第50話 注目の的







 女子の黄色い声が体育館内に出し惜しみなく木霊する。


 生徒たちは皆、学校規定の体操服を着用している。コート内では、ボールをシュートしたり、追いかけたり、キャッチしたりする男子が汗を流しながら、授業に励んでいる。


 そして、その中でもひと際輝きを放っている人物がいる。先週我が校に転校してきた野水大和だ。


 本校の体育の授業では、2組のクラスが合同になる。そのため、俺が所属するクラスにはバスケ部はいない、もう片方のクラスにバスケ部に所属している生徒がいる。したがって、実力が抜きんでた人間が何人かだがいる。


 しかし、野水は彼らを子ども扱いするようにプレイし、次々とゴールにボールを放り込んでいた。レイアップシュート、ジャンプシュート、スリーポイントシュート、アシスト、多様性を持ったプレイを披露している。


 顔も整えっている上、バスケも信じられないぐらい上手ければ、女子たちが放って置くわけがない。案の定、その場に実存するほとんどの女子たちが彼の名前を叫んでいる。


 野水が、スリーポイントシュートを鮮やかに決めた。ネットが上方に激しく揺れる。敵チームは恨めしそうにゴールに吸い込まれたボールを直視している。ボールが複数回弾んでいる間に、女子の黄色い声が隆盛する。


 圧巻だ。バスケの男子たちは、肩を大きく上下に揺らしているのに対し、野水はけろっとしている。汗も微量しか出ていないように見える。


 30対10。相手には経験者が2人いるにも関わらず、この点差。野水がシンプルに強すぎる。


 ビー。タイマーが音を響かせる。ゲームが終了したようだ。プレイした人間達がまばらにコートから出ていく。彼らは疲労困憊している。


「さすがの実力だね。野水君」


 俺の横を横断しようとする彼に声を掛ける。


「お、赤森か。ありがとう。お世辞でもうれしいよ」


「相変わらず謙虚だね」


 野水君の体温が上がっているためか、彼から間接的に熱さを知覚する。新学期以来の会話。あの日は野水から俺に話しかけてきた。中学校の話である程度盛り上がったのは記憶に新しい。


「赤森はもうバスケやらないのか?」


 野水君は、真剣な眼差しでこちらを覗き込んでくる。どうやら、部活に入部した結果、俺が退部したことを知ったみたいだ。


「うん。もういいんだ。それに、俺にセンスというものはないと思うし」


 自虐を交えながら、作り笑いを浮かべる。


「そうかー。まぁ、自分の意志が大事だからな。それは仕方ない。でも、残念だな。赤森とまた一緒にバスケしたかったんだけどな」


『できないよ。たとえ、俺が部活に入っていたとしても』


 誰にも自分の声が聞かれることない世界で独り寂しく1言つぶやく。


 野水君は、「じゃあ、俺はここで」と右手を挙げると、クラスの中で最上位のカーストの男子グループと合流する。どうやら、1週間という短い期間で打ち解けたらしい。


 特定の男子から敵視されながらも、楽しそうに白い歯を露出させている。共通の話題で盛り上がっているようだ。多くの男子と女子が彼1人に多くの視線を向けていた。


 性格も良くて、顔も良い、運動も卒なくこなす。そんな誰もが注視する人物をなぜか視界から外さずに、ただ眺める自分が体育館に何分か身を置いていた。

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