(一)‐3

「みんな知ってるわよ。それを知らないのはあんただけよ」

 新津はテーブルを拭きながら再び尋ねた俺の言葉を遮って言った。

「いつから?」

「そりゃ、卒業式の日に決まっているでしょう。体育館の影から見てたの、気づかなかった?」

 そう、中学生だった俺は、卒業式の日に体育館の裏に彼女を呼び出して告白したのだ。

 相当勇気がいったし、何よりも告白のことだけしか考えてなくて、緊張して他のことなど考える余裕もなかった。だからまさか、俺の告白の場面を見られているなんて全く気づかなかったし、想像もしていなかった。

 当時のことを鮮明に思い出してしまい、戸惑わざるを得なかった。新津には「勘弁してくれ」と返すのが精一杯だった。

「あの子、綺麗だったし、かわいかったもんね。クラスのアイドルだったわ。私も憧れてたし」

「憧れてもがさつなところは直らなかっただろう」

 思わぬ攻撃の仕返しに、そう反撃してみた。

「そうよ。おかげで旦那には逃げられ、戸籍にはしっかりバツが一つ付きましたよ」

 新津はふてぶてしく開き直った。

「ともかく、あんたの所にも行くかもね」

「今さら来られてもね。妻も子どももいるし。もう関係ないよ。それに、この広い東京じゃ見つけられないだろ」

「そうね。あれからもう二〇年も経ってるし」

 その後、俺と新津はしばらく黙って、テーブルに残っている食べ物とグラスの仲の酒を平らげた。アルコールも十分回り、腹も満たされてきつつあるところにこの話題であった。次につながるような話題も特になく俺たちは神田の居酒屋を出て、家路についた。


(続く)

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