第46話 香恋の家で
「敦宏!すぐに家(うち)に来てほしいんだけど。いい?」
電話に出るなり、香恋の声が、機械から吐き出される。
「う、うん。わかった。すぐ行く」
俺は、寝転がっていたソファから勢いよく起き上がると、2階の自分の部屋に行く。クローゼットから何着かの上着と1着のパンツを取り出すと、そそくさと部屋着を脱いでいく。
ネルシャツとチノパンの姿になると、足早に階段をおり、靴箱に辿り着くと、自宅を後にする。
自宅から東に50メートル直進すると、白を基調とした一軒家が見える。俺は、その家に備え付けられたドアフォンを推すと、家主の反応を待つ。
「どなたですか?」
人間の声色と機械音が融合した声がデバイスから漏洩している。若干、違いはあるが、幾度となく耳に入れたことが声色。
「敦宏です」
向こうの口調に釣られたためか、無意識的に丁寧語で返答してしまう。
「ちょっとそこで待ってて」
ピーッとドアフォンの電源が落ちる。
しばらくすると、中から床を叩く足音が接近してくる。
引き戸が前方に空け開かれると、1人の女性が内側から姿を露にさせる。
「来てくれてありがとう。入って」
香恋から滅多に聞くことないお礼を耳に入れると、障害物となっていたドアの先に身を委ねる。
靴を脱ぐと、香恋の進路をなぞるように後をついていく。
廊下に設置されたドアをくぐり抜けると、大きく開放的な空間に直面する。
そこには、50インチを超える液晶を持ったテレビや自動掃除機、観葉植物など、その他いろいろがバランスよく散乱している。ただ、部屋自体はモノで溢れているわけではなく、きれいに掃除されており、何も置かれていない床が室内の大半を占領していた。
「敦宏こっち」
香恋に手招きされる。
指示に従うと、IHのキッチンや食材が入っていると思しきレジ袋などが存在感を示していた。
「これどうしたの?」
俺はキッチン全体を首を動かして一望する。
「料理しているのよ」
香恋は、見てわからないのっていった表情をしながら、水道を使って手を洗っている。水が流れる音が軽快なメロディを奏でている。
「え、それって大丈夫なの?」
「だから、あなたを呼んだのよ」
なるほど。1回チャレンジしてダメだったんだ。それを証明するかのように、切りかけの食材や何かを検索したスマートフォンがキッチンに分散する。
余談だが、香恋の両親は仕事熱心なため、ほとんど家にいない。そのため、香恋は、家族団欒で食事をすることに縁がない。ただ、それが理由でインスタント食品や外食を頻繁にするわけではなく、普段は香恋の母親が作った料理を食べている。多分、小学生のときから変わっていなければ。
香恋は、「え~と」とぼやきながら、スマホの画面を気に掛ける。数秒程、注視すると、タンスらしきモノから小鍋を取り出す。
俺は、その間に光彩を放っている液晶を覗き込む。レシピや料理の工程が記載されたサイトにアクセスしているようだ。豚肉、たまねぎ、ジャガイモ、ナス、にんじんなどが箇条書きで表示されている。このメニューは。
付近の膨らんだレジ袋の中を勝手に漁ると、カレーのルーが入った箱やサラダ油、袋に包装されたナスやニンジン、たまねぎが内在していた。
俺は香恋の作ろうとしている料理を理解すると、蛇口を捻り、水に手を添える。洗い流される感覚がじわじわっと生まれる。
「カレーを作るんだよね」
流れ出る水を他所に、レジ袋から野菜を取り出す。
香恋は無言で首を立てに振ってくれる。
俺はそれを視認するなり、雑に開封し、ナスを1つまな板の上に載せる。そして、不規則にカットされたジャガイモを取り皿に投入すると、早速作業に取り掛かる。
ナスをパズルの1ピース程度の大きさにカットすると、にんじん、たまねぎと順に手を加えていく。たまねぎを切る際は、涙が止まらなかった。
最終的に、それぞれの取り皿にカットした野菜を盛ると、香恋の方に目を向ける。その様子から豚肉を焼いているようだ。
「おかしいわね」
香恋はフライパンを見下しながら、唇の下方を噛む。
「どうしかしたの?」
使い終わったまな板をシンクに滞在させる。
「肉が中々焼けないのよ」
煙が情報に立ち登る空間で香恋は不安を帯びた目を見せる
「ちょっと待ってね」
東に2メートル程度移動すると、肉が焼いたときに生まれる匂いによって俺の鼻腔がくすぐられる。
「確かにそのようだね」
まばらに撒かれた肉は大部分が赤身を帯びていた。その物体からは新鮮さを感じはするが、食材から発せられる生々しさは隠しきれていない。
疑問が解決しない間も、フライパンはジュウジュウっと音を反響させている。油は出ているが、その量はわずかしかない。
ちょっと待って。まさか。
「香恋、フライパンに油ひいた?」
俺は半信半疑ながら香恋にそのような言葉をかける。
「え、ひいてないけど。必要なの?」
香恋は肉から目を離し、顔をしかめる。2人の間に境界線の如く薄い煙が塊が直進する。
「必要ないこともないけど。ひかないと、中々焼けないと思うよ」
俺は内心動揺しながら、サラダ油が詰められた容器の取っ手の部分を掴む。
「そ、そうだったの。だから、全然赤身が減らなかったのね」
香恋は受け取ると、その流れで開封すると、強引に油を流し込もうとする。
「ちょ、ちょっと待って。そんな投入しなくてもいいから」
俺は急いで香恋の行動を制止させる。
これは結構時間を費やさなければならないぞ。
俺の心情など露知らず、香恋は、油が入った容器を軽くフライパンに向けて傾けていた。
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