ロストライフ 

@eles_souryuu66

第1話

ロストライフ

創龍


  0


あら。いらっしゃい。この世界に来たのね。ということはこの世界の物語に興味があるのね。いいわ。あのね、この世界は完璧ではないの。ある歪みによって存在した可能性の世界。この世界には普通ではないものが満映している、そう、犯罪。この世界には異常に存在しているわ。そんな中、そうね、彼らにしましょう。彼らならこの世界を面白くしてくれるわ。それじゃあ楽しんでいってね。


  1


 猪狩遼は自分の勤め先である黒岩探偵事務所に帰るため、階段を登っていた。仕事も順調に終えた開放感からか、足取りは軽かった。

「あーっす。猪狩、戻りました」

「あー、久々じゃん、遼。ってか臭い」

「うるせぇ。1週間ずっと張り込んでたんだ。風呂なんて入ってねぇよ」

 早速絡んできたのは同じ所員の吉川美雪であった。いかにも現代っ子な女性である。

「戻ったな」

「あ、所長」

 上の階から飼い猫の闇丸を抱いて降りてきた男性。彼こそこの探偵事務所の所長、黒岩洋介だ。

「結果は?」

「黒です。はい、これ写真」

「上出来だ。よくやった」

「あざーーす ってことで、所長、お風呂貸してください」

「あぁいいぞ。龍太。この写真で書類頼む」

「かしこまでーす! 遼が1週間ラブホ近くに張り込んでようやく手に入れた証拠だもんな!」

「本当、不倫調査に1週間もかかるなんて思わなかったわ」

 そのまま猪狩は事務所兼黒岩家のお風呂へ向かった。

「どれどれ。あら、あいつにしては良い写真じゃない」

「お前に任せた仕事はどうだ」

「ついさっき終わりました〜 ってか探偵なのになんで打ち込みのバイトみたいなことしないといけないのよ」

「きた依頼は全部受ける。それがウチの方針だ」

「探偵じゃなくて便利屋じゃないですか」

「実際は引き受けないとやっていけないからですけどね〜」

 松田龍太は椅子で回りながら答えていた。

「はぁ。黒岩さーん、なんか良い依頼ないの?」

「ネコ探し」

「そーゆーのじゃなくて」

「でもこれやらないと。はい、行った」

「もー!」

 吉川美雪は素直に外に出て行った。

「んで、俺にはどんなご依頼ですか?」

「察しがいいな。・・・お前は留守番だ」

「え、留守番!?」

「美雪はデスクワークの発散に外に行かせた。遼は風呂。遼の相手をしてやってくれ」

「なるほど、了解。行ってらっしゃい」

「おう」

 そう言い、黒岩洋介は外出した。


 黒岩は高級料理店が並ぶ繁華街を歩いていた。まだ昼間であり、ランチをやっている店は少なく、人通りは少なかった。そして黒岩はある店の前で足を止めた。

―――ビッグ・ウエストーーー

 closeと出ている中に入り、準備中の中、奥のvipルームに向かった。

「こんにちは」

「おう」

 迎えたのはビッグウエストのオーナー、80歳を超えた大門努だった。

「仕事をいただけるとのことで」

「あぁ」

「こちらです」

 大門の秘書である渡瀬哲也が書類を持ってきた。

「今回の依頼は以下の通りです」

「わかりました。何かあれば連絡します。失礼します」

 そのまま黒岩は帰って行った。

「いつまでこんなことをやらせるのですか」

「・・・楽しいものを捨てる馬鹿がどこにいる」

「それもそうですが」

「渡瀬、次の仕事だ」

「・・・はい、大門さん」


「んで所長は外出か」

「おそらく仕事だろうな」

「最近クソみたいな依頼多かったからな。それを願いたいもんだ」

「本当よ」

「あれ、美雪もう終わったの?」

「ネコ探しなんて嫌だから速攻終わらせたわ」

「さすがだな」

