10 聖女さんと馬鹿、ビジネスライクな関係
ここ最近を振り返ると戦闘で人をぶん殴ったりなんて記憶は沢山浮かんで来る訳だけど、別に私は暴力的な事が好きな訳じゃない。
あくまで過程。
手段だ。
だから誰かをぶん殴りたいとかどうとか、それこそチンピラみたいな理由だけで拳を振るった事は無かったと思う。
だから、そういう意味ではこれが初めてだったのかもしれない。
別に必ずやらなくても良い。
他の穏便な選択だってあった筈だ。
そういうのを全部ぶん投げて、シンプルに溜まったヘイトをぶつける為だけに人に拳を振るったのは。
そして次の瞬間、確かな衝撃が拳に走った。
魔術無し。
純粋な私の全力の拳が、馬鹿の顔面に叩き込まれる。
そして。
「がはッ!?」
馬鹿の体はそれなりの勢いで床を転がる。
そして右拳に残る感覚を実感しながら、何とも言えない感覚が湧き上がってくる。
いや、何とも言えないなんて事は無いか。
徐々に徐々に理解が追い付く。
「……ふぅ」
とにかく、スッキリした。
ただそれだけの感覚だ。
「ちょ、ちょちょちょ、大丈夫ですかグラン様!?」
「お見事ですわアンナさん」
「お見事ですわではなく! ああ、鼻血出ちゃってますよ」
ロイがそう言いながらグランに駆け寄ると同時に、シルヴィとシズクが私に声を掛けてくる。
「が、顔面行くんですね……」
「ふ、普通こういうのってボディーじゃないんすかボディー」
「え、そうかな? え、ミーシャどう思う?」
「別に顔面でも良いと思いますが……私がこの前手を上げた時はビンタでしたわね」
「なら……大差ないかな」
「いや大有りっすよ大有り」
まあまず立場関係なく、殴って良いって言ってる相手殴るシチュエーションなんてそうそう無さそうだから、その辺の答えは分からないや。
「いや、良い……顔面グーパンでも別に良いけどよぉ……」
馬鹿がゆっくりと体を起こして、顔を抑えながら言う。
「お前華奢な癖にそれなりに破壊力強いの何なんだよ……!」
「まあ色々有り過ぎて人殴り慣れてるから」
「カタギの発言じゃねえぞそれ……完全にチンピラじゃねえか」
「誰がチンピラだ。もう一発いっとく?」
「行く訳ねえだろ! 次もう一発殴ってみろ? 流石に憲兵呼んで半日位留置所にぶち込むぞ!」
半日留置所に入るだけでコイツぶん殴れるんだ。
……まあもうやらないけど。
割と普通にスッキリしたというか……うん、これはアレだ。
シンプルにコイツの事は現在進行形で嫌いだけど、それでも溜まっていたヘイトなんてのはこの程度の事だったんだろうなって、解消した今なら言える。
多分私が一番嫌いな相手には、こんな事をした程度じゃ全く足りないだろうから。
「と、とりあえずどうしますかね。一応これで手打ちって事なら、私達の方で治癒魔術掛けますか?」
「そうっすね」
「あ、すみませんがお願いできますか? 自分でやれと言ったとはいえグラン様はこれでも一国の王なんで、このままという訳には……」
「いや、良い。その気持ちだけ受け取っとくぜ、このチンピラよりよっぽ聖女っぽく見えるお二方」
私よりって部分はともかく、地味に二人の素性を言い当ててる馬鹿は顔を抑えたまま言う。
「ロイが言う通り俺がやれって言ったんだ。その傷さっさと治すなんてダセエ真似はしねえよ……あ、でもわりい、ロイかミーシャ、どっちかティッシュ持ってねえ? ほら服に血ぃ付くと落ちにくいだろ 洗ってくれる奴に悪い」
「アンタそんな事気にするんだ」
「気にするだろ。今俺の周りに居る連中はお前と違って好きか普通かの二択なんだからよぉ。あ、ミーシャ、ティッシュサンキュー」
そう言って血を拭い、鼻に詰め物をしながら馬鹿は言う。
「さて、改めてだけどお前の事はやっぱ嫌いだわ。前程じゃねえがシンプルに合わねえ。殴って良いとは言ったけど、人殴っといてそんなウキウキした表情浮かべるかよ普通」
「アンタ相手じゃなきゃ浮かべないよこんなの」
「だな。俺もお前じゃ無きゃこんな文句言わねえわ」
だから、と馬鹿は少し真剣な表情を浮かべて言う。
「俺とお前はこれからも仲良くせずビジネスライクな関係で行こう」
「ビジネスライク? いや急にどうしたの」
突然そんな事を言われて聞き返すと馬鹿は言う。
「お前がこの国に戻ってきた理由、まさか俺をぶん殴る為なんて事じゃあねえよな。一発殴ってウキウキしてるような奴にとっちゃ、こんな事は割とどうでも良い事だろ。つまりお前は……俺やこの国を利用しに来たんだ。違うか?」
「違わないけど」
「だろうな。そんな訳で此処からはビジネスな訳だ」
そう言って馬鹿は笑う。
「お前の話が俺達にもメリットがあるなら、協力してやるよ。シンプルに嫌いなだけの奴相手なら、互いに利用し合う関係位築いたって良い」
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