俺(モブ)は目立たない様に無双する!

士郎

第1話 俺(モブ)は目立たない様に無双する! 前編

◇ another side ◇


鬱蒼とした森の中を貫く一本の街道。陽はまだ頭上にあるにも拘らず、左右に見える木々の奥は昼間でも薄暗く、一見すると魔物でも出てきそうな雰囲気満点である。

その道を、まるで自分の家に帰るかの如く周りを警戒もせず、黙々と歩く男がいた。


その男の身なりだが、黒髪黒眼に中肉中背、顏も決して悪くは無いが突出して良い所もない。種族は人族ヒューマンである。


それに、冒険者の装備と言われる様な鉄製の盾や鎧を身に着けている訳でもなく、平民が着るような白っぽい麻の粗末なシャツに、下は緑色の綿のズボンを穿いており、靴はサンダルに近い様な皮の靴。申し訳程度に、胸に年季の入ったハードレザーの胸当て。そして、肩にはリュックを背負っている。


唯一目立つのは、左の腰に緩やかに反りがある珍しい剣をベルトに差してはいるが、決して冒険者と呼べるような身なりではない。


その男の名は、アンヴィスと言う。職業は冒険者、職種は剣士。彼は平民の出自であり、歳は二一歳になったばかりである。なぜ、そんな平民がこんな薄気味悪い所を歩いているかというと…


「……ふむ、やっかいな依頼受けてしまったな」


そういうと、アンヴィスはまた軽くため息を吐く。

先程、彼の事を冒険者と呼べる身なりではない、と言ったが、こう見えてれっきとした冒険者なのである。

彼は、この森の近くにある王都『アレキサンドリア』にある冒険者ギルドに所属しており、冒険者ランクもA-と意外と高位の冒険者なのである。見た目はどうみてみ駆け出しとしか見えないが…


因みにこの冒険者ランクとは、下からE、D、C、B-、B、B+、A-、A、A+、Sと細かく10段階のランク分けがされており、勿論、上に行くほどに単純に強い冒険者と言われる。

ルーキーと呼ばれるのはE、新米冒険者はD~C、中位冒険者がBー~A-、上位冒険者はA~Sランクと言われる。

また、冒険者は個々にギルドカードを交付され、そこに名前と所属ギルド、ランクなどの情報が書き込まれており、ランクが上がるとその都度、新しいカードが交付される。


そのアンヴィスが、なぜ今こんな道を歩いているかというと、それは二日前の事…



―――――――――――――――



「もぅ!!、アンヴィスさんったら!!!」


「れ、レミリア、何もそんなに怒らなくても…」


「私、怒ってなんかいません!」


「いや、どう見ても怒ってるようにしかみえないが…」


今、アンヴィスは王都にある冒険者ギルド内の受付に来ている。そこで、ここの受付嬢のレミリアと一悶着中である。

彼女レミリアはこのギルドの受付嬢であり、アンヴィスの専属職員という立場だ。

本来、Aランク以上の上位冒険者にはギルド職員が専属として付くのだが、彼女の場合は特例としてまだ中位であるにも拘らず、アンヴィスと専属契約を結んでいる。


レミリアは、綺麗な金髪をショートにしており、小柄だが出るとこは出ており非常に女性的な体形だ。歳はもう直ぐ十八歳で、種族は人族ヒューマンだ。彼女は、ギルド職員の制服が良く似合っており非常に可愛い。冒険者の間では、ひそかに人気を集めているらしい。


「注意をしてるんです!アドバイスしてるんです!!。今度の依頼はかなり危険と思われるので、その私服みたいな装備では危ないから、ちゃんとした装備をして欲しいって言ってるんです!。私は、アンヴィスさんに怪我して欲しくないんです!!」


「あ、ありがとう…。しかし気持ちは嬉しいが、俺はコレでずっとやってきたんで、今更、鎧を着たところで逆に動きずらくなる気もするが…」


「で、でも!見てる方がヒヤヒヤしちゃうんです!。今度の依頼は、ランクアップの試験も兼ねているんです!。Aランクですよ?Aランク!。上位冒険者の仲間入りするのに、その恰好だと他の人達に示しがつかないというか……アンヴィスさんにはカッコ良い姿でいてもらいたいというか…ゴニョゴニョ」