「そっれで勝手に飼い主に返しちゃったんだけど、所長は?」

「外出中だとさ」

「・・・仕事?」

「そうだといいねって遼と話してたところ」

 仕事。彼らにとっていつもの業務と圧倒的に違う仕事を示している。

「戻った」

 黒岩が戻り、3人の目線は黒岩に集結した。

「仕事だ。準備にかかる」

「よっしゃ」

「やったね」

「あぁ。今回も儲かりそうだ」

 彼らは中央のテーブルに集まったのだった。


  2


「今回の標的はこの杉田って男だ」

「あっれ。この男、見たことあるな」

 龍太は写真を取り、メガネにつける程、近くにしてみていた。

「そんなんでわかるわけないでしょ。私にも見せて。うわ、きもいおっさん」

「お前にとっては全員そうだろ。まぁこいつのことは知ってるよ」

「さすが詐欺師の専門家だな」

「所長の方が知ってるでしょ。こいつは最近荒稼ぎしてる詐欺師だ。だから大門から依頼が来たんだろ。こいつから金を騙しとってお仕置きだって」

「そういうことだ。この杉田って男は財団投資詐欺で荒稼ぎしている。今回の被害者は山下製作所。先ほど連絡をとった。遼、行って手口を聞いて来い。龍太、美雪、こっちは準備だ」

『了解』

「所長、仕事用の車使っていい?」

「あぁ。というか依頼用は使うな」

「ウイー」

 俺はそのまま車を走らせ、山下製作所に向かった。


 現場に着くと製作所の外に人が立っていた。俺は車を止めるとその人は俺に近寄って来た。

「黒岩探偵事務所の方ですか?」

「あ、はい、猪狩と申します」

「山下です。中にどうぞ」

 俺はそのまま家の中まで案内されてしまった。仕事場と家が隣同士か。

「あの、本当なんでしょうか」

「え、何がです?」

「盗られたお金を取り戻して貰えるって」

「あぁ、黒岩が言った通りですよ。まぁでもとりあえず、なにがあったか教えてください」

 そう言うと奥さんがお茶を持って現れた。俺はそのお茶をいただきながら、夫婦から話を聞いた。

「今から1ヶ月くらい前です。朝、新聞を取りに行ったら、チラシが入ってたんです」

「これです」

 奥さんは、怒りで丸めたんだろう、しわしわになったその紙を見せてくれた。

「なになに。当法人では中央庫の援助を受け、中小企業の皆様へ無担保で融資を行っております」

 俺はさすがに笑いを堪えることが出来なかった。

「これを信用したの?」

「電話番号も住所も書いてあったし。でもこの時はスルーしたんだ」

「あ? じゃあ何で」

「その後営業が来たんだ」


「私、財団法人トラスト中小企業振興会の理事長、杉田です」

「はぁ、山下です」

「先日のチラシをみていただけだでしょうか?」

「まぁ、はい、一応」

「チラシには中央政府の審議後とありますが、もう審議が通っている会社がありまして、私たち全員でそれぞれ回っているんです」

「は、はぁ」

「山下さんの会社はもう審議通っております。ですので中央政府が認めた融資の対象になっているんですよぉ!」

「え、え、本当何ですか?」

「本当です! 私たち財団法人トラスト中小企業振興会は中央政府に認められ、援助を受けていると言うことはご存知ですよね? チラシをみていただけたと言うことで」

「は、はい」

「私どものシステムでは最低1千万で、その5倍までの資金を無担保でお貸しすることができるんです!」

「5千万無担保っていうことですか???」

「はい。我が国の経済は大企業なんてほんの数%です。多くの中小企業の皆さんのおかげで我が国の経済は回っているのです。中央政府もそれを理解しているからこそ、我々のような財団に援助をしてくださってますし、我々も本気で、中小企業の皆さんを、山下製作所さんを応援しているんです!」


