愛のカタチ
恵里花
第1話 始まり
ある日突然、妻が家を出た…。
妻に捨てられた夫、何て虚しい響きだろう。
テーブルの上には妻がサインした離婚届がある。
俺はその日からシングルファザーとなった。
「パパーお腹すいた、ねぇママはどこ?」
「おっ、ゆうた起きたか。すぐ夜ご飯の準備するからな、ちょっと待ってろ。」
昼寝から目を覚ました息子は母親を探し始めた。
「ねぇママは?ママはどこへ行ったの?」
ここで本当のことを言うべきか、嘘をつくべきか、俺は一瞬迷った。
だが、嘘をついたところでどのくらいもつだろう。
「ママはいなくなった…」
俺は正直に話した。息子は口を開けたまま固まった。父親の言っていることが
理解出来なかったのか、あまりに突然の出来事に状況が飲み込めていないのか、
泣くこともなくただ茫然と立ち尽くしている。
もうすぐ三歳になる息子のゆうたは、いつも母親にべったりで甘えん坊だった。
これから息子と二人だけの生活が始まる。今は何も考えられない。
俺は父親として息子を立派に育てることが出来るのだろうか。自信がない。
今まで家のことや子育ては、ほとんど妻に任せてきた。
仕事が忙しかったというのが理由だが、家庭というものから逃げたかった。
ようやく事の重大さに気づいたのか、ゆうたはまた母親を見つけるべく
部屋中を探し始めた。顔をくしゃくしゃにして泣きながら…
その日は非常食用にとってあったレトルトのご飯とカレーで夜をしのいだ。
料理なんてしたこともない、唯一作れるものといえばインスタントラーメンくらいだ。
プルルルルー。
電話が鳴る音にビクッとした。まさか沙織からじゃ…
「はい、立花です。」
「あっ正輝?お母さんだけど。今度お父さんと東京に旅行に行くんやけど、
ゆうちゃんにも会いたいねって話とったとよ。」
出ていった妻からの電話かと思いきや、福岡に住む実家の母親からだった。
「今仕事が忙しい時期やけん、ごめんけど。」
「そうね、ならしょうがないね。ゆうちゃん元気にしとる?
ちょっと会わない間にまた大きくなっとるやろう。」
「あぁ元気にしとるよ、また写真送るよ。じゃあまたね。」
俺は足早に電話を切った。妻が出て行ってそれどころじゃない、
なんて口が裂けても言えなかった…息子が嫁に捨てられたなんて聞いたら
どう思うだろう。哀れな息子だと同情するだろうか。
「はぁ…何で俺がこんな目に。」
変なプライドを捨てて、いっそのことゆうたを連れて実家に戻るか。
そうも考えたが、俺はその変なプライドとやらが捨てられなかった。
親や親せき、地元の友達、みんなにどんな目で見られるか分からない。
突然妻が出て行くという緊急事態の中、俺は人の目ばかりを気にしていた。
「もぬけの殻」ふとそんな言葉が脳裏をよぎった。今の俺にぴったりの言葉だな。
翌朝は想像を超える慌ただしさだった。ゆうたを起こし、ご飯を食べさせ、自分の身支度。ゆうたを保育園に預け俺は急いで会社へと向かった。
会社に着いた時にはもうへとへとだ。これが毎日続くのか…考えるだけで疲れる。
息抜きができる唯一の場所、それは行きつけの喫茶店「ラピス」だ。
カランカラン…
「おっ、いらっしゃい!正輝くん最近お店に来てくれないから、どうかしたのかな
~って心配してたんだよ、なぁ?」
こちら、マスターのあきおさん。そして、
「そうそう何かあった?」こちらはマスターの奥さん、ようこさん。
「実は…妻が先日家を出て行きまして…俺シングルファザーになったんです。」
「またまた~ご冗談を!腕上げたね~」
いやいやこんな冗談あるか?こっちは本気だ。それに、腕上げたねと言われるほど冗談を言ったことはないが?と心の中で突っ込む。
「ちょっとあんた!なにバカなこと言ってんのよ!」
感の良い奥さんは察してくれた。てか普通分かるだろ!!