「ん?、いやカッコ良い姿って言われても…」


「き、聞こえてたんですか!?。そ、そう言うのって普通は聞こえても聞こえないフリをするんですよ!」


「ん?、しかしそんな事言っても聞こえてたし…というか、例えカッコ良くしたとしても、俺は平民だぞ。誰も望んでないだろ、ダレ得?って話だしな」


「そ、そんなの私が嬉しいに決まってるじゃ・・・…ゴニョゴニョ」


「ん?、何だって?(ちゃんと聞こえるんだが…)」


「な、何でもありません!!!。分かりました…、今回の依頼はその恰好でも仕方ありません。多分、アンヴィスさんなら大丈夫だと思いますから。でも、ランクアップした際には、その服装…というか、装備の方はお・ね・が・い・し・ま・す・ね!!」


「あ、ああ、前向きに善処する」


「本来なら、Aランクになっていてもおかしくないんですが、その…平民という身分の為か、ランクアップしずらい様なので・・・」


「分かっているさ、そんな事。今更、気にする必要ない。それに俺は、今のままでも十分満足してるんだ」


レミリアは、アンヴィスのその言葉を聞くとシュンとして、下を向いてしまった。多分、申し訳無さからなのだろう。しかし、そんな彼女をアンヴィスは優しい目で見つめている。彼は、彼女の頭をポンポンと軽く撫でる。


「……うぅ~、私は子供じゃないんですから、こんな事じゃ喜びませんからね!」


そういう彼女の顔には、赤みが差している。きっと嬉しいのだろう。その証拠に撫でてるアンヴィスの手を払いのけないだから。


「その汚い手で、レミリア嬢に触れるんじゃない!!」


突然、ギルド内に響き渡った怒声に、室内は突如として静寂が訪れた。

その時アンヴィスはと言えば、しまったと言うような顔をして慌てて、レミリアの頭から手を放す。


その声の主は、ギルドの入り口に立っており、アンヴィスと目が合うとツカツカと歩み寄ってきた。その者は端正な顔立ちをしており、男というのにサラサラの金髪を肩口まで伸ばし、白を基調にしたおそらくミスリル製の鎧に身を包み、いかにも貴族と思われる威厳を纏っている。


そして、その男の後ろには一見、魔法使いと神官の様な美しい女二人と、いかにも従者という様なローブを着た背の低い男が付いてくる。


魔法使いと思える女性は、金髪で肩より少し長く白い肌が美しく映える。そして黒のローブに、胸を強調させる水着のような衣装は、魅惑的であり挑発的である。持っている杖は、魔法使いがよく手にしているような、赤い宝石が嵌め込まれた大き目の杖である。


神官と思われる女性は、黒髪で少し短めであり見た目は東方のエキゾチックな感じだ。

こちらは、逆にいかにもという清楚な白の神官衣装を身に纏っている。こちらの杖は、少し短め目であるが、衣装に良く似合っている。


そして、二人とも美しい容姿なのだが、その目はこっちを見ている様で見ていない様な、空ろな目をしている。


そして、もう一人の男は焦げ茶色のローブを羽織り、背は低く顔は良く分からない。しかし、ローブから覗く目はイヤらしく、俺達を見ている。


「おい、そこの平民。何度言ったら分かる!?。気安く彼女に触れるな!嫌がってるではないか!。彼女の髪が汚れたらどうするのだ!」


「いや、す、すみま…せん」


「あ、あの、ラルフォード様…、私は全然気にしておりませんし、嫌がってる訳でもありませんので…」


アンヴィスはラルフォードという貴族に頭を下げて謝りだし、レミリアはアンヴィスを庇うように話しかける。

しかし、ラルフォードはそんなアンヴィスに更に、追い打ちをかける様な物言いをしだす。


「ふん!、平民風情がレミリア嬢と話す事さえ不遜であるのに、彼女の美しい頭に手を置くとは…。正に厚顔無恥とはこの事だな!。そんなんだから、未だに誰ともパーティを組めないのだよ!」


アンヴィスは頭を下げたままだ。彼が今どんな表情をしているか想像出来ないが、そんな彼を見てレミリアは、彼を擁護をする。


「私は、アンヴィス様の専属職員であります。ですので、話す事自体は何の問題もありません。というより、貴族様であろうと平民であろうと、ギルド内では一切の差別化はしておりません。

