璟国からのお客様 3
公羊はぐっと口をひき結んだ。
「話だけは。……玉蘭のご家族は……まさか」
あたしは彼の胸に背を預けたまま目を閉じた。
「祖父母と、妹がいるわ」
公羊は「妹……」と繰り返して呟いた。
妓女になったきっかけなんて、楽しい話じゃない。
でも、彼のような者には、この手の話で同情を誘うのが効果的だと、あたしは知っている。
「ええ、妹は嫁ぎ先が決まっているのだけど、なかなか持参金が用意できなくて──祖父母は、璟からの商人さんたちの身の回りのお世話をして日銭を稼いでいるのですって。でもそれだけでは到底足りないから、私から仕送りを……」
ここで物憂げにため息をつく。頬に手を当てて、辛いことを耐えてなんとか笑っているというように、淡く微笑んでみせる。
「ごめんなさい、公羊様がお優しいから、自分のことばかり話してしまったわ」
「別に、かまわない。……実は俺にも、妹がいるんだ」
「まぁ、私たち本当によく似ているのね。妹君は、璟で暮らしてらっしゃるの?」
「いや。昨春、秦青の……名家に嫁いだ」
「そうなのね。きっと大切にされていらっしゃるでしょう。でも、もしかしたら、優しい兄君の元を離れてお寂しくお思いかしら」
「あいつも、あなたのように
公羊は手持ち無沙汰に茶器に手を伸ばして、残りをぐっとあおった。寂しいのは、きっと残された兄のほうなのだろう。
「では妹君のかわりに、今夜は私が弾きますわ」
向かいの椅子に座り直して、楽器を膝に置く。
あたしが極めた芸事はこれひとつ。請われればどんな難曲でも弾いてみせる。
(嫁いでいった妹から、兄へ……どんな気持ちで弾けばいいかしら)
自分の家族を思い浮かべても、あたしが家族と離れたのは10年も前のことだ。妹はまだおしめをしていたし、あたしが一人で南市に行ってしまうことも理解していなかった──。
「つらくは、なかったか」
男の手が、あたしの腕を掴む。演奏が止まる。
公羊は、あたしを通して、誰かを見ているようだった。
見つめ合うあたしたち。
「……つらくないはずがないな。年頃の娘が、大人の世界に押し込められて、値踏みされて」
恫喝されたり、道具のように扱われたり。
人からお金を巻きあげることばかり考えなくてはいけなかったり、嘘をついたり、つかれたり。
この世界は、華やかで、狭くて、夜よりも暗い。お日様の下を自由に出歩くことの出来ない、管理された花たち。それが、遊里の妓女。
でも『玉蘭』は、そんなことで萎びてしまう女の子じゃないの。
「公羊さまのような方に会えて、私はとても幸運です」
そのまま、彼に体を預ける。彼の腕がためらいがちにあたしの体を包んだ。
──もう一押し!
「公羊様……」
白く美しい人に、手を伸ばす。
「もし、私のことをあわれに思うのなら……どうか、……優しくしてやってくださいな」
「玉蘭……」
あたしは男の腕の中で目を閉じた。
勝った、と思いながら。
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