第9話 二人きりの昼休み

「澄谷君……何か、良い事でもあったの?」


 朝の教室、珍しい事に福山さんから話しかけられた。


「えっと……どうして?」

「なんだか、嬉しそうな顔、してたから……」


 ふむ、嬉しそうな顔か……どうやら自然と頬が緩んでいたようだ。


「まあ、ちょっとね」


 実際はちょっとどころではないのだが、詳しくは話せない。

 簡単に言ってしまえば、由衣と仲直り出来たことが嬉し過ぎるという事なのだが、そんなことを嬉々として説明などしたら、とんでもないシスコンだと思われること間違いなしだ。

 

 昨日の一件から、俺達兄妹は以前の日常に戻れたといっても良いだろう。

 まだ会話にぎこちなさが残ってたりもするが、おおむね良好な関係になってきている。

 今朝も一緒に登校してきたくらいだ。

 

 正直、ただ会話を出来るようになるだけでも、もっと時間がかかると思っていたんだ。

 あれだけ状況がこじれていたのだから、関係を修復するのは大変だろうと……

 だから嬉しくてたまらないんだ。由衣と一緒に居られることが。

 顔に出るのも仕方がないだろう。


「よかった……元気になったみたいで……」


 福山さんはそう言って微笑む。

 

「俺、そんなに落ち込んでるように見えた?」

「……うん……私には、そう見えてた」


 福山さんには、俺が先輩に振られ落ち込んでいるように見えたのだろう。実際には落ち込んでいたのではなく、クラスメイトの冷やかしに辟易していただけなのだが、それは言うまい。そういうふうに勘違いしてくれる分には好都合だ。


「心配してくれてありがと」

「……うん」


 俺が感謝すると彼女は顔を赤らめる。

 あまり人に感謝されることに慣れていないのか、それとも先輩の言う通り俺に気があるのか……

 どちらにせよ、そういった反応をされると俺もなんだか照れ臭い。

 しかし、今の俺は最高に気分がよく、何でも出来そうなくらいに高揚しているのだ。


 福山さんとの距離も、一気に縮められる気がして、もう少し踏み込んでも良いのではないかと、そんな思いが湧き出でてきた。


「そういえばさ、福山さんってお昼はいつもお弁当だよね?」

「えっ? ……うん、そうだけど……」

「じゃあさ、良かったら今日一緒に食べない? ――二人きりでさ」


 二人きり、というワードを強調する。

 ちょっと大胆過ぎる誘いだろうか……とも少し考えたのだが、いかんせん今の俺は調子に乗っていて、止められるものは誰もいない。


「えっ……えっ!? そそそそのッ……!」


 案の定、福山さんは驚いた様子で言葉になっていない。

 それでも俺は構わず話を続けた。


「実はさ、生徒会で屋上を使えるんだけど、今日は良い天気で温かいし、外で食べるのにはもってこいだと思うんだよね。どうかな?」


 我が校の屋上は本来立ち入り禁止で、生徒には解放されてないのだが、生徒会権限で使用することができるのだ。まあ実際は勝手に鍵を拝借して立ち入っているだけなのだが……

 先輩曰く、このくらいはセーフ、との事だ。

 なんとも無茶苦茶な話だが、教師もなんだか黙認してくれているみたいだし、先輩の徳の高さがそれを良しとしているのだろう。


「そんな、あのっ、私なんかが……その……」

「ダメかな? 福山さんとゆっくり話したいなって思ったんだけど……」

「えっと……ほんとに、私とで……良いの?」

「もちろん!」

「それじゃあ……うん…………わかった」

「ほんと!? じゃあ約束ね!」

「うん……約束……」


 とまあ、こんな感じで昼食の約束をした。

 完全に乗りと勢いに任せて押し切ってしまった感はあるが、まあいいだろう。

 これで福山さんとの距離を縮めて、俺の興味が彼女に向けば、由衣への恋心だって自然に無くなるかもしれない。

 そうすればすべてが上手くいく。上手くいくはずだ。


 


 俺の高揚した気分もそのままに、昼休みになった。

 屋上への扉の鍵は前もって拝借しており、準備は万端だ。


「福山さん。行こうか」

「う、うん」


 緊張した様子の彼女を連れ、屋上へ向かった。

 本来は立ち入り禁止の場所なので、道中の階段も生徒の姿は見られない。

 鍵を開け、扉を開くと青空が広がる。


「良い天気だね」

「……うん」


 普段は誰も来ない場所なので、ベンチなどの気の利いたものは無く殺風景だ。

 しかし、天気が良いとそんな場所でも気持ちが良い。


「今準備するから」


 地べたに座って食事をするわけにもいかないので、あらかじめ用意しておいたレジャーシートを広げる。そして小さなクッションを二つ並べた。

 これらは屋上で一息するために、先輩が用意している生徒会の備品だ。


「ささ、座って座って」

「……うん」


 福山さんはこちらの様子をチラチラと窺いながら、おずおずと座る。

 どうにも勝手が分からないようで、彼女の視線は定まらない。

 こういう時は俺が先に動くべきだろうと思い、手早く弁当に手を付けることにした。


 クッションにドカりと座り、弁当箱を開け、逸るように「いただきます」と言ってから、一つおかずを口に放り込み、白飯をかき込んだ。


「うん。上手い」

「……」


 そんな俺の様子を見て、福山さんも弁当箱を開ける。

 

「おいしそうなお弁当だね」


 彼女の弁当箱は飾り気のないシンプルなものだが、中身のおかずは色合い豊かでバランスが良い。

 食欲そそる良い弁当だ。


「……ありがとう」


 福山さんは照れるようにそう言った。


「もしかして自分で作ってるの?」

「うん。お母さん大変そうだから……少しでも手伝えれば良いなって思って」

「へえ、偉いね。俺なんか家の手伝いなんて何もしてないよ」

「た、大したことじゃないよ。 ……これくらい……」

 

 そんな会話をしつつ、少しずつ福山さんの緊張が解けてきただろうか。

 引っ込み思案の彼女をリードするのは、経験の無い俺にとって難しい事だが、なかなか良い雰囲気を作れているのではないだろうか?

 

 このまま楽しく、昼休みを終えられそうだと、そう思っていたのだが……


 誰も来ないはずの屋上の扉が開かれ、俺達二人の間に、突然の来客が現れる。


「お、やっぱり優人だ」


 生徒会長、新庄綾香がそこにいた。 

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