第19話 終わる関係

 俺にはこの状況が偶然によってもたらされたものだとは考えられなかった。

 ここには由衣の手によって連れてこられたわけだし、福山さんも先ほどまでは由衣と一緒に行動していたはずだ。

 

「どうしてここに?」

「由衣ちゃんに頼まれたの……ここにいて欲しいって」


 福山さんの返答は予想通りのものだ。

 やはりこの状況は由衣が仕組んだもので間違いない。

 となれば気になるのは福山さんがどこまで知っているのかだ。

 詳しい事情は聞かさていないのか、それとも秘密をすべて打ち明けられたうえでのことなのか……できることなら前者であって欲しいのだが……

 

「もしかして、その……由衣から何か聞いてたりする?」


 恐る恐る福山さんに尋ねる。

 もし彼女が何も事情を知らないのであればまだ誤魔化せるのではないだろうかと思ってしまう。先程は由衣のことを明確に拒絶したわけだし、これは妹からの一方的な好意だと説明できるのではないかと期待していた。

 だから何も知らないでいてくれと強く願いながら彼女の顔を見つめ反応を待つ。

 

「……」

「…………」


 福山さんの表情は気まずそうなものだ。

 申し訳なさそうに、視線を俺の顔と地面を往復させている。

 俺が期待していたものではない。

 

「日菜子……?」


 福山さんの顔色を窺いながらもう一度声を掛ける。

 すると彼女は意を決したのか迷いを振り払うかのように左右に小さく首を振り、まっすぐに俺の顔を見つめるとゆっくり口を開く。

 

「全部、聞いたよ。由衣ちゃんが優人くんのことを好きだってこと……優人くんも由衣ちゃんのこと好きだってことも……新庄先輩達との関係も、全部」


 ……考えうる限り最悪の状況だろう。

 すべてを知られ、先程の由衣とのやり取りを見られ、そのうえで福山さんが納得するような説明をはたして俺にできるだろうか?

 

「それさ……ゆ、由衣の勘違いって言うか……あいつが、か、勝手に盛り上がっただけっていうかさ……だから、その、さ……気にしないで欲しいな」


 苦し紛れに口を開けば言葉に詰まり声は震えてしまう。

 きっと今の俺の顔は引きつった笑みを浮かべているはずだ。

 そんな情けない姿を晒して信用してもらえるはずもなく、当然のように福山さんには怪訝そうな顔をされる。彼女の視線が鋭く突き刺さるようだ。

 

「全部でたらめってこと?」

「そ、そう! だってありえないでしょ! 俺達兄妹なんだよ? 由衣がどう思ってるかなんて置いといてさ、俺にはそんな感情これっぽっちもないんだ!」


 俺の勢いにまかせた声を張り上げる弁明に、福山さんは眉を顰める。

 

「嘘じゃない?」

「嘘じゃないって! 信じてよ!」


 どの口が信じてなどというのだろうか。

 嘘に嘘を重ねて彼女を騙してきたというのに――


「さっき由衣にも言った通りだから……俺が好きなのは日菜子だけなんだ!」


 きっと今の俺の姿は哀れなものだろう。

 福山さんから向けられる冷ややかな表情がその証拠だ。

 

「本当に? ……本当に私のこと、好きなの?」


 信用されている様子はまったくない。

 ただ形式的に確認をしているだけだ。

 

「本当だよ――」


 溜めこんだ息を一気に吐き出すようにそう言った瞬間、タイミング悪く一際大きな花火が上がった。

 身体の芯にまで伝わってくる振動に意識を取られ、次につなげるべき言葉が咄嗟に出てこない。

 情けない震えた吐息を出すのがやっとだった。

 

「……」

「……」


 不意に途切れた会話は気まずい沈黙となり、俺は思わず福山さんから目をそらしてしまう。

 

「ちゃんと私を見て」


 そんな俺を咎めるように彼女はそう言った。

 今回のダブルデートが上手くいくだろうかと心配していた弱々しい彼女とは思えない強い口調でだ。

 

「ねえ優人くん。……私は優人くんに本当のことを話して欲しいの」


 お前の嘘はお見通しだと、そう言われているのだろう。

 恋人という関係であるのにも関わらず、俺は今まで福山さんとは一定の距離感を保ってきた。

 そのせいで彼女には不満を漏らされたこともある。

 だから今回の件が決定打となり、信用を完全に失ったのだ。

 今この場で全てを打ち明けて欲しいと、そういう事なのだろう。

 

「……」


 俺はその追及に言葉が出ず、ひたすらに地面を見つめていた。

 なんて卑怯者だろうか。

 

「優人くんは由衣ちゃんに好きって言われてどう思ったの?」


 うれしかった。

 俺も好きだって、そう言いたかった。

 

「どうも、なに、も……ただ……気持ち悪いだけだよ。家族なのに……兄妹なのに……好きとか、おかしいだろ……そんなの」

「そうだね。普通はそんなこと、ありえないよね」


 そう、普通じゃない。

 兄妹で恋愛なんて異常なんだ。

 そんなの分かってる。

 

「ほんとにさ……あ、あいつ、頭がおかしいんだよ……狂ってるって……せっかく、皆でお祭りに来てるのにさ……それを、台無しにして……」


 ポツポツと色が変わっていく地面を見つめながら、自分に言い聞かせるようにそう言った。

 そんな俺を見て福山さんがどう思っているのかは分からないが、声色を変えることなく彼女は続ける。


「由衣ちゃんが泣いてるのを見て、優人くんはどう思ったの?」


 妹を泣かせることしかできない自分に腹が立ったさ。

 嫌で嫌で仕方がなかった。

 あんなことは二度と御免だ。

 

「ムカついたに、決まってるじゃん……迷惑、かけられてさ……」

「そっか」


 福山さんの返答は短くそっけないものだ。

 呆れているのか、怒っているのか、判断がつかない。

 彼女の表情を窺おうと顔を上げてみるも、確かめることはできなかった。

 目の前はもう何も見えない。

 

「優人くんは嘘つきだね」

「……うそ……じゃない」

「じゃあなんで泣いてるの?」

「そ、れは」


 情けない自分に嫌気がさして、悔しくて悔しくて涙がとまらなかった。

 俺に泣く資格など無いというのに、由衣に告白することになってしまったあの放課後の時のように、無様に泣き散らしている。

 そんな自分が本当に嫌いだ。


「ずっと、悩んでたんだよね?」

「それは――」

「由衣ちゃんのこと、好きなんだよね?」

「俺は――」


 何もかもが嫌になる。

 本当は隠し続けることも嘘をつき続けることも辛かった。

 不甲斐ない自分に、どうしようもない現状に、絶望に近いものを感じていたから――

 

「由衣が……好きだ」


 だから言ってしまった。

 自分勝手な考えだと分かっていても、すべてぶちまけて楽になってしまいたいと思ってしまった。

 それが卑怯な選択肢だろうと思っても、一度口を開いてしまえばもう止まらない。

 なんて弱い人間だろうか。


「ずっと、由衣のことが好きで……おかしなことだって、分かってる、のに……自分じゃ、どうしようも……なくて――」

「じゃあ、やっぱり……私のことは好きじゃなかったんだ」

「……うん…………福山さんのことは……好きじゃない」

「……そっか」


 俺の本音に、彼女は酷く悲しそうな顔をする。

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