「結局今になって思うのはウチに借金があるのを知ってて来たんだと思う」

「借金? あーもしかして5千万で全部解決〜とか思って出資しちゃった感じ?」

「暗金から借りたんだ・・・」

「はっ その後の結末は、その団体に行ってみたらもぬけの殻だった〜ってことだろ」

「そうだ。1千万、騙し取られたんだよ!!!」

 山下さんは声あげ、畳を殴っていた。まぁ騙されちゃ頭くるわな。

「まぁだいたいわかった。アンタへの報酬金はアンタが盗られた1千万。それでいいか?」

「あぁどうか」

「お願いします」

 山下夫妻は畳に頭をつけてお願いをして来た。俺はその姿に嫌な記憶を被せてしまっていた。あの頃の自分に。

「はぁ。おっさんの方には手伝ってもらうことあるけど、いい?」

「あぁ! 何でもする!」

「じゃあまた連絡しまーす。お邪魔しました〜」

 今回のやつはやりがいありそうだ。心が躍り、俺は山下家から飛び出すと人と当たってしまった。

「痛ぁ」

「あー、悪い悪い、大丈夫かって。え」

「だ、大丈夫です。って、あ」

「山下真希?」

「猪狩くんだよね! え、久しぶり! 高校の卒業式以来だよね? あれ3年前の同窓会にいたっけ?」

「あー、あれは行ってないわ」

「そっか。あれ、ウチから出てきたって何かあったの?」 

「まぁ、ちょっとな。俺急いでるかさ、じゃあな」

「あ、うん。またね〜」

 俺は車に飛び乗り、事務所まで急いだ。

「何で知り合いの親なんだよ。めんどくせぇな」

 周りから詐欺師やってるなんて広められたくない。友人とかもう会わないにせよ。

「・・・ちっ、大門。テメェわかっててまわしたな」

 あのクソジジイのことだ、それくらいやりそうだ。

「あー、もう! ドカスが!」


  3


「ただいまぁ」

 私は家に帰るとパパもママも力が抜けたように座っていた。最近、この1ヶ月こんな調子が続いてる。私は気がつかないフリをしてるけど、本当は知ってる。夜に2人の話していることを聞いちゃったから。ウチが詐欺にあったということを。

「たーだーいーま! おかえりくらい言ってよ」

「あぁ、おかえり、真希」

「うん、ママ。あ、そうだ、猪狩くんと会ったんだけど」

「猪狩くんと知り合いなのか?」

 パパが急に声を上げて、私は少しびっくりしてしまった。

「う、うん。高校の同級生」

「そ、そうか。か、彼にはお世話になるんだ。な、何か好きなものとか食べ物とか知らないか?」

「あなた」

「でも!」

「ご、ごめん。仲は良い方だと思うけど、そこまでは」

「そ、そうか」

 そう言うとパパは仕事場に戻って行った。

「ママ、何かあったの?」

「な、何もないわよ」

「そっかぁ」

 ママは2階に上がっていった。パパと猪狩くん、何があったんだろう。仕事かな。ふと机の下に目が行くと名刺が落ちていた。私はそれを拾うと、言葉を失った。

「黒岩探偵事務所 猪狩 遼」

 猪狩くんが探偵? どうしてパパたちが探偵を? 私は頭が追いつかなかった。



  4


「戻りました〜」

「遼おかえりー、コーラ飲む?」

「おうって、投げんなよ美雪。まぁさんきゅ」

「それでどんな手口だった」

 所長の言葉に俺は聞いて来た話を全部話した。

「ザ・財団投資詐欺って感じだね〜」

「さっき軽く調べたけど、杉田以外にもやってるやつは多くいるみたいだよ。大企業はなかなかカモれないから、中小企業を狙うんだろうね。ありふれてるわけだし。まぁ中央政府も詐欺に力入れて取り締まる余裕もないから、こういった詐欺集団がのさばるんだろうけど」

