第14話 ペア準備体操

 月日は流れ5月。俺は今学校の運動場に設置されているベンチに座っている。べンチは日よけ対策のために設置されている屋根の下にあるためベンチに座っているところは日陰になっており、日の光に直接当たることはない。


 なぜ俺が運動場に設置されているベンチに座っているのか?その理由は今日の体育の授業で50メートル走が行われるからだ。先週から体育の授業で体力テストが実施されている。


 体力テストでは、握力・上体起こし・長座体前屈・反復横とび・50メートル走・ハンドボール投げ・立ち幅とび・20メートルシャトルランの8種目の競技を行って記録をとる。


 俺のクラスは今現在、5種目の記録を測定している。測定しているのは、握力・上体起こし・長座体前屈・反復横とび・立ち幅とびの5つだ。この5つの記録の測定が終了したので今日は50メートル走の記録を測定するために俺を含めたクラスの生徒は体操服に着替えて運動場にいる。


 男女共に首回りの部分に青色のラインが入った白を基調とした半袖のトップスに膝よりやや上に伸びた紺色のハーフパンツを身に纏っている。


 対する俺は山西先輩の件で怪我した打撲がまだ完治していないため皆とは異なり制服を身に纏って日陰のベンチに座っている。まあ、実際、かなり痛みは引いてるんだけどね。山西先輩の件から1週間以上もたってるし。


「よーしお前達!2人組を作れー」


 黒のTシャツに黒のハーフパンツを着た高身長でガタイの良い、いかにも体育教師と言わんばかりの体格をした先生が生徒にそう声をかける。


 生徒達は先生の指示に従って2人組を作る。いつも行う準備体操のペア作りだろう。


 案の定、生徒達は2人組を作るとペアで行う準備体操を始める。前から思ってたけどこのペアで行う準備体操必要か?1人ですればいいじゃん!2年生になって俺はボッチだからペアが作れず先生と毎回やってたな。1人で準備体操をすることには全然抵抗はないけど先生とペアで準備体操をすることには抵抗がある。だって恥ずかしいじゃん。小学生じゃないよ俺。ここ最近は体育の授業を見学していたため先生とすることはなくなったけど。


「赤森君。準備体操するのに手伝ってもらっていいかな?」


 そんなことを考えている俺の近くに朝本さんが来ており俺にお願いをしてくる。


「なんで俺なの?」


 俺は率直な疑問を投げかける。てか、なんで見学している俺にそんなこと聞くんだろう?


「ペアを組む人がいないから赤森君に手伝ってもらおうと思って」


 朝本さんは笑顔で俺に理由を説明する。俺は理由を聞いた後に、生徒達が準備体操を行っている場所に視線を向ける。


 ・・・。確かに、みんなペアを作っている。ペアを作れていないのは朝本さんだけのように視認できる。クラスで1名欠席者が出ているからだろう。欠席者が出なければペアを作れない俺が見学しているからペアを作れない人が出ないというわけだ。


「じ、じゃあ先生とは?ペアを組む人がいないなら先生とする方法が・・」


 俺は朝本さんにそのような意見を提案する。これで朝本さんが俺とペアの準備体操をすることはなくなる。いや、年頃の男女が一緒にペア体操をするって問題だよね。俺はそう思う。


「それなんだけど、"私が赤森君と一緒にやってもいいですか?"って先生に聞いたら、"別に構わんぞ"って言われたんだー!」


 え?なに了承してるの先生。確かに、女子高生と先生がペア体操をするのは絵的に問題がないわけではない。


 だけど・・、だけど、同級生の男女同士が一緒にペア体操をすることの方がもっと問題でしょ!俺、身長は低いけど男子高校生だからね!後、先生、俺見学してますから。一応。


「・・わかった・・。俺ができる範囲なら」


 俺は朝本さんの願いを了承する。なんで今日に限って休むんだよ欠席者。てか、朝本さんみたいな人気者がペアを作れず余るなんて普通ありえないんだけどなー。陽キャ中の陽キャだよ?


「ありがとう赤森君!助かるよー」


 朝本さんは嬉しそうに俺に微笑む。なんで嬉しそうなんだろう?俺なんかと一緒にするだけなのに。


「まずはね・・」


 俺は朝本さんの指示する通りに肩を並べて横並びに立ち、肩幅くらい足を開いて俺からしたら内側にある左手を普通に朝本さんの手と繋ぎ、外側にある左手を頭の上で繋ぐ。


「それで、私の手を引っ張って」


 俺は言われた通りに朝本さんの掴んだ両手を俺の元に引きずり込むように引っ張る。もちろん、引きずり込むことはない。そのために力を弱めている。


「んっ・。そんな感じ」


 朝本さんも俺に抵抗するように掴んでいる俺の両手を引っ張ってくる。それにより俺の肩から腰にかけての部分が伸びてる感覚が俺の体に伝わってくる。あー。延ばされてる感覚。


 このペアストレッチを30秒ほどやった。


「んっと、次はー」


 朝本さんは俺に次のペア体操をするためのやり方を教えてくれる。なんで朝本さんは楽しそうなんだろう。わからない。ストレッチをペアでやってるだけだよ。楽しさなんてないはず。多分。


 次も、朝本さんの指示する通りにする。俺は指示通りに肘の反対側にある浅い窪みの部分を肘窩というのだが、その肘窩を朝本さんの肘窩と接する形で両腕を組む。体勢はお互いに背中越しになるような形だ。


「赤森君が前に倒れるように背中を曲げてくれないかな?」


 ストレッチする体勢が整ったことを確認した朝本さんが俺にそう行動を促す。


「こうかな・・?」


 俺は確認のため朝本さんにそう聞く。何度もこのペアストレッチはしたことがあるのでやり方はあってるはず。念のためだ。ああ、もちろんしたことがあるといっても男子とだけだからね。女子としたことなんて今までの人生で1回もないからね!ここ重要!!


