一つの建造物のように身動ぎもせずに立っている。しかしその視線は、こちらに注がれているのがはっきり分かった。
毛皮のように分厚く体を覆う氷柱は鋭利な煌めきを壁に反射させ、強靭かつしなやかな四足からは一本が俺の脚くらいはある爪が伸びる。一振りだけでケット・シーを粉々に出来そうな短めの尾に、獣のギラつく輝きではなく明らかに知性を灯す翡翠の瞳。
上級フューリーの中でも特にその強さを轟かせる、魔狼フェンリルであった。
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