唯一あるのは、その者の強さ…ランクによる上下関係だけです。それに、アンヴィス様はソロでも十分な強さをお持ちです」


レミリアは貴族…ラルフォードに対しても、怯む事無く毅然とした態度で反論する。それを聞いて、アンヴィスは少し目を大きく開いて彼女を見ている。

そんな反論を予期していなかったのか、ラルフォードは少し挙動不審になりながらも、更にその反論に反論で返す。


「そもそも、その名も知らぬ平民が本当にA-であるかも怪しいもんだ」


「あの、私の名はアンヴィスと言いま…」


「貴様の名前など聞いてない!!!。貴様がどんな手を使ってA-にまで来れたか知らんが、この私より上という事がありえんのだ!。なんだ、その汚い格好は!冒険者の風上にも置けん!」


彼のあまりの剣幕に、ギルド内にいる者全員が事の成り行きを見守っていた。口さがない者など、この後決闘になるかならないかで賭け事を始める始末。

そういう雰囲気を感じ取ったレミリアは、慌てて…


「あの、ギルド内での喧嘩、揉め事はご法度なのはご存知ですよね?」


「勿論、それは私も心得ている。私も貴族として礼節は守るつもりだ。」


「それでは今日は、当方共ギルドにご用件でもおありでしょうか?」


「いや、ふと覗いてみると貴女レミリアとこの男が見えてな。だが今回はこれで引きますが、これからもこのアンヴィスが貴女に失礼な態度を取るようなら、その時は私が貴女を守りますので、安心しなさい。それでは、失礼」


そういうと、ラルフォードは女二人と男一人を連れて、来た時同じように颯爽と出口に向かう。そして、ギルドから出る間際、トールの方をキッと一睨みして出て行った。そして男の方は、焦げ茶色のローブから少しだけ顔を覗かせ、口角を上げてニヤリとこちらを見て、主人の後を付いて行く。


「相変わらず、良く分からない方だわ~ラルフォード様って…」


そういうレミリアは、本当に疲れた様に顔をして溜息をついた。

アンヴィスの方も、既に怒りは収まったのか、いつも通りの飄々とした顔でレミリアに話しかける。


「俺のせいで迷惑かけて、すまんな。次からは気を付けるよ」


「もぅ~、アンヴィスさんのせいじゃないですから!。あの方は、自分のランクがまだBだからって、嫉妬してるんですよ!。全く、あの方にも困ってるんですよ~…女とみれば、すぐ手を出したがるんです。にも手を出そうとしてますからね…。

ただ、あの方はエヴァール子爵家の次男ですので、大っぴらに批判できなくて…でも、気を付けて下さいね。あの人の取り巻きには、良い噂を聞きません。いやがらせ等があるかもしれませんから。」


「ハハ・・・忠告、ありがとう。肝に銘じておくよ」


「はい、そうして下さい。あ!、それよりも依頼の続きです!。早く手続きしちゃいましょう!」


そういうと、受付に戻り依頼の手続きを始めだす。廻りの見物人達も何だかんだ言いながら、三々五々帰って行った。

アンヴィスは受付の前で、彼女が手続きが終わるのを待っている。


今回の依頼は、この王都に隣接している『賢者の森』と呼ばれる比較的安全な森を貫く街道に、最近魔物の調査及び討伐である。最近、この街道で魔物の目撃情報が増えているのだ。


しかも、その目撃情報の中にはA級クラスの人食い鬼オーガなんてのもあるという。流石にオーガ相手ではD~Cランク辺りではキツく参集範囲はBランク以上、そこで一応A-ランクであるアンヴィス白羽の矢が立ったのだ。


…という事は、ソロ冒険者のアンヴィスだけでは荷が重いので、他のBランク以上のパーティにも同様に依頼が出ているのだ。

この案件は、ギルドマスター絡みなのだろう。


そして、ラルフォードがいるパーティにも当然依頼が入っているのだが、まだアンヴィスはそれを知らない。




◇ アンヴィス side ◇


「はぁ、しかし今日はエライ目に合ったな…。何かにつけて、俺に言いがかりつけてくるな、あの人。まあ仕方ないか、貴族と平民では…。

暫く、レミリアと話するのは控えて別の職員にお願いするかって、そんな訳にもいかないよな。彼女とは専属契約だし…ふむ、少し面倒くさいな。ま、今はそんな事より次の依頼の準備でも始めるか」


そう思い立つと、俺は早速知り合いの鍛冶屋に向かうことにした。そこには、俺の馴染みの元冒険者で鍛冶師のおやっさんがいる。この人の見た目は、典型的なドワーフだけど、人情味がある俺の大好きな人の一人だ。


