第15話 バツゲーム

「ただいま」

「おかえり、お兄ちゃん。今日は少し遅かったね」

「ああ……ちょっとな……」


 福山さんを送り終え、家に帰って来るとリビングに居る由衣がTVゲームをやっているところだった。

 テーブルにはお菓子とジュースが置いてあり、一人の時間を満喫していたらしい。

 

「ね、一緒にやろうよ!」


 由衣は手に持ったコントローラーをこちらに向け、ふるふると振って見せる。


「……よし、やるか」

「うん!」


 屈託のない笑顔を向けられては断ることなど出来るはずもない。

 自分の分のコントローラーを用意し、由衣の隣に座った。

 

「少しは手加減してくれよな」

「ん? どうして?」

「負けっぱなしだとつまらないだろ」

「私はたくさん勝てて楽しいよ?」

「あのなあ……」


 なんとも酷い話だが、由衣の奴はえらくニコニコとしている。

 そんなに俺をボコボコにするのが楽しいのか、まったく酷い妹だ。

 

「ハンデが無いなら俺はやらんぞ」

「もう……しょうがないなあ」


 俺が不満をあらわにすると、由衣はやれやれと肩をすくめてそう言った。

 そして短い溜息をわざとらしく吐いてみせると、ニヤリと嫌味な笑みを浮かべて見せる。

 

「そのかわり負けたら罰ゲームだからね」

「罰ゲーム、だと……?」

「うん」

「……何をするんだよ」

「それは勝った人が決められる事にします」

「……そうかい」


 当然、罰ゲームと言うからには俺の嫌がる事をさせるつもりなのは想像に難くない。 ここは余計なリスクを負わないためにも、しっかりと勝ちをもぎ取る必要があるだろう。


「で、何をやるんだ?」

「えっと……これかな」


 由衣が選んだのは対戦型のパズルゲームだ。

 家にあるゲームの中で、俺が最も苦手としているジャンルでもある。

 

「他のにしてくれ」

「だーめっ」

「どうしてもか?」

「どうしても!」


 いくらハンデがあるとはいえ、正直、自信が無かった。

 それだけパズルゲームにおいては俺達兄妹の実力差は大きなものなのだ。

 こいつは本当に俺を勝たせる気が無いらしい。

 

「ほらっ! 始めるよ!」


 由衣はこれ以上なにも言わせんとばかりに強引にゲームをスタートさせた。

 

「……」

「……ん?」


 俺が抗議の視線を投げかけるも、由衣は可愛らしい笑顔を返すだけで効果は無いようだった。

 

「……ハンデは一番キツイのだぞ」

「わかってるって」


 由衣はカチャカチャとコントローラーを操作して、ハンデの設定をしていく。

 自分が不利になる行為をしているというのに随分と楽しそうな顔をしているのは、それだけ自信があると言う事なんだろう。

 

「……よし、これでオッケーっと……負ける覚悟は出来たかな?」

「いってろ」


 なんとも憎たらしい挑発をしてくれる。

 

「罰ゲーム、何にしようかな~」


 由衣は始める前からすでに罰ゲームの内容を考えているようで、すでに勝った気分でいるみたいだ。

 完全になめられているが、俺だってむざむざと負けるつもりは無い。

 意を決してTV画面に集中をした。

 

 隣からは小気味よい打鍵音が聞こえてくる。

 由衣のコントローラーさばきは見事なもので、素早くて正確だ。

 対照的に俺の手元はもぞもぞと鈍い動きを晒していて話にならない。

 しかしながらハンデのおかげもあってか勝敗は拮抗していた。

 十本先取で始めた勝負が、今は九対九の接戦だ。

 次の一本を取った方が勝者である。

 

「ん~……ここまで粘られるとは思わなかったなあ……」


 おそらくは圧勝するつもりだったのだろう由衣が落胆の声を漏らした。

 

「残念だったな。このまま俺が勝たせてもらうぞ」

「……その勢いもここまでだよ」


 由衣はムッとした表情をみせる。最初の余裕はどこへやらだ。

 ここまで俺が食らいつくとは思っていなかったのだろう。

 今日の俺は調子が良い。

 実のところ、どんなに頑張っても負けは必至だろうと思っていたのだが、綱渡りながらも勝ちを重ねてイーブンにまで持ち込んだ。

 罰ゲームをどうしてやろうかと、そんな考えが頭をよぎってしまうが、すぐにそれを払いのけるように頭を振った。

 もともと実力では圧倒的に負けているのだ。

 油断をしていて勝てる相手ではない。

 