「んで今、この杉田どこにいんの? 龍太調べてあんだろ」

「この区域にいるから安心して。隣の区域にいなくてよかったね」

「隣とか移動で1日飛ぶからね〜」

「とんずらするのはいいけど、隣はさすがにな。まぁこの区域なら問題ない。ここでやり続けてくれるのは楽だ。つうかまだいるのか。図太いやつだな」

「まぁ結局この区域で杉田は派手にやりすぎたんだろう。そうじゃなきゃ我々に仕事はこない」

「それもそっか。区域飛べば大門に目つけられなかったろうしね。まぁそんなことより、どうやって騙す?」

「ん〜、俺のプランでいいなら」

 ・・・

「わかった。遼、任せる。美雪、龍太、サポートだ」

『応』

 俺は携帯から目的の人物へ電話をかけた。

「あ、もしもし。ちょっといい?」


  5


「もしもし、桜井工業さんですか? 財団法人トラスト中小企業振興会の杉田です。審議が通りましたので、融資の説明をですね、はいはい。お待ちしております」

「お疲れ様です、理事長」

「あぁ。どいつもこいつも良いカモが多い。この区域はバカな社長が多すぎる」

「中小企業も生き残るのが必死ですからね」

「まぁ、そんな中でカモに逃げられた奴がいるそうだが」

「あのアホは処分しておきましたので大丈夫です。後日自殺として死体が上がるでしょう」

「ふっふっふ 世の中金だ。金が全てだ。使えないやつは捨てて良い。まぁそんなことはいい。もっとカモに餌を撒かないとな」

「杉田さん、お客様です」


「突然の訪問失礼いたします。私、シンガワ工業の小宮山と申します」

「私、理事長の杉田です。どうぞ、お座りください」

「はい、失礼します」

 ・・・

「なるほど、大企業に部品を提供してらっしゃるんですね」

「はい、それで発注が増えて来て、今の設備では限界になって来たんです。それで設備拡張の計画が上がりまして。どうか融資いただけないかとご相談に・・・」

「なるほど。それで出資金としてはいくらをお考えでしょうか」

「社長からは、2億・・・までなら・・・」

「2億ですか!?」

 杉田は大声を出した。まぁそんなもんだろ。

「あ、これ、弊社の預金通帳です」

「ちょ、ちょっと拝見させていただきます」

 杉田は飛びついて通帳を確認していた。

「あの、審議のためにコピーしても」

「あ、どうぞ。え、審査ということは融資を・・・!」

「あ、審査に数日かかります、その審査に」

 俺は言葉を遮り、杉田の手を取り、強く握った。

「ど、どうか、どうかよろしくお願い致します!!!」

 俺は大きく声を出し、すがるように言った。

「ではまた審査次第でご連絡いたします」

「はい! あ、渡し忘れてました。弊社の書類です。よろしくお願い致します」

 そして俺は財団法人トラスト中小企業振興会を後にした。


「おいおい! 2億だとよ! 歴代最高額じゃねーか! カモがネギを背負ってくるってこういうことだな!!!」

「待ってください、理事長、ちょっと話がうますぎる気も」

「あんな30代に任せますかね」

「・・・お前達、登記と口座確認してこい!」

『はい!』


  6


 俺は杉田の元を後にし、山下に会いに向かった。

「猪狩さん・・・?」

「ん? あぁこれじゃ30代のリーマンに見えるでしょ。変装のエキスパートがいるんでね」

「はぁ。それでどうなったんでしょうか」

「餌を巻いたよ。とりあえず2億円出資する」

「2億円!? 出資金は前払いですよ!?」

「あー、そんな大きい声出すなって。金を出さなきゃ融資をしないって言ってる以上払うしかねぇだろ」

「ほ、本当に払うのか?」

「あぁ。シンガワ工業の小切手でね」

「小切手・・・ まずそのシンガワ工業ってなんなんだ」

「あー。休眠会社だよ」

「休眠会社?」

「営業停止したけど、名義だけは残ってる会社。まぁ幽霊会社って認識でいいよ」

「なるほど・・・」

「書類上しっかり存在してるからな。今頃、杉田たちが登記とか調べてるだろうけど、問題は一切ない。シンガワ工業は設立13年だからな。古いほど信用される」

「お、おお。それでどうなるんだ」

「あとはやっつけるだけだ」

「どうやって?」

「アンタが知る必要はない。俺が杉田との話がまとまったら連絡する。そうしたらアンタはこの小切手でシンガワの口座に入金してくれ」

 俺は小切手を山下に渡したその時だった。

「ダメ! そんなの絶対にダメ!」

 扉を開けて、山下真希が入ってきた。くそ、一番めんどくさいパターンだ。

「真希、お前」

「真希ぃ」

「詐欺にあったのは知ってたよ。パパとママが話してるの聞いちゃったから。どうなるんだろうって不安だった。でもこんな解決の仕方は間違ってるよ。警察に行こう。ちゃんとしようよ」

