ex 黒装束の男、全身全霊の一撃

(なん……だと……ッ!?)


 ミカと繋がったパスが切れた事により、強化魔術の出力が著しく低下する。

 それでも一般的にみれば高い出力を誇り、そこに8.3パーセントの出力増強が加わり決して低くない力を有してはいる。

 だがこの場では無力に等しい。


(どうやって……いや、何故パスの事を……)


 パスが遮断された事は過去にも一度ある。

 自分の後方で頑張ってくれているアンナ・ベルナールが空間を断絶する結界を張りパスを強制的に遮断した。

 ……今やられたのもそういう類の魔術なのかもしれない。


 ではどこでその情報を知られた。


 この空間に足を踏み入れる直前に、僅かにそういう話をアンナとしていた。

 だがその時点で把握していたのなら、もっと早い段階で遮断できた筈だ。


 それこそ先程の戦闘で自分に重傷を負わせる際にパスを遮断すればそれで終わっていた。


 ……つまりだ。


(この男はまさに今ノーヒントで……ッ!)


 そんな事があるのかとは思う。

 あってたまるかとは思う。


 だか過程はどうであれ、パスは遮断された。


 まだ戦闘が始まって三十秒も経過していないにも関わらずだ。


 もうどうやっても二分半も持たせる事はできない。



 では、どうするべきか。



 今自分の手には緊急回避用の転移魔術がいつでも使えるように準備されている。


(これで一旦後ろに……)


 一瞬そう考えたがその考えは却下した。

 もしかすればこの部屋を出れば、再びパスは繋がるかもしれない。

 だけど繋がったとしても後退した先に勝利は無く、更に繋がらなかった場合はアンナに荷物が増えるだけだ。

 そして繋がらない可能性の方が高いだろう。

 こちらが空間転移の魔術を使える事は向こうは把握している訳で、もし空間転移でどうにかできるならこうして僅かな。一瞬の思考ですら許さなかっただろう。


 とにかく……いずれにしても勝利へと繋がる事は無い。


「……」


 覚悟を決めて、刀を握る力を強めた。

 何がどうあれパスは遮断された。


 即ち、自分が何かに巻き込まれ窮地に陥っている事がミカへと既に伝わっている。

 現実的に、ミカがこの周囲に現れる可能性が出て来た。

 否、確実に来てしまう。

 自分の空間転移では超えられないような障害も越えて、自分の近くに。


 この化け物がいる近くにだ。


(……たまるか)


 それだけは駄目だ。


(そんな事させてたまるかぁッ!)


 自分が想定する最悪な状況を回避するには、ミカがこの場に到達する前に目の前の化け物を排除しなければならない。

 万全の状態の自分とアンナの二人掛りでも勝てないと思った相手をだ。


 それでも……賭けるしかない。


 アンナの全力で放ったであろう拳は全く通用しなかった。

 ルカのあの一瞬で放てた最大出力の魔術攻撃も同じだ。


 だけど……試していない事が一つある。


(ぶった切る! アイツの首を!)


 まだ斬撃を放ってはいない。


 例えば向こうが纏っている力があらゆる攻撃に対応する物ではなく、物理攻撃や魔術による直接攻撃に特化した物だったとすれば?

 その場合果たして自分の剣撃は確実に通らないのか。


 分が悪い掛けではあるが、それでも試してみる価値はある。

 それしか現状勝ちの目は無い。


「……」


 幸い、すぐに攻撃が放たれる事は無かった。

 こちらの狙いが時間稼ぎである事を知られているにも関わらず、 どこか躊躇うような僅かな間が生まれていた。


 それでも動き出したその瞬間。

 今度は自ら接近してきたその瞬間。


 全神経を集中させてタイミングを合わせ、彼の奥の手が発動する。


 ……空間転移。


 男の手は空を切り、その背後にルカ・スパーノの姿が現れる。

 そして放つ。


 誰からの力も借りていない。

 純粋に彼が19年間の人生の中で積み上げてきた物を全て乗せた、全身全霊の一撃。

 その一撃が、男の首筋を捉えた。






 刃は一切通らない。






 聖女のようにある意味世界に選ばれたような力を持つ者でもない。

 ただの人間が積み重ねてきた物程度では通せない。


 何も変えられない。

 

 その代わりに。


「ッ……が……ぁ?」


 何かが自分の腹部を貫いた。



 黒い何か。

 影の棘である。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る