40 聖女さん、後任に例の馬鹿の話を聞く

 その後、一応そのまま焼き肉を食べに行こうと思った私達だけど、一旦解散して再集合する事になった。

 何しろ冷静に考えればステラが血塗れな訳で、流石にそのままご飯には行きにくい。

 食べるお肉屠殺しに行ってました? って感じになっちゃう。


 そんな訳で各々シャワーを浴びたりする為に解散だ。


 まあ解散と言っても私の家はシズクの家経由で向かう感じになるし、ミカは別に激しい運動をしたわけでもなければ返り血を浴びるような事もしていないし、ミーシャは今日の宿をまだ取っていないらしいから。

 シルヴィとステラ以外はシズクに付いて行く感じになる。


 ……ちなみに。


「……そういえばさっき普通に話してましたけど、家の事ミーシャさんに言っても良かったんすか?」


「あーなんかもう良いかなって」


 さっき事務所では話さないでいたけど、私が普通に元の家に住んでる事は、各々一旦家に帰る話をした時にミーシャに話した。

 これから一緒にご飯行くような相手だし話せば話す程、普通に信頼できるいい人なのは分かってきたし、隠しておく必要は無いかなって思った。


 うん、信頼しても大丈夫でしょ、私の後任。


「あ、あの、ボクも信頼できるかなーって思ってるっすけど、アンナさんってなんとなくどこかで壺とか買わされそうな感じしてますよね」


「えぇ……そうかな? 私結構用心深いよ? そう簡単に人の事を信用したりしないから」


 人を見る目にも自信がある!


「……」


 なんで黙るの?


 ……まあそんな風に私達がコソコソと話をしているすぐ近くで、ミカがミーシャに問いかける。


「そういえばミーシャさんはその……言い方は悪いかもしれないですけど、ドルドットの王様の私利私欲で聖女になってしまったんですよね?」


「ええ、まあそうなりますわね」


「という事はその……普通に今回モメて出てきている感じだと思うんですけど、なんというか……まだお付き合いとかはされているんでしょうか?」


 お? これアレかな?

 まさか恋バナ?

 ……あの馬鹿とのかぁ。


「……私も一応聞きたかった。ミーシャって結局今あの馬鹿とどうなの?」


「まあ別れたりなどはしてませんわ。グランが私の事を嫌いになっていなければ、ですけど」


「いや、そもそもミーシャさんは愛想尽かしてないんすか? さっき事務所で普通に王様の事を馬鹿呼ばわりしてたっすよね?」


「ええ、してましたわね。実際グランは本当に大馬鹿者ですし、多少私も口が悪くなりますわ」


 ですが、とミーシャは言う。


「……でもアレで結構良い所もありますのよ」


「「「……」」」


 少し顔を赤らめてそう言うミーシャに、私達は黙り込む。

 これはなんというか……現在進行形でホレちゃってるなぁ。

 まさかダメ男好きなのかなミーシャは。

 と、黙り込んでいる私達に言う。


「どうやら皆さん、なんであんな奴の事をって考えてますわね? 特にアンナさん」


「そりゃ……まあね」


 特に私なんてあの馬鹿の馬鹿な所を山程知ってるし。


「これミーシャに聞くの失礼かもしれないんだけど……アイツに良い所とかある?」


「そうですわね……良くも悪くも自分に正直な所ですわね」


「それ良い所かなぁ?」


 自分に正直になった結果、私追放されてるんだけど。


「アンナさんの一件は悪い方が暴走した結果です。ですがあの無茶苦茶な事をやる行動力が良い方に向いた時だって別にない訳ではありません」


「……あったかなぁ。アイツ勝手な事しかしてないと思うんだけど」


「例えばグランが王になった際に前王の側近や各省庁の大臣が総入れ替えになったのを覚えていますか?」


「知ってる知ってる。結果あのお友達人事でしょ?」


 特に側近の腰巾着なんて政治とは無縁だったらしい、城で働いていた一般人が就任していた感じだった気がする。

 とにかくまあ……大暴走でしょあの人事全般。

 前の王様が積み上げてきた物を滅茶苦茶にしている。


「あれがどうかした?」


「グランのお父様は優しいお方でした。結果それに付け込むように大臣たちの汚職が横行していたそうですわ。それをグランは一掃した」


「自分も滅茶苦茶汚職するのに?」


 前の大臣とかの汚職は正直今初めて聞いて滅茶苦茶驚いたけど、それ以上にそっちのツッコみ所の方が勝った。


「それがまあ、良くも悪くもといった所でしょうか。実害を受けているアンナさんはたまったものではないと思いますが」


 そう言って、一瞬黙った後、軽く溜息を吐いてからミーシャは言う。


「うん、これ無理ですわね。私の口からアンナさんを納得させるような事を言うのは。それだけあの人がアンナさんに見せて来た姿はあまりに醜い」


「まあ、そうだね」


「こればかりは仕方ありませんわ。私にとってのグランとアンナさんにとっての馬鹿は違う。私とあなたが違う以上それは仕方が無い事ですわ」


「……みたいだね」


 なんとなく、不思議な感覚だった。

 私からすればあの馬鹿は本当に碌でも無い馬鹿でどうしようもない馬鹿野郎でしかない。

 でもミーシャにとっては所々悪態を吐きながらも庇おうとする程に好感の持てる相手に写っている。


 同じ人間を見て下す評価がこれほどまで違うものなのかと、当然の様な事で衝撃を受けている自分が居る。


 そう考えていると、ふと思い出したくもないこの世で一番嫌いな人間の顔が浮かんで来る。


 あのクズを。

 ……あの碌でも無い父親の今を近くで見ている誰かが居るのだとすれば、その誰かが受ける印象は私とはまるで違うものになるのだろうか。

 あのクズに研究の実績以外で良い印象を持つ人間も居るのだろうか?


 ……まあ他の誰かがどうであれ、私にとっての評価は変わらないからどうでも良い。

 早急に頑張って意識から消し飛ばそう。

 これから食べに行くご飯がまずくなる。


 ……ついでにあの馬鹿の記憶も極力隅に追いやっとこう。



 お、お節介だと思うけど、ミーシャ人を見る目が無かったりするんじゃないかなぁ……今後がちょっと心配だ。

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