「警察に行っても無駄だよ」

 あまりにもバカバカしく、俺はつい会話に混ざってしまった。

「ど、どういうこと?」

「中央区での詐欺の検挙率は5%。この区域の検挙率はたった3%だ」

「そんなこと・・・」

「はぁ。なんかもういいや」

 めんどくせぇ。

「え?」

「山下さん。やるかやらないか、アンタ次第だよ。アンタの決断で1千万どうなるか決まる。考えとけ」

 あー、くそ、イラつかせる女だぜ。

「猪狩、あなたなんなの。これが探偵の仕事? 詐欺師じゃない!」

 そう言って真希は俺の名刺を破った。

「俺は俺だ」

 俺はそのまま事務所に戻った。


  7


「あの、冗談ですよね? え、え、そんな」

 真希は父親を連れて早速警察に来ていた。

「こういったケースは起訴が難しいんですよ。それに逮捕も」

「え、だって騙されたんですよ?」

「こうやってポスターでも注意喚起はしておりますので。お金を取り返すとなると地域裁判所まで行ってもらって、裁判をしてもらうしかありませんね」

「そんな・・・」

 刑事の中園に現実を突きつけられた真希達は、家に戻った。

「パパ。他に絶対やり方あるよ! だから詐欺だけは。法律を破ることだけはやめて。検事を目指してる私に、父親が詐欺を手伝ったなんて・・・」

 真希は泣きながら部屋に走っていった。

「あなた・・・」

「・・・覚悟はできてる。うん。できてるんだ」

 山下は自分に言い聞かせるように言葉を出していた。その頃、部屋に戻った真希は大学院の友人である小山ゆかりに電話をかけていた。

「え、それってやばいんじゃないの?」

「どうしよう。パパが犯罪者になるなんて私絶対やだ」

「1千万くらいならウチから出すよ」

「ゆかりにそんなことさせられないよ」

「じゃあどうするの?」

「もう本当に。本当にどうしたらいいの」

 彼女は答えのない問題に悩んでいた。

「山下さーん、お金返してくださいよ」

 その頃、暗金も山下家に押しかけていたのだった。


「理事長! 登記の確認も取れました! 設立も古いし、信頼してもいいと思います!」

「よーし。このまま2億いただくぜぇ!」

「おうー!」

「早速、小宮山って奴に連絡だ!」


  8


「じゃあ今日いただくわけね。あ、もう終わるから動かないで」

「あ、悪い。まぁ一応保険で美雪と龍太、サポート頼むわ」

「任せて」

「まぁ、その山下次第ね。はい、猪狩から小宮山に変身完了」

「よっしゃ、じゃあ行ってくる」

『いってらっしゃーい』

「にゃーお」


「杉田さん、小宮山さんがお見えになりました!」

「杉田さん、失礼いたします」

「小宮山さん! お待ちしておりました。どうぞ、お座りください」

 杉田はいかにも声に元気があった。

「えっと、審査の結果が出たということで?」

「はい! シンガワ工業さんからは2億円の出資をしていただけるということでしたので、私達の財団からは5倍の10億円までが可能ということになります」

「はい。そ、それで、ゆ、融資の方は・・・」

「シンガワ工業さん、審査通りましたよ!」

「ほ、ほ、ほ、本当ですか!? あ、あ、あ、ありがとうございます! 早速社長に連絡します!! あ、その前に、弊社からの出資金は振込でお支払いいたしますが、弊社の税金対策の都合上、融資金の支払いは現金でお願い致します」