突っ込みどころ満載のマスターとキレの良い突っ込みを繰り出すようこさん、そんな二人が作り出すこの雰囲気が俺は好きだ。
カランカラン…
「ひかりちゃん、いらっしゃい!」
「マスターこんにちは。今日もよろしくお願いします」
「そうだ、正輝くんひかりちゃんに見てもらいなよ!ひかりちゃんは占いが
得意でね、お客さんが少ない時間は場所を提供しているんだ」
「占いですか?俺興味ないんで」
「そんなこと言わずにさ、ひかりちゃんの占いは占いなんだけど
占いじゃないんだよな~当たる当たらないの占いとは何か違うんだよ」
マスターは意外に頑固だ。面白くて優しいけど、言い出したら引かない。
俺はあきらめた。
「じゃあ、お願いします」
「こちらこそよろしくお願いします。それでは早速、お名前と生年月日を
教えてください。」
「立花正輝、昭和60年12月25日です」
大丈夫か…今のところただの占いとしか思えないが
「ありがとうございます。私は、恋愛運はどうとか仕事運はどうとか、
そんな風にはお話しません。運がいい悪いということは一つの概念だと
考えているので。ちなみに概念とは、思考において把握される、物事に対する
抽象的で普遍的な捉え方のことです」
「はぁ…」何だか難しくてよく分からん。
「まずは正輝さんの本質についてお話しますね。共感力が強く軽やかで、
直感や感覚というものがとても優れています。人混みが苦手ではありませんか?」
「そうですね、小さいころから人混みが苦手です。人混みに行くと頭が痛くなったり
気分が悪くなったりします」
「共感力が強い方にはよくある傾向です。周囲の気を受けやすいんですよ、
気づかない内に人の気をもらってしまうんです。でも、そういう本質の方は
とっても優しく、人の気持ちも察することが出来る。無意識に感情を汲みとって
しまうんですよね。その本質がゆえに、時にきつくなるだろうと思います」
「どうしたらいいんですか?」
「受けやすい本質なんだと受け入れ、もう人の気は受けない。って決めるだけ
でいいです。そうすれば人混みが平気になりますよ」
本当か?何かこの人怪しい…俺は占いといった類のものに興味はない。
「それと…正輝さん、二年くらい前から転機を迎えられているようですが、
何か思い当たる節はありますか?出来事に限らず、ご自身の心境の変化など」
そう言われると全身に鳥肌がたった。この人何か見えているのか?
「そうですね、最近妻と別れました。確かに二年前くらいから夫婦間で
のすれ違いを感じるようになりました」
「転機とは、あなたを本来歩むべき道へ導くために起こるものです。
そこに良い悪いのジャッジは必要ありません。ただ事が起きているだけです。
では、本来歩むべき道とは何か…それはあなたがあなたの人生をあなたらしく
生きることです」
「俺らしい生き方…」確かに。そう言われてみると大学に進学したのも自分の意志
というより、進学するのが当たり前。そういう認識でいたな。本当は大学進学なんてどうでもよかった。結婚だって本当にしたいと思っていたのだろうか…
プルルル…
「あっ会社からだ、ちょっとすみません。」
「もしもし、お疲れ様です。…はい、分かりました。会社に戻って確認します」
「すみません」
「いえ、お気になさらずに」
「あの~今度またお話聞かせてもらってもいいですか?」
「えぇ、もちろんです」
「ありがとうございます」
「マスター、ご馳走さまでした!」
「あぁ、またいらっしゃい」
「あっ正輝さん!最後にもうひとつだけ。誰も悪くないんです、正輝さんも
奥さんも誰も何も悪くない。だから、正輝さんらしく生きてください」
不思議な人だひかりさんは。何にも染まっていない、何にも染まらない、透明な
ガラスみたいな人だった。
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