それで、俺は依頼の前や後には必ず、ここに来て自分の剣の手入れをして貰う。俺が使っているのは、東方の地で作られたというかたなと呼ばれるもので、王都ではかなり珍しい片刃片反りの剣なのだ。

しかも、刀身は1メートル余りの緋色に輝く素材ヒヒイロカネで出来ている。この素材も、東方の地でしか産出しない物らしい。


一般的な両刃でゴツい剣だと斬るというより押し潰すような感じであるが、刀は刃厚が薄い為に強度は劣るが、切れ味に関しては比べるべくもない。

その分、取り扱いが難しいので使用する者も殆どおらず、流通量も極めて少ないらしい。

ただ、俺にはこの刀と非常に相性が合っているのか、今まで大きな破損もなくここまで愛用してきている。


俺は、おやっさんに再研磨と不壊の薬品処理コーティングをお願いして、他の必需品を購入しに街中に戻る。

といっても、泊まりで行く程のものでは無いので、携行食に水袋、傷薬に薬草などで十分間に合いそうだし、その分出費も少なくて済むしね。


「鎧か…、俺もに使う以外に余裕がでれば、良いの欲しいんだが。まぁ、今はコレで何とかなってるし、もう少し我慢とするか」


そう言って俺は、自分のハードレザーの胸当てを見るが、何と言うか…大分くたびれているな。

まぁ、今はそんな事は置いておいて、二日後の出立に向けて準備の続きを始めるか。




そして出立当日、俺は携行品を入れたリュックを背負い、『賢者の森』に向けて王都の門衛に外出する旨を伝え、ギルドカードを見せ許可が下りた為、急ぎ森に向かう。




俺が王都を出て一時間ほど経つが周囲には、名も知らぬような木々が生い茂る鬱蒼とした森が続いている。

まだ、これといった魔物や魔獣は出てきていないが、森の中からは嫌でも視線を感じる。確実に何者かがこちらを警戒しているようだ、それも複数。


ただ、その気配の殆どは小さいなので、今すぐ気にするようなモノではない。しかし、それでも気を抜くことは出来ない。


「……ふむ、やっかいな依頼受けてしまったな」


そう溜息をつくが、それに反して顔には困ったような表情は出ない。元々、顔に表情を出すのが少なかったので、今でもそれが癖になってしまっている。

俺は歩調を僅かに速め、目撃情報が多発している地点に向かう。



辿り着いたそこは、この街道にある中継地点的な場所で、街道を挟んで半円状に広場が出来ており、休息を取ったり夜になると野営が出来たりと、この街道を使う者達にとっては無くてはならない休息の場所である。

勿論、この場所の周りには動物や魔獣たちが入れない様に、木の塀で囲んである。


しかし最近になって、木の塀の向こうから明らかに動物とは違う鳴き声や気配がするというのだ。何人かは、普段はこの辺にいない魔物を見たという証言もあり、これでは安心してこの街道を使えないと、王都と街道の先のモンベールの街が話し合い、ギルドに調査の依頼をしたという話だった。


「さてと…、早速調査を始めるか。少しでも痕跡を見つけられるといいんだが」


俺は、塀の外…賢者の森の中には入り、探索を始めた。

中継地点を起点にかなり奥まで見回ってみたが、不思議な事にこれといった手掛かりは見つからなかった。

会うのは小動物や、小型のウサギの魔獣程度であり、大型の魔族などは足跡さえ見つけることが出来なかった。


「何故だ?、オーガぐらいなら足跡や木の幹に爪痕ぐらいあるはずだが。それとも、情報がガセネタだったのか?。…いや、王都のギルド職員が聞き取りをしているんだ、彼らのによって嘘であれば見抜かれるはずだ。本当にこの場所なのか?」


この看破スキルというのは、一部のギルド職員が所持している特殊スキルであり、依頼内容に嘘偽りが無いかを判別するスキルである。


スキルというのはとも呼ばれ、人族でも亜人族でも大体13歳~16歳には身に付けるものであり(稀に貰えない者もいるが)、勿論俺もスキルを所持している。それも、かなりレアらしい…。


しかし、この森に入ってから誰かに、遠くから見られている様が気がしてならない。てっきり、魔獣辺りが此方を見つめてるのかと思ったが、そういう嫌な視線ではない。


(気のせいか…?)




