第13話 さいていなおとこ

 急速に距離感を縮めてくる妹に対して、俺はされるがままになっている。

 このままでは確実に、俺達は過ちの道に突き進んで行ってしまうだろう。

 そうならないためにも、俺は手段を選んではいられない。

 利用できるものは利用しようと、そう決心をした。

 

――

 

 次の日の学校、昼休みにて、俺はある決意を胸に福山さんに話しかける。

 

「福山さん、今日もお弁当? 良かったらまた一緒に食べない?」

「……えっ?」


 福山さんは信じられないと言った表情を見せる。

 昨日の事もあり、また誘われるとは思っていなかったのだろう。

 

「また屋上でさ、話したいこともあるし」

「あの……でも……」

「嫌かな?」

「いや……そんなこと……なくて……」

「じゃあ、お願い」


 ずるいとは自分でも思う。

 こうすれば福山さんは断れないだろうと、分かっていたから。

 

「…………うん。わかった……」


 福山さんはうなだれるように返事をする。

 強引に話を進めて申し訳ない気持ちになるが、彼女を気遣う余裕など俺には無かった。

 

 乗り気ではない福山さんを連れ、俺は屋上へと向かう。

 階段を上る一歩一歩がやたらと重く感じられた。

 出来る事なら、福山さんに酷い事はしたくはない。でも、俺自身の気持ちをどうにかするには荒療治しかないだろうと分かっていた。

 由衣への想いを消してしまうには、別のもので上書きしてしまうしかないと、そう思ったんだ。


 屋上への扉を開けると、昨日と同じく澄み渡るような青空が広がっていた。

 ただ、福山さんの表情は、そんな良い天気とは真逆の暗いものだ。

 今日の彼女は一日中そんな様子で、常に縮こまっているというか、小動物のようにビクビクと過ごしていた。

 おそらくは俺に話しかけられるのを嫌っていたのだと思う。

 

「ほら、いこう」

「えっ、あのっ……!」


 そんなビクついた福山さんの手を取り、日の光の下に連れ出す。

 暖かい光の中、すうっと爽やかな風が吹く。

 

「気持ちいいね」

「……そう、だね」


 福山さんの返事は歯切れの悪いものだ。

 明らかに嫌がっている様子だが、俺はそれを無視して状況を進める。

 

「いま準備するから」


 用意していたレジャーシートを広げ、クッションを並べる。

 

「ほら、座ろうよ」

「う、うん」


 先に俺がクッションに座り、遅れて福山さんもゆっくりと腰を下ろす。

 決していい雰囲気とは言えないが、とりあえず俺は弁当箱を開け、食事の準備を始める。

 昨日と同じように、俺が率先して行動すれば、彼女もそれに続いてくれると、そう思ったのだが……

 

「あのっ! ……ごめんなさい……私やっぱり、戻りますッ!」

「……えっ?」


 福山さんはそう言うと、弁当箱を手に持つと立ち上がり、回れ右をしてそのまま屋上出口へと駆け出した。

 

「福山さん! まって!」


 そう声を掛けても福山さんは止まらなかった。

 俺は慌てて追いかけ、彼女の腕をとり引き留める。

 

「聞いてほしい……話があるんだ」

「……」


 俺がそう言っても福山さんは背を向けたままでこちらを向いてはくれない。

 

「昨日、俺の事、好きだって言ってくれたことなんだけど――」


 こうも避けられてしまうと腰を据えての会話は無理だろうと思い、俺はそのまま本題に入った。


「俺、新庄先輩の事が好きなんだ。振られたけど……まだ……好きなんだ」

「……そう、なんだ」


 福山さんは力ない声でそう呟き、いまだ俺に背を向けたまま、その場に力なく立ち尽くす。

 

「昨日言ったことは、忘れてもらっていいから……私も、澄谷君のこと……忘れるから……」


 福山さんは身体を震わせて、途切れ途切れにゆっくりと言う。顔は見えなくとも、泣いているのが分かった。

 

「気を使って、話しかけてくれるのも……もう……大丈夫だから……」


 きっと福山さんは昨日の告白の返事として、今、明確に振られていると、そう思ったのだろう。

 だけど、俺の言いたいことはそうではなかった。

 

「福山さん」


 俺は彼女の名を呼び、掴んだ彼女の腕を強く引いて抱き寄せ、無理やりこちらを向かせた。案の定、彼女の顔は涙で濡れている。

 

「す、澄谷君……?」


 福山さんは驚いた表情を見せ、俺から離れようと身体に力を込めた。

 俺はそれを離すまいと彼女の腰に手を回し、ギュッと抱きしめる。

 

「あ、あ、あの……!」


 すっかりパニックに陥った福山さんは、俺の腕の中であたふたとする。

 

「俺、先輩の事を忘れたいのに、忘れられなくて、辛いんだ。……福山さんに……忘れさせて欲しい」

「それは――」


 俺の言葉に福山さんは何かを言いかけるが、それが発せられることは無かった。

 俺が無理やり、福山さんにキスをしたから……

 同意も無ければムードも無い、最低な行いだ。

 ゆっくりと顔を離すと、呆然とした福山さんの顔が見えた。

 

「……俺と、付き合ってくれないかな」


 福山さんは口を開きかけるが、唇がフルフルと震えて話し出せずにいた。

 俺に無理やりキスされた事を驚いているのか、悲しんでいるのか、それは分からないが、彼女がどう思っているかなんて関係なく、俺は用意していた言葉を告げる。

 

「こんな理由、最低だけど……福山さんしか頼れる人がいないんだ」


 そんな事を言いながら、俺の事が好きなら言う事を聞いてくれるだろうと、そんな汚い打算があった。

 

「……なんで、私、なのかな……」

「優しくしてくれたから」

「あ、あれは……私の下心、だから……」

「それでもいいよ。だから、俺と付き合って欲しい」

「あの……でも……」


 福山さんは迷っているようだが、俺に抱きしめられているというのに、逃げる様子などはない。

 もう一押し、それで彼女は折れてくれるだろう。

 

「もう一回、キスをしても良い?」

「えっ? えっ?」

「嫌なら、避けてくれてかまわないから」


 そう言いながら福山さんを抱いている腕に力を込める。

 そしてゆっくりと顔を近づけ、キスをした。

 今度は少し踏み込んだ、大人のキスを――

 

 福山さんの好意に付け込んで口付けをしていても、俺の頭の中から由衣の姿が消えることは無い。

 福山さんへの罪悪感よりも、由衣への罪悪感の方がはるかに大きかった。

 

 俺はなんて最低な男だろうか。 

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