「え!? 私たちは原則、振込か手形という形で」

「ですのでお願いをしているんです。その条件は先日渡した書類にも明記してあるはずなのですが」

 そういうと杉田は部下に目を走らせた。部下は書類を確認し、頷いた。バカか。手形で逃げようってバレバレなんだよ。誰が逃すか。

「・・・では3千万は現金でお渡しして、残りは手形でというのは・・・」

「3千万ですか」

「今、現金で渡せるのはそれが限界なんですよ」

 まぁ他の被害者の情報も合わせればそれくらいでいいか。

「わかりました。社長に聞いてみます」

 俺は席を立ち、電話をかけた。

「あ、もしもし、社長ですか。小宮山です。はい。審査無事に通ったのですが、融資の現金が3千万で残りは手形でということなんですけれども」

「今から銀行に行く」

「かしこまりました。はい、はい、失礼します」

「ど、どうでしたか?」

「大丈夫でした! 今、社の者が銀行に向いました」

「こちらも向かわせます」


「理事長、本当に現金渡すんですか?」

「うるせぇ。それでも1億7千万の儲けだ。これを逃せねぇだろ」


「ただいま〜」

「真希、おかえり」

「うん。あのね、やっぱりお父さんと話し合おうと思うんだけど、どこにいる? 仕事場にはいなくて」

「・・・」

「お母さん?」

「ごめんね、真希」

「お父さん!」

 真希は家を飛び出した。父親がどこに行ったか予想をつけて。


「シンガワ工業様から、財団法人トラスト中小企業振興会様への振り込みですね。小切手でよろしいでしょうか?」

「お願いします」

「・・・私たちがサポートする必要なかったわね」

「山下本人、ちゃんと動いたからね」

 美雪と龍太は、振り込みの確認をし、遼に連絡した。


「もしもし、理事長。2億円の振込、確認しました」

「よーし。すぐに下ろせ」

「はい!」


「小宮山様。お待たせしました。入金を確認致しました」

「はい!」

「こちら、現金3千万円と、残り9億7千万の約束手形です」

「ありがとうございます!」

「はい、お確かめください」

 バーカ。


 ・・・

「ふっふっふ はっはっは! お前達! やったぞ、2億だ、2億!」

『よっしゃー!』

「本当、この区域はバカしかいねぇ。この快感、本当やめられねーよ。2億。金は最高だ!」

 杉田達はまるで宴のように騒いでいた。



「ちゃんと入金されてるのに下ろせないんですよ。これどういうことですか?」

「あ、課長、このお客様です」

「どうなさいましたか?」

「あぁ、ほら、ちゃんと入金されてるのに下ろせないんだよ」

「お客様、こちら小切手で入金されてますよね」

「そうですね」

「小切手の場合、ご入金されてから、決済される翌々日まで下ろせないんですよ」

「へ?」

「そういう決まりになっているんですよ」

「そんな・・・ もしもし、もしもし、理事長!」

「なんだ」

「金が下ろせません!」

「なんだと・・・?」

「あの、小切手でしたので」

「小切手・・・ おい、今すぐ小宮山に連絡しろ!」

「ダメです! 契約が切られてます!」

「あの野郎おおおおおおおおおおおおお」


  9


「ほい、1千万だ」

 俺はそのまま山下家に来た。むかつく視線を浴びながら。

「本当、本当にありがとう!」

「ありがとうございました!!」

「こちらも仕事なので。ちゃんとこちらの条件、守ってくださいね」

「それはもちろんです! 本当、もう、何度お礼をしても足りないくらいです」

「まぁもう騙されないことだね。アンタは社長であり、父親なんだ。詐欺ってのはその人だけじゃない、家族の運命まで変えるんだ。もっと賢く生きろ」

「アンタが賢いっていうの?」

「あ?」

「こんなの絶対におかしい。悪者を倒すには自分も悪者じゃないといけないわけ?」

「この世界で、法律が人を救うか? 少なくともお前が言うまともとやらじゃ、金は返ってこなかった。お前だってどうなるかわからなかったんだ」

「それは、それでも、じゃあなんのために法律があるの。警察がいて、検察がいるの? 好き勝手にみんながやっていいわけないんだよ」

「・・・法律も、警察も、検事も、弁護士も。誰も俺たちを助けてなんてくれなかった」

「え?」

「この犯罪が異常な世界で、お前の言う事はなんの役にも立たない。俺はそれを身を持って知ってるからな」

「猪狩・・・ アンタ何を」

「まぁもうこれまでだ。山下さん、ちゃんとこいつにも守らせろよ」

「あ、あぁ、もちろんだ! 本当、本当ありがとう」

「あーばよ」

 俺はもう2度と来ない山下家を後にした。


「小宮山、戻りましたー」

「おっかえりー!」

「所長、2千万だけど、いいよな?」

