(二)‐3

 彼女の目からひとしずくの涙が落ちた。「ゴメンね」と言って彼女はお手ふきで涙をぬぐった。

「借金は君のせいじゃないじゃないか」

 俺はグラスの焼酎を一口飲み込んでから言った。

「そう言ったわ。そしたら弁護士と話せって言われて、その弁護士と話したの。そうしたらそれが離婚の条件だって」

「ムチャクチャだな」

「私もいけなかったのよ。早く離婚したかったから、あちらが出してきた書面にすぐにサインして送り返してしまったの。それが証書となってしまったから、もう法律上はどうにもできないらしいの」

「実家に戻ったりはしないの?」

「実家は母が住んでたんだけど、その時に売ってくれて、借金返済に充てたわ。母は実家のあった場所の近くに引っ越して今はアパート暮らし。実家は中古のマンションだったんだけど、築四〇年過ぎてたし、ちょっと駅から遠くてね。あまりいい値段では売れなかったわ」

 そんな話を二時間ほどした。彼女の境遇は正直言ってあまりハッピーではないだろう。ともあれ、近況が聞けた。とりあえず、元気ではいるようだし。良かったのか悪かったのか、もやもやした気分ではあったが、翌日もお互い仕事なので、店を出ることにした。

「ごめんね。久しぶりに会ったのに、こんな話して」

 店を出たところで水上咲良はそう言った。まあ、久しぶりに会ったんだ。お互いに近況報告するとなると、多かれ少なかれ、そういう話になるだろう。

 駅について、改札に入った。家はそれぞれ別方向だったので、別々のホームへと向かうことになる。その別れ際に、俺は「何かあったら電話してくれよ」と言った。

「とりあえず、仕事にも就いたし、当面生活していくこと自体は問題なさそう。心配してくれてありがとう」

 そう言うと彼女は胸のあたりで小さく手を振ってから俺に背を向けて、階段を上がっていった。

 こうして俺たちは別れた。とりあえず、噂とは違い、大丈夫だろう。


(続く)

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