それから1時間ほど調査をしてみたが、やはり見つからない。そろそろ時間も押してきて焦りから走り始めた頃、


「っっ!!!!」


いきなり、右前方に強烈な怖気を感じて、サッと顔を向ける。

慌てて俺は、気配を小さく抑えてその気配の主に歩み寄る。かなり近くまで接近し草木の隙間から覗くと、ようやく気配の主を拝むことが出来た。どうやら、そいつは何かを喰っている所の様だ。

クッチャクッチャと胸糞悪い咀嚼音が、嫌でも聞こえてくる。

そいつは……オーガではなく、単眼巨人サイクロプスであった。


(なんだ、あれはサイクロプスか?。こいつは確か、超A級クラスのモンスターだろ?。しかも、コイツ人間を…じゃないな。小鬼ゴブリン…を喰ってやがる)


サイクロプスはしゃがんで、であろう物体を、ひたすら喰っているだけでこちらには気付いていない。

っていうか、オーガとサイクロプスは普通、見間違えないはずだが?と思ったが、見たことも無い魔物じゃ、判断出来ないかもしれないな…。


そもそも、人食い鬼オーガは人に似た姿であるが唯一、額から角と口から牙が生えているのが特徴である。体格は人に近いが、大の大人より一回り大きく筋骨隆々であり、攻撃力は物凄いの一言に尽きる。


そして単眼巨人サイクロプスだが、キュプロクスとも呼ばれており最大の特徴は何と言っても、顔のど真ん中にある一つ目である。目と言っても人の様な横長ではなく、真ん丸な目を持っている。体格もオーガより一回り大きく、体表は薄緑色でありオーガの筋骨隆々というよりは、石巨人ストーンゴーレムの様な見た目だ。


(しかし…、サイクロプスを見たのも初めてだが、魔物を喰うというのは…)


そうなのだ、普通に考えれば人や魔物を喰うのはオーガの方である。サイクロプスが喰うなどは聞いたことが無い。しかし、今見ているサイクロプスは確かに魔物を喰っている。


(さて、このまま見てても埒が明かないし、一息にってしまうか)


背負っていたリュックを降ろし、俺は腰の刀に手を伸ばし、左手で鯉口を切ると態勢を低くし…一足飛びにヤツに

迫り、居合切りの様に刀を真一文字に振りぬいた。

しかし、ヤツはとっさに振り向き腕で防御したため、斬ったのは腕一本だった。


「グオォォォォォォォォォーーーー!」


ヤツの切り落とされた右腕からは、緑色した液体が噴き出した。そして、咆哮を上げながらこちらに迫ってきた。しかし、図体がデカい割に動きは俊敏で、俺は右に左にとステップを変えて相手の動きを翻弄しつつ、奴の右をすり抜けた直後、今度は両手持ちにして背中を袈裟切りにしてやった。


脊柱も切断してやったからこれで終わった…と思ったんだが、ヤツはこちらを振り向き、まだノロノロと歩いてくる。そして、左腕を大きく振り上げて拳を振り下ろしてきた。

俺はバックステップで躱したが、地面にはちょっとした穴が穿かれている。


「おいおい、まだ動けるのか…?ホント恐ろしいな」


「ギィ…ギギャ……オォォォォォ」


サイクロプスの口からは冒険者の赤い血と、自分の血なのだろう緑色した泡を吹きだしながら、再びこちらの迫ってきた。

正直、恐怖感に襲われたが、だからといって体が動かなくなることは無い。


すぐさま態勢を整え、ヤツの右横を通り過ぎる時に横腹を切り裂いた。

それがトドメになったようで、サイクロプスは腹から臓物を出しながら、漸く事切れて前のめりに倒れ伏した。


「ふぅぅ、しぶとかったな」


独り言のように呟き、暫しサイクロプスの死体を見下ろしていた。初めて討伐したが、図体のわりに俊敏で、斬っても斬っても命尽きるまで襲ってくるのだから、厄介なモンスターだ。


それから、俺はサイクロプスの頭を切り取り血抜きをし、専用の防水袋に入れてから仕舞い込む。討伐証明としての部位採取だ。

冒険者になったその時から、いつどこで自分が死んでもおかしくないぐらいの覚悟は持ってる。だが…こんな死に方は嫌だな。


さて、では報告に戻るか…と思い、俺はリュックを背負い歩き出したその時…


「キシャーーーーーー!!」


と、甲高い叫び声の様なものが後ろから聞こえ、とっさに前のめりに転がった瞬間、頭の上あたりを何かが『ブォン!』と通り過ぎる音がした。

慌てて起き上がり振り返って見ると、デカい木の棍棒を振り回してる何者かが見えた。

それは…正しくオーガだった。それが、再び俺に向かって棍棒を振りかぶり、走り寄ってきた。


「グッ…、何故だ?。さっきまで、気配さえ感じなかったぞ!」


俺は違和感を感じつつ、とにかくコイツの攻撃を避ける為、刀に手を掛け下から斬り上げた。しかし、無理な態勢からだったのかヤツが俊敏なのか、刀は空を切った。オーガは俺の攻撃を体を反らすだけで避けた。