「んんっ・・。そう。あってるよ」


 朝本さんは俺の質問にストレッチされた状態で返答してくれる。俺が倒れこむように前屈みになったことで朝本さんの背中や腰は伸ばされる。朝本さんは今俺の背中の上に乗った状態だ。


 それにしても、んんって。なんでそんな声出すの?なんかエロい。


 このストレッチは20秒ほどで終わりを迎えた。この20秒ほどで怪我を負った肩や肩甲骨の辺りに負担はかかったがなぜか痛みは生じなかった。興奮してアドレナリンでも出たのかな。


 周りからの視線、特に男子からの視線は厳しいけどそこはできるだけ気にしないようにしよう。気にしてたら俺のメンタルがもたない。


 この後、2、3個追加する形で何個かなのペアストレッチをするのだった。


     ・・・


「6秒6」


「7秒2な」


「・・はいはい・・、了解です」


 俺は言われたタイムを聞き取りクラスの生徒の名前が書かれたタイム記録用紙にボールペンを使って記入する。


 俺は朝本さんとのストレッチを終えた後に、授業を見学しているがためにクラスメイトの50メートル走のタイムの記録係を先生に任されたのだ。まあ、暇な時間を過ごす見学者がこのような空いた仕事をやらされることは当然だ。


 余談だが、俺は握力と長座体前屈の2種目は記録を測定している。理由は簡単だ。体にあまり負担がかからず怪我をしていても測定可能な種目だからだ。


 記録は握力が右24kg、左21kg。長座体前屈が36センチだ。ちなみに高校2年生の全国平均は握力が40kg弱、長座体前屈が50弱だ。悲惨だ・・。しょうがないじゃん。俺、力は壊滅的にない上体も超がつくほど固いし。俺はバスケ部だったけどバスケしてたら自然に握力は高くなるって言うのは絶対にウソだと思う。実際に俺は全くといっていいほど高くならなかったし。


 いつも教室でぼっちな俺にも記録係ということでみんな記録を伝えるだけなんだがみんなが俺に言葉を投げかける。朝本さん以外のクラスメイトが俺に話しかけたのはこれが初めてだと思う。


 俺は記録用紙にタイム数を記入し終わるとグラウンドの方に視線を向ける。視線を向けた先には朝本さんが次に走るスタンバイしていた。さっき俺に記録を伝えにきた男子で1回目の記録測定が終わったのだろう。次は、女子の番のようだ。


 男女共に出席番号順に2人ずつ走って記録を測定するため女子の中では出席番号が1番早い朝本さんが最初のグループで走るのだろう。


ピピー。


 ゴール付近で立っている先生が手を上に高々と挙げながらホイッスルを吹き"記録測定可能"の合図をする。


「位置についてーよ~い」


 細長い棒が付いた横断旗のような手旗を手に持った男子生徒が手旗を上から下に降ろして焦らすようにタメを作る。


「ドーン!」


 男子生徒の掛け声とともにスタート地点で走る準備の体勢を取っていた朝本さんともう1人の女子生徒が同時にスタートをする。スタートはほぼ同時だ。最初は並んでいたが、スタートして10メートルほどで朝本さんがやや抜け出しそのリードをたもったままゴール地点まで駆け抜けた。


 ゴールした朝本さんともう1人の女子生徒はストップウォッチで測ったタイムを先生によって伝えられている。


 先生からタイムを聞き終わっただろう朝本さんはベンチに座っている俺の元に駆け足で寄って来る。


「赤森君!私のタイムは8秒3ね!」


 朝本さんは俺にタイムを伝える。


「うん。わかった」


 俺は返事すると用紙にある朝本さんの枠にタイムを記録する。結構速いな。


「でね」


「ん?」


 俺は用紙に記入し終わると声に反応して朝本さんに視線を向ける。視線を向けると朝本さんは意味深の表情をしていた。


「今日出たタイムなんだけど今までで1番いいタイムだったんだー」


「そうなんだね。すごいよ!」


 俺は自己ベストだったという報告を受け感嘆して朝本さんを褒める。


「ありがとう!嬉しい。でも、自己ベストが出たのはストレッチに付き合ってくれた赤森君のおかげだから。赤森君じゃなかったらダメだったから」


 朝本さんは俺の目を覗き込むように見つめてくると、もう1度「ありがとう」と感謝の言葉を言ってくる。


 俺は朝本さんから目を逸らしてしまう。俺はドキッとしてしたのだ。俺の目を覗き込むように見つめてきたのはもちろんのことまぶしすぎる笑顔に"赤森君のおかげ"という言葉

に特にドキッととしてしまった。朝本さんみたいな人にこのようね言葉を言われればドキッとしない男はいないのではないかと思ってしまうほどだ。


 俺にお礼を言った朝本さんは「じゃあまた!」と言い残して上機嫌な様子で生徒達が密集している場所に駆け足で走って行った。


 その後、記録の測定が終了した生徒達から次々と記録結果を伝えられてそれらを記入したのだが、その間も朝本さんの笑顔と言葉が頭から離れず、最終的に授業が終了してストップウォッチや手旗などの用具を片付けるときにもそれは続いていた。

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