おとぎの国の金魚姫

紗雪ロカ@「失格聖女」コミカライズ連載中

1章/悪い子のための童話集

第1話 立てば芍薬座れば牡丹、刀を握ればメスゴリラ

 おや、いらっしゃい。


 どんな本をお探しだい?



 竜退治の英雄譚?


 お姫様を射止めるラブロマンス?


 はたまた滑稽な愚者の笑い話?



 うん? 余計なお世話じゃと?


 ふぅむ、ならば自由に自分で探しておいで


 なんせこの店の本棚には、ありとあらゆる物語りが詰まっているからのう


 お前さんが生まれた時から今に到るまでの話だって、探せばあるじゃろうて



 ほほう、その本を手にとるか。


 おお分かった分かった、口うるさいババは大人しく店番に戻るとするかの



 ふぇっふぇっふぇ ごゆっくり


+++


 ここはとある海の底。ふかいふかい水の下には魚たちの王さまが暮らす宮殿がありました。


 泡がキラキラと光り、揺らめく水の間を魚たちが楽しそうに流れていきます。


 そこは海に住む者すべての楽園でした


「っんのクソオヤジぃ――っ!!」


 ある日、宮殿をも揺らす勢いの怒鳴り声が広間に響きました。王さまはのほほんと声の方向を見ます。


 そこにはキラキラと光る金色の髪に、鮮やかな青い目を持つ、とても愛らしい少女が泳いでいました。


 真っ赤な着物の裾からスラリとした魚の尾びれを覗かせ、透き通るような白い頬には少しだけ赤みが差しています。


 そんな見る者すべてをとりこにしそうな彼女こそが、この海の底のお姫さまでした。


「おぉワシの可愛い姫よ。どうしたのだ? そのように声を荒げて」

「あー、よくも白々しくそんなお言葉が吐けますわねオトーサマ?」


 その白くほっそりとした指をボッキボキと鳴らしながら姫は王に詰め寄ります。


 王座の周りに控えていた家来たちが一歩ずつ後ろに下がったのには、とある事情がありました。


「そんなことより今宵のパーチーの支度は済んだのかえ?」

「それが原因だコラぁぁあ!!」


 姫は握ったら折れてしまいそうな細い腕に青筋を浮かせ、少々肥満気味の王のえりもとを掴み持ち上げました。姫は見た目とは裏腹にとんでもないほどの武闘派だったのです。


 機嫌が悪いままの姫は、バッと王様の襟を離すと凛とした表情でこう宣言しました。


「なぁにが『パーチーの支度』だよ。絶・対・に! 出ないからな! 言ってるだろ、私は結婚なんかしない!」


 そこまで姫が拒む理由はパーティーが婚約者さがしも兼ねていたからでした。姫は結婚よりもまだまだ遊びたい年ごろなのでしょう。


 ですが啖呵をきった姫の威勢もむなしく、王様はのほほんとこう答えたのでした。


「ならーん、出なきゃお父さん怒るぞ~」

「その首かっ捌いて渦潮の中に流し込んでやらアア!」


 その態度に頭の血管が切れる音を聞いた姫は、愛用の刀を腰から抜刀し王の喉元に突きつけようとします。が


 キィンッ


「くっ……」

「まだまだ甘~い」


 意外にもすばやい動きで王様はそれを弾いてしまいます。


 今でこそ王座にどっしりと構えている王様ですが、そりゃあ若い頃は敵をちぎっては投げちぎっては投げ……とまぁ、素晴らしい海の戦士だったのです。日々鍛えている姫といえども、年の功には勝てないようでした。