 緊張の最終戦が始まると、お互いに口数が少なくなった。

 ゲームのBGMとコントローラーの音だけが響いている。

 もとより俺はゲームの操作が手いっぱいで喋る余裕など無いのだが、由衣は普通に会話しながらも俺よりも上手いプレイをする事が出来る。

 そんな由衣が無口になっているという事は、そうとう本気になっているに違いないと、俺はそう思っていたのだが……しばらく経つと隣からはクスクスと笑い声が聞こえてきた。

 由衣がどうして笑っているのか、確認しようにもTVから目が離せない。

 

「一生懸命になっちゃって、ふふ……おもしろい。ちょっと本気だしちゃおうかな」

「な、なんだと……!?」


 驚愕の事実だ。

 由衣は今まで本気を出していなかった。

 その証拠に、凄い勢いでブロックを積み上げていくと、次々にそれらが消えていく。

 

「お兄ちゃんすごい必死になっちゃって――笑えるんだけど!」


 由衣はそう言ってケラケラと高笑いをする。

 

「くっ、そおおお!」


 俺は本気を出した由衣になすすべなく敗北をした。

 先ほどまでの接戦は作られたものだったのだ。

 真剣勝負で手を抜かれ、必死に勝ちに縋りつく俺の姿を笑われた。

 なんと屈辱的だろうか。

 

「性格悪いぞ!」

「そう?」

「そうだ!」

「そうかなあ……ま、何はともあれ罰ゲームだねっ!」

「くっ……!」


 由衣は底抜けに楽しそうな顔で「どうしようかな、どうしようかな」と呟いている。


「……楽しそうだな」

「お兄ちゃんは楽しくないの?」

「……いや楽しいけども……」


 今回は手のひらの上で踊らされた感が強くてな……すこし悔しいのも事実……


「楽しいなら良いじゃない」

「いやまあ、そうだな……」


 由衣の勢いに押され、なあなあに返事をしてしまう。

 

「じゃあ罰ゲームねっ」

「ああ、もう! なんでもこいッ!」


 こうなった以上、罰ゲームを甘んじて受けるしかないだろうと、投げやり気味にそう言ったのだが……由衣からは全く想像もしていなかった要求が来る。

 

「キスして」

「……は?」

「私に、キスして」


 思わず絶句して由衣の顔を見つめてしまう。

 由衣は笑顔を崩さぬまま俺の瞳を見つめ返す。

 

「お兄ちゃんから私にキスをして、それが罰ゲーム」

「……」

「ほら、はやく」


 由衣がすっと俺との距離を縮めてくる。

 

「おねがい」


 そう言うと由衣は目をとじて、顎を上げ唇を前に出してきた。

 

「……」

「……」


 俺は由衣の両肩に手をかけ、ゆっくりと顔を近づけていく。

 

 紅潮した顔に、艶めかしい唇。

 駄目だと分かっているのに、俺はそんな妹の姿に興奮を覚えてしまう。

 

「…………」


 必死に理性でそれを抑え込み、唇の触れ合うすんでのところで動きを止めた。

 これはいけない事だと、そう自分に言い聞かせる。

 そして、由衣の肩を押しやり、少し距離を取った。

 

「あ、あのさ……」


 恐る恐るに口を開く。

 

「俺……新しい、彼女が出来たんだ」

「えっ……」


 由衣は目を見開き、表情がみるみるうちに変わっていく。

 生気が無くなっていくその様子に、俺は思わず顔をそむけてしまう。

 

「やっぱり、おかしいかな……先輩と別れたばかりなのにさ……」

「……」


 心臓が張り裂けそうなくらいに苦しかった。

 こんなこと、話したかったわけじゃないのに――

 このままだと、また流されてしまいそうだったから……

 

「クラスメイトでさ、俺のこと好きだって言ってくれて……それで付き合おうよって話になって……」


 本来なら妹に話すような内容ではないだろう。

 でも、今の俺と由衣にとっては、必要な事なんだと思う。

 

「キスも、したんだ」


 俺はそう言った。

 由衣の表情は、怖くて確かめられない。

 

「そっか」


 返事は短く、小さな声で――

 

「今度は上手くいくと良いね」


 由衣はそう言うと自分の部屋へと戻っていった。

 

 いつの間にか握りしめた拳が震えている。

 これで良かったのだと、自分に言い聞かせながら、身体の震えが止まるのを待っていた。

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