♮♭38:


 「私」……財津ざいつ 宗示そうじは、はっきりと自分の拠り所……足場を見失っているように感じていた。


 なぜここまで翻弄される? 本来であれば、私が翻弄する側の立場であったはずだ。「意識」を翻弄し、「世界」を捻じ曲げ、終着させる。


 そう仕組んだはずだ。そうして仕込んだはずだ、この「作品」に「小説」に。小説の中の登場人物たちに、作者たる私の意識を投影させ、そして失わせ、移行させ、


 ……いつの間にか私の「意識」がずれるようにと、仕向けたはずだ。


 いや……今のこの状態が「ずれている」と、そういうことなのか?


 いや、だとしたら、おかしい、そうじゃない。そうじゃあないだろう。


 今のこの状態……認めたくはないが、認められる代物ではないが、「私」の意識が、自分の書いた小説の中に組み込まれてはいないか? 何だ、何なんだこの感覚は。


「……だいぶ混乱しているみてえだな。無理はねえが」


 そもそもこのアオナギは何だ。なぜそこまでひとつ上から見下ろすかのようにこちらを睥睨してくる? この男は私の「手駒」のひとつのはずだ。私がクガ同様、「狂言回し」と設定した、単なるひとりの「登場人物」のはずだ。


「……まあそうだ。だがお前さんはそこまでの『がっちり設定』はしなかったよな? 泳がせていたわけだ、俺とか、相棒とかを」


 こちらの「思考」が漏れ出ているとでもいうのか……私が考えたことがすべて目の前の汚い長髪男には伝わっていっている……いってしまっている……


 クガは、クガはどうした? あの巨体が先ほどから見当たらないぞ、お前に逐一任せたのではないか、私の、私の一部を投影して、「読者」の意識を逸らす……裏の狂言回しとして。


 いない? いや、いる……のか。「私」の中に。私こそが「傀儡」だったと、そういうのか……いやもう何か分からない……理解することが……出来ない。思考が、意識が、溶けだしていくかのよ


「……さて」


 アオナギの濁った目は、「こちら」を見ていた。ひどく凪いだ目つきだ。そうなのか。さらにの「先」まで、お前は見通していたと、そういうことか。ひしゃげた長い顎をさらにひん曲げながら、落ち着き払ったしゃがれ声で、お前は「わたし」に語り掛けて来る。


 主催者クガ……創造主ザイツ……彼らもまた、わたしの生み出した存在……「意識の移行ミスリード」を誘うためのつくられた存在……


 「作者」のgaction9969こと「財津 宗示」、と偽ってきたのもまた、わたしを錯覚させようと試みたまでのこと。名前にそれは仕掛けておいた。自分で自分が分からなくなる時がもし本当に来たとしたらと仮定して。


 ザイツソウジ……ジツザイウソ……実在、嘘。


そう……本当のわたしはもうひとつ、高みなる場所にいた。


「瓦解しちまったな、てなわけで、画面ディスプレイの向こうで必死こいてキーボード叩いてる、真の、真なる『御前さん』に向き合って物申すことにするぜぇ。随分と長い間、ごくろうさんなこって」


 アオナギとわたしを分かつ「平面」……「次元の壁」、とそう比喩してみようか、ふふ、そんな装飾めいたことは不要かな? 


 「瓦解」。確かに。でもまあ妙にわたしは今、清々しい気分でいるのだが。これはいったい何だろう、何でだろうね。


 さあ、本当に始めようか。わたし、gaction9969(本名は言えませぇん!)と共に、最後のシメを。


 ……締めくくりを。


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