しかし、俺が攻撃したのを警戒したのか、少し下がり睨み合いになる。

さっきのサイクロプスよりも速い動きの為に、俺も簡単には手を出せない。

慌てて、背負っていたリュックを放り投げる。


「仕方ない…、これ以上時間かけて夜になるとマズいからな。ここで、決着をつけさせてもらうぞ」


俺は、そう言って自分のスキルに集中する。そして、こう呟く。


自己像幻視ドッペルゲンガー


そして、そのままオーガに向かって突っ込んで行く。オーガもに向かい棍棒を振り上げ、迫ってくる。は振り下ろされた棍棒をスウェーで避け、刀で横薙ぎにする。しかし、それを躱したオーガは再び棍棒を横に振りぬいた。


はその攻撃を避けたはずが、地面から顔を出していた木の根にかかとを引っ掛けて、後ろ向きで尻餅をついてしまい、思わず目を見張ってしまった。そして、それを見逃すヤツではない。


ヤツは、ニヤッと牙が生えた口元を吊り上げ、振り抜いた棍棒をそのままの勢いで上から、力任せに落としてきた。


盾を持っていないには、それを防ぐ手立てがない。

は諦めたように、振り下ろされる棍棒を見ているだけしか出来なかった。


「ドガァーーーン!!!!」


オーガの棍棒は、地面に半分もめり込んでいる。しかし、その下敷きになったはずのは、そこにはいない。



そして……オーガの胸の真ん中から刀が生えていた。オーガ自身、己の身に何が起きたのか分からなかっただろう。

自分が今殺したはずの人間はどこにも見えず、にも拘らず、自分の胸には人間の武器が突き出ているのだから。


しかし、そんな疑問も蝋燭が消えゆくように、闇の中へまどろみながら消えて行ったのだろう。ゆっくりと膝を落とし、頭から地面に崩れ落ちていった。




俺のスキル【自己像幻視ドッペルゲンガー】は、そのものずばり、別の自分を作り出すことが出来るものなのだ。

ただ、分身の様に自分を二人出す事は出来ない。どういう事かというと、俺の幻影と気配はそのまま再現できる。勿論、武器もだ。そして、俺自身は認識阻害がかかり、人から分からなくなる…つまり、見えなくなるのだ。

しかも、その幻影は自分の思う通りに動かすことが出来る。出来ないのは、喋る事だけだ。そして、幻影は自由に消すことが出来る。

まあ、最初はなかなか自由に動かすことが出来なかったが、今となっては自分の思う通りに動かく事が出来るようになったのだ。




「悪く思うなよ。そっが先に襲ってきたわけだし、こっちも仕事なんでな」


俺は、そう言ってオーガが絶命する前に、刀を引き抜いた。

ズルッと抜けた刀には、赤黒い血がベットリついている。ここは人族と変わらないんだな、と変な事で感心する。そして、つかの間だが黙祷をする。


もう既に生き物を、特に人型の生き物を殺す事に躊躇いはない。でなければ、A-まで上り詰めることは出来ない。もう、新人ルーキーではないのだから。

しかし、未だに滅した者達への黙祷を止めることは出来ない。


しかし、何故オーガが急に現れたのか…。確かにサイクロプスを倒した後には周りにモンスターの気配など感じなかった。オーガ程になれば、見逃す事などありえないはずなのに…。

そう、まるで現れたかの様に。


(もしかして、召喚士が…?。しかし、あれ程の強力な魔物を召喚できる者など、聞いたことが無いな。それに仮に居たとして、こんな場所に召喚する意味が無いはずだ。まさか、俺を殺そうと…ん!?)

その時、後方で僅かに気配が動いた気がした。


「誰だ!?」


即座に振り向いた先に、焦げ茶色のローブ姿の何者かが逃げ去るのが見えた。

(しまった!見られたか、俺のスキル?)

俺は、慌ててその姿を追いかけた。

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