「あぁ、十分だ。よくやった」

「龍太。シンガワ工業は?」

「もう終わってる。当座預金は0円。あの小切手は不渡り。ただの紙切れだよ」

「さすが詐欺師だね、遼」

「お前達がいてくれるからだよ」

 そう、俺が詐欺師でいられるのはこのチームがあるから。信頼できる仲間がいるから。

「にゃーお」

「おう、闇丸。お前も労ってくれるのか」

「少し出てくる」

『いってらっしゃーい』

「大門のところか?」

「だろうね」

「うーん」

「遼??」


  10


「失礼します」

「おう、何のようだ」

「これがいつものです。1千万」

「別にいらねーけどなぁ」

「会社の手配などしてもらったので、どうか」

「ち、渡瀬」

「はい」

 渡瀬はケースごと持ち、奥へ消えて行った。

「・・・お前のところの馬はよく走るな」

「馬、ですか?」

「1度は骨折した馬だ。それが生まれ変わって走り回ってる。だが次骨折すればあいつらは確実に死ぬ。お前だってそれくらいわかってるだろう」

「私の前で殺させません」

 すると渡瀬が戻ってきた。

「吉川美雪。家庭内暴力により、1度は死にかけた過去を持つ。松田龍太。父親が無差別殺人で目の前で死亡。母親は蒸発。猪狩遼は」

「俺の作った詐欺のプランで家族が崩壊。あいつ以外、どこで何してるかわからん」

「・・・」

 黒岩は何もいうことができなかった。全て事実であるからだ。

「私は検事として多くの事件に出逢ってきました。詐欺、DV、殺人。この国では犯罪が多すぎる。そしてその分悲しまなくていい子供がたくさん苦しんでる。私は少しでも減らすために自分を捨てました。いずれ全部を処理して見せます」

「・・・俺を殺すか」

「それは俺の役目だ」


 久々にVIPルームに来てみたら所長たちが何やら重い話をしていた。

「遼、お前どうして」

「まぁ、所長に言うより、直接言いたかったんでな、大門」

 俺は大門を睨みつけた。いつか絶対に殺すあいつを。

「お前が大門さんを殺すというなら俺がお前を殺す」

「渡瀬、どけ」

「ですが」

「何の用だ、猪狩」

「・・・何の当て付けだ」

「・・・」

「あんたわかってて、これを回してきたんだろ」

「・・・旧友との再会もいいもんだろ」

 大門は笑顔で言い放った。

「てめぇ!」

「遼!」

「まだまだ青いな」

 大門はウイスキーを飲みながら笑っていた。

「友達だろうが何だろうが、騙さなきゃ詐欺師じゃねぇ。お前が1人前になって俺の首取るにはまだかかりそうだな」

「・・・俺はどんな奴だって騙してやる。クソジジイ」

 俺はそう言い残し、部屋から出て行った。そうだ、知り合いが関係したとしても俺には関係ない。俺は探偵で詐欺師だ。


 猪狩と黒岩が出た後、椅子を渡瀬が消毒していた。

「大門さん。楽しいとは言え、さすがに猪狩に好きにさせるのはどうかと」

「いいんだよ。あいつにはたくさん詐欺をしてもらわねぇとなぁ。俺の首取る前に俺が死んじまうよ」

「大門さん・・・」

「渡瀬。俺の跡継ぎは誰だと思う?」

「跡継ぎですか? フィクサーとしての?」

「あぁ」

「・・・まさか」

「はっはっは その通りだ。どうだ、楽しいだろう」

 大門の笑い声が部屋に響いていた。


「遼、大門さんにはあまり」

「いいんだよ、あのクソジジイは。まだ又吉のおっさんの方がまともだぜ」

「だけどな」

「まぁいいじゃん。ただいま〜」

『おかえり〜』

「ナイスタイミングよ」

「お! いつもの中央区の超高級寿司の出前じゃねーか!」

「お仕事お疲れお祝い♪ ほら、遼も所長も手洗ってきて」

 俺たちは仕事をした時はいつもこの寿司を食べる。ルーティンみたいなもんだ。俺たちのチームが団結してる理由でもあるのかな。

「相変わらず美味しいね〜」

「仕事してよかったわ〜」

「あ、遼、杉田捕まったみたいだよ」

「あ? 中園のおっさんが?」

「いや、桂木って刑事。中園の上司みたいだよ。山下が警察に行ってから、被害者を探してたみたい。無事に逮捕状が出てさっき逮捕」

「龍太、お前それどうやって」

「僕に不可能はないので。あ、ちゃんと痕跡もこのしてないから、安心してください、所長」

「全く・・・ まぁでも、お前らが笑顔でいるならそれでいい」

「ウチらは、一緒に入れればもう大丈夫」

「守るものは守る」

「殺す奴は殺す」

『それが仕事だから』

「・・・これからも頼むぞ」

『おう!』


 彼らの復讐はまだまだ途中である。彼らを待つ次の仕事は・・・



「困ったな。黒岩に頼むか」




続く

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