ex 黒装束の男、決死の時間稼ぎ
(……行ったか)
アンナが走り去ったのを確認してから正面を見据える。
まもなくあの男はこの場所に到達するだろう。
早い段階で役割分担ができてよかった。
あのままどっちが残るかという論争をしていたら、結局同じ状況になっているところだっただろうから。
そしてアンナがこちらの提案した通りの分担案を受け入れてくれて良かった。
「……これでいい」
この分担が最も合理的だったとルカは思う。
そして例え非合理だったとしても、やはりこういう危険な役回りは男が率先してやるべきだと思うから。
今の時代、男だから女だからなんて事を言うつもりは無いが……それでも。
(さあ、気合入れてくぞ……此処からは九割九分根性論の勝負だ)
正直な話をすると意識を保っているだけでも辛い。
少し気を抜けば意識が掻き消えそうだ。
……それでもこんな所で死ぬ訳にはいかないから。
死なせる訳にはいかないから。
歯を食いしばって構えを取る。
通路を移動している男に対しての迎撃処置は取らない。
取った所で焼け石に水なのは、現在進行形で蜘蛛の巣を払うように突破されているトラップや、先の戦闘で瞬間的に放てる最大火力の一撃をもってしても僅かに動きを鈍らせる程度の事しかできなかった時点で理解できている。
だから……今はこの場で可能な限りの時間を稼ぐ為の手段を講じる。
(……試験段階だ。実践では使いたくなかったが……仕方がない)
そしてルカはマニュアル操作で現在発動している強化魔術の術式を改変する。
改変し、バランスを崩した。
セーフティを取り払う。
「……よし」
不具合は起きず、無事術式が切り替わった。
そして次の瞬間には、ルカの強化魔術の出力が増す。
以前テストした際のデータ通りなら、これで出力が約8.3パーセント程度増強している筈だ。
とても戦力差を埋められるような技能ではないが、それでもやらないよりはましだ。
これを使ってようやく三分間の時間稼ぎが実現する可能性が出てくる。
何もしなければそこまで持たせられない。
だがこの手なら最大三分までなら時間を稼げる可能性がある。
そう、最大三分だ。
たかだか8.3パーセントの出力増強に対し、肉体に掛かる負荷は相当大きい。
「……ッ」
今も体が軋んでいるのが分かる。
使用は三分が限界。
その辺りで肉体が損傷し、各種あらゆる骨が疲労骨折を始める。
そうなれば完全に戦闘不能だ。
バトンタッチとなるだろう。
そして。
(……来たな)
自分達の敵が通路から飛び出してくる。
次の瞬間には再び部屋が黒く染まり、影の棘が突き出してくる。
今度は自分ひとりに全ての矛を向けてだ。
「……ッ」
そしてそれをなんとか回避する。
だがその攻撃は、あくまで次につなげる為の物。
先の魔術の飽和攻撃が、今度は8割ではなく10割自分の元へと飛んでくる。
……だが、その全ての攻撃を辛うじて回避した。
(……いける)
先程攻撃を食らった際の何割かは実質的に不意打ちと考えても良いだろう。
アンナの方へと向くと思っていた攻撃の何割かがこちらへと向いた。
加えて全体の五割に対処し、前へと進むつもりでいたのだ。
故にあの有様だった。
だが今は条件が違う。
深手を負ってこそいるが出力は上がり、全ての攻撃が自分に向いてくるという認識があり、そして倒す為に前へと踏み込む気は全くない。
故に躱せる。
全攻撃の初動を見極め、適切な動きを算出して回避行動に全ての力を行使する。
できる限り空間転移の使用は最後まで取っておきたい。
あの術をルカは何度も連続して使用する事ができない。
そんな事ができるのは自分の知る限りミカ位だ。
ルカの場合事前に僅かながら準備がいる。
故に最後の一撃かもしくは緊急回避用の術式。
それを先程アンナと共に退避した後から構築を始め、今はいつでも発動できる状態で留めてある。
つまり一撃だけなら、追い詰められた状態でも攻撃を回避できるわけだ。
そんな奥の手を開幕早々に使わずに生き残れている。
それが多少なりとも気持ちを前向きにさせた。
そして前向きな気持ちで構えを取る。
男の出方を伺う。
……だが。
(……どうした?)
次の攻撃を中々撃ってこない。
ただそこに立ちこちらを見据えている。
(なんだ……何を考えている)
今の攻撃では殺せないと考え、新たな術式を構築しているのかだろうか。
(まあそれ以外には考えられないが……なんだあの余裕は)
まるで勝利を確信しているように、攻撃の手を緩める事を通り越し放棄している。
(向こうの技量を考えれば、多少手数を緩める程度で新たな術式を構築する事位できそうだが……不気味だ)
とはいえ好都合だ。
どうせ別の術式を構築されるのだとして、放たれるまでに何もしてこないのはルカにとっては好都合だ。
その間に転移魔術の他に、瞬時に張れる物よりは比較的マシな強度を持つ結界の構築に取り掛かれる。
そしてルカが結界の構築を始めた時だった。
「この場に掛けられた魔術をどうにかするという判断は……それが可能なのだとすれば正しいよ」
「な……ッ!?」
此処にきて男が口を開いた。
落ち着いた口調で。
先程のアンナとの会話を聞かれていなければ出てくるはずのないような言葉を。
「実際この空間でなければ一対一ですら僕の勝率は4割程度といった所だろう。戦うのが今喋っているこの体じゃなく僕自身なら三割にも満たないだろう。そしてキミが前に出てきたのも正しい選択だ」
そして一拍空けてから男は言う。
「形は違えど外部から力を借りているのはキミも同じだろう。キミじゃ勝てない」
そう言った次の瞬間だった。
「……ッ!?」
ミカと繋がっていたパスが遮断されたのは。
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