「さぁパーチーを始めるぞい!」

「あっ、コラ」


 勝ったと言わんばかりの王様は、お付きの者たちへの指示を出し始めます。


 見る間に広間はキラキラ光る飾り付けがされてこれ以上ないと言うほど輝き始めました。


「宴じゃ~各国の王子を呼べぃ」

「っ、冗談じゃねぇー!」


 人々は愛情を込めて姫の名をこう呼びます。


 金魚姫。と


 ***


「それで、私の元に逃げてきたってわけ?」

「悪ィ かくまってくれ悪女」

「魔女だっつってんでしょウオ」

「金魚だ」


 お城の華やかなパーティーから逃げてきた姫は暗くジメジメとした岩場のどうくつへと泳いできました。


 そこは「あの」人魚姫に足を変える薬を与えた魔女が住んでいました。


「だああ! なにが結婚だよあのオヤジが、肥満でデブデブのくせに生意気だっ」

「落ち着きなさいな。せっかく来たんだからお茶でも飲んでく?」

「おう、悪いな」

「茶葉はそこの棚よ」

「おい、客に煎れさせるのか」


 とは言え押し掛けてきたのは自分の方なので、姫は渋々お茶を煎れ始めました。


 コポコポと暖かい音と共に、白いカップに紅いお茶がそそがれていきます。


「魔女ぉ、入ったぞ~」

「あらありがと。先に飲んでても良いわよ、いま手が離せないの。お菓子は適当に戸棚から出してちょうだい」

「んー」


 戸棚どころか冷蔵庫を漁りだす姫をよそに、魔女はふと今日の研究のテーマを思いつきました。


 こういう時にお茶を入れてくれる執事でも居れば便利でしょう。猫なりカエルなりを捕まえてきて、人に変身させて召使いにでもすれば良いのです。


 ところがめんどくさがりやの魔女のこと。一から魔法の薬を作るのが億劫で仕方ありません。


(そういえば、人魚姫に渡した『人間になる薬』の残りがあったかしら? あれを再利用したら少しは手間が省けるわね)


 そこでキッチンの方に視線をやるのですが


「あら?」


 薬を入れたはずのビンは有りませんでした。


 代わりに置いてあったのはわざわざ地上の人間界から取り寄せた天然水『山の恵み』


 金魚姫にはこれを使いお茶を煎れるように指示したはずですが……


「! 金魚っ 待ちなさい!」

「ん?」


 ハッと気がついた魔女の制止もむなしく、金魚姫は最初の一口目をゴクリと飲み込んだ所でした。


 ボンッ


「――ッ!」


 途端にあたりにはミルクのように白いケムリがたちこめました。金魚姫は爆発してしまったのでしょうか?


「ゲッホ! うへぇ、なんなんだよっ」


 いいえ、彼女のしなやかな体が文字通りおさしみのように細切れになることは有りませんでした。しかし


「……金魚」

「あぁ?」


 魔女が見つめる先、つまり自分の尾びれに眼をやった姫はピシッと固まり、絶叫しました。


「ぎゃあああああ!?」


 彼女のキラキラ光る美しい尾は、スラリと伸びた2本の人間の足へと変化していたのです!


 我に返った姫は、まっさきにこんな事を嘆きました。


「どーしてくれんだっ! こんな足じゃ『奈落のサバイバル 7つの海を巡る遠洋レース』に出れないぞ!」

「アナタそんな物に出てたの?」


 姫は連続8回優勝記録保持者でした。残念ながらその記録はここで途絶えるようですが話の主旨では無いので姫の武勇伝はまた別の機会にお話することにしましょう。


「なんとかしろぉぉ~」

「落ち着きなさいな、アナタにとっては逆にチャンスでなくて?」

「え?」


 魔女の肩を揺さぶっていた姫はピタリと動きを止め「どういうことだ?」と眼だけで問いかけます。


「結婚を迫られているのでしょう? 地上は良い逃げ場所にならないかしら」


 しばらく固まっていた姫の表情はパッと華を咲かせたように明るくなりました。


「そっか……そうだよな!」

「飽きたら元に戻る薬を作っておくから戻ってらっしゃい」


 地上に行く。そう考えただけで冒険心の強い姫の心は踊りました。しかしそこに非情な言葉がかかります。


「もちろんお代は地上の珍しいお宝よ?」

「……なぬ?」


 魔女はカラカラと笑いながらお茶のカップを置きました。その眼には実に楽しそうな色が浮かんでいます。


「人間になる薬は、まぁこっちのミスだったしタダで良いわ。でも人魚に戻る薬の代金はキッチリ払って貰うから」

「金取るのかよ!」

「あたりまえでしょ、こっちだって慈善事業でやってるんじゃ無いんだから。世の中ギヴあんどテイク、よ」


 ただ口をパクパクさせる姫は、我に返り抜刀しました。


「ふざけるな! 当事者なら事故の責任くらい取れ――」

「いってらっしゃーいっ」


 バンッ


「どぉわ――!?」


 魔法のステッキをひとふり! 見た目のファンシーさとはうらはらに、破壊的な威力を持つ爆破が姫を地上へと吹き飛ばしていきました。


 遠くお空の彼方へ吹き飛んでいく姫を見送った魔女は、紅茶をすすりながらぼやきます。


「人魚姫は声を引き換えにしたのにねぇ……あのコは安く上がっただけでも儲け物じゃない」


 その時、波のさざめく音を聞いていた魔女は、ピクリと動きを止め何かを考えるような仕草を見せます。


「……」


 彼女は波間に何を聞いたのでしょう。少しだけ緊張の色を浮かべ、宙を見上げるのでした。


「おとぎ話の反乱者――偶然では無かったのね」

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