第13話 夏祭り
うちの地元の夏祭りは五日間に渡り行われ、初日の花火大会を皮切りに、大通りでのパレードや広場でのショーやライブなど、各種イベントが開催され大変な賑わいになる。
俺達が行くのは初日の花火大会であり、見物客により大変な混雑となるだろう。
今までのデートではそういった人混みになるような所は積極的に避けてきたので、福山さんをエスコートできるのかがとても不安である。
ちゃんと彼女を楽しませることができるだろうか?
残った思い出が「人が多くて大変だった」では彼女に申し訳ない。
せめて不意のトラブルなどは避けたいと、そう願っていたのだが――
「日菜子、大丈夫?」
「……だ、大丈夫」
「顔色悪いよ?」
「なんとも……ない……」
由衣達との待ち合わせ場所に行く途中、どこか福山さんの様子がおかしかった。
青ざめた顔をしていて、浅い呼吸を何度も繰り返している。
「まだ時間に余裕があるし、どこかで一息つこうか」
「…………うん」
あきらかに体調不良と思われた。
このまま無理に連れまわして症状が悪化したら大変だ。
俺達は道中にあったコンビニに寄り、備え付けのベンチに腰掛け、少し休憩することにした。
水分が足りてないのかもと思い、店内でスポーツドリンクを買い、キャップを空けてから福山さんに手渡す。
「ほら、これ飲んで」
「……ありがとう」
「身体はだるくない? 頭痛とかはない?」
「うん……そういうのじゃないから……大丈夫……」
大丈夫……とは言われても、彼女の場合は言葉通りに信じるわけにもいかない。
周りに気を使って平気で我慢を重ねるような性格の人だ。
慎重に見極めないといけない。
「どれどれ……」
「わっ……あのっ……!」
俺は福山さんの前髪をかき分け、彼女のおでこに手を当てる。
「熱はないみたいだね」
「……ッ」
見た感じ、汗も程よくかいているみたいだし、熱中症ではないようにも思える。
しかしこういったものは油断が出来ないだろうし、素人が簡単に判断するのも危険だ。
「今日はもう帰ろうか」
これが正しい決断だろう。
何かあってからでは遅いのだ。
デートなどいつでもできる。
由衣には事情を話せば分かってくれるだろう。
「だ、だめ! ほんとに大丈夫だから! 気にしないで!」
「悪いけど全然大丈夫そうには見えないよ。妹たちの事は気にしなくていいからさ。今日はもう帰ろう」
「ホントに違うの! あ、あの……体調は、大丈夫なの……」
慌てたように否定する福山さん。
仮に大丈夫だとしても、気分が優れない状態で歩き回っても、決して楽しいことにはならないと思うのだが……俺には早めに切り上げた方が良いようにみえる。
それとも彼女には譲れない何かがあるとでもいうのだろうか?
「……あのね……笑わないで聞いてほしんだけど……」
「うん。笑わないよ」
「えっとね……その………緊張、しちゃって……」
福山さんはとてもバツが悪そうにそう答えた。
たしかに彼女は人見知りで、人付き合いというものが苦手だ。
ただ、それだけではこうも切羽詰まったようにはならないだろう。
「何にそんなに緊張したの?」
「……あのね……優人くんの妹さんに……」
「妹に?」
「……良く、思われたくて……」
福山さんは恥ずかしそうにしているが、そう思うのは自然な事だ。
誰だって人に嫌われたいと思うやつなどいない。
「だからね……いろいろ勉強したの」
「勉強?」
「うん。いろんな雑誌読んで流行りとか調べたり……どんなこと話そうかなって、ずっと考えてたんだ」
人付き合いに関しては消極的な方だと思っていたのだが……彼女に対する認識を改めないといけないな。
「でも……これから実際に会ってお喋りしなきゃって思ったら……どんどん緊張してきちゃって……」
福山さんは困り笑いを浮かべ、脱力したように言う。
「情けないよね。みんなが当たり前にできてることに、こんなに苦労するなんて」
「誰だって得意な事もあれば苦手な事もあるよ」
「……うん」
「もし無理そうなら今日はやめても大丈夫だよ?」
「……ううん、やめない…………私、頑張りたいの」
福山さんは以前として青い顔をしているものの、その言葉には力強さを感じた。
「自分を変える、努力がしたいの」
彼女の瞳には決意の光が宿っている。
きっと勇気を振り絞って今日この場に来たのだ。
今思えば、難色を示すだろうと思っていたこのダブルデートにも、彼女は二つ返事で了承してくれた。
あの頃にはもう、決意していたのだろう。
自分を変えたいと、そう考えていたのだ。
「私、いつも悪い方向に物事を考えちゃうから……それを変えられたらもっと楽しくなれるだろうなって……楽しい優人くんとの時間が、もっともっと楽しくなるんじゃないかって、そう思ったの」
彼女の決意を聞いて、複雑な感情になってしまう。
俺も変わりたかった。
変わりたいと願い、結局変われずに由衣を傷つけた。
はたして俺は変わるための努力をしたのだろうか?
口先だけで、変わろうとしてなかったのではないだろうか?
勇気を出して一歩を踏み出した福山さんを見て、酷く恥じる気持ちに襲われる。
日菜子ならできるよと、そう言うべきなのに……言えなかった。
「……そっか」
代わりに出てきたのはそんな情けない返答だ。
彼女は新しい自分に生まれ変わろうとしている。
それが、羨ましかった。
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