ex 聖女くん、意表を突かれる。

 今の一撃で相手の右腕の骨を圧し折った。

 攻撃時の動きを見る限り、向こうの利き腕は右腕。

 ……これでただでさえ対処できた攻撃を、より容易に回避する事ができる。


 そもそも。


(……さあ、立ってこれるかな)


 拳はガードされて防がれた。

 だが骨を圧し折る威力で放った拳は、男の体に推進力を与え、床をバウンドして壁へと無防備に叩きつけさせるに至る。


 ……生半可な力では立つことができない。

 そして立つか立たないか。

 意識を保つか保たないか。


 そんなギリギリの状況に追い込んだ時点で……こちらの勝ちは決まっている。


(……そうだ、コイツから話聞いとくか)


 ステラは誘拐された子供の反応を追って此処まで来た。

 だがその手の探知魔術は、使えるがそれ程得意な訳ではない。


 だからこの空間に入られた辺りで反応は消滅していて、何処に居るのかは分からない。

 子供を誘拐して何をしようとしているのかも分からない。


 その辺の分からない事を迅速に聞けるだけ……聞いておく必要がある気がする。

 闇雲に進むより、結果的に此処で多少の時間を掛けた方が事を早く終わらせる事ができるかもしれない。


 ……その為にも。


「シルヴィ。色々頼んで悪いけど、俺が今ぶっ飛ばした奴の拘束頼んでもいいか? 意識は残しといてくれ」


「あ、了解です。ちょっと待ってくださいね」


 そう言ってシルヴィはステラが殴り飛ばした男の元へと歩みより始める。


(……さて、何から聞いてくかな)


 と、それを考え始めた時だった。


 後方から、微かに物音が聞こえたのは。


「……ッ!」


 警戒しながら背後を振り返る。


 倒れる敵の山。

 その中の一角。

 倒れ伏せた一人の男の掌を中心に、床に魔法陣が展開された。


(ちょ、アイツまだ意識が……ッ!)


 思い返す。

 あの位置は自分が戦っていた場所ではない。

 シルヴィが棒状の結界を振り回していた地点だ。


 そして冷静になって考える。

 自分は最後の一人を除けば、意識を奪う為の戦い方をしてきた。

 力を抜いて殴るのではなく、意識だけを奪うように全力で攻撃を振るう。

 この位の雑魚相手の場合、そういう戦い方ができる。


 ではシルヴィは?


 シルヴィはおそらく、軽い力で殴ってきただけだ。

 結果それで敵をなぎ倒し、意識を奪う事に成功している。

 だけど……力の加減を間違えれば、精々大ダメージを与えるだけで終わってしまうという事も考えられる。

 そしてそれが起きた。


 意識を失ったっふりをして、この瞬間まで術式を構築していた奴がいた。


 そして気付いた時には発動直前で。

 ……この部屋一体に魔術が展開される。


「……ッ!」


 急激な眠気が襲ってきた。

 耐えられる。

 耐えられるがそれでも……一瞬でも気を緩めればそのまま爆睡してしまいそうな。

 気を緩めなくても、体と視界が揺れるような。

 そんな強力な魔術。


(……まずい、術を止めねえと)


 そう考えている最中シルヴィの方から物音がして、視線を向ける。


(おい……おいおいおい!)


 シルヴィが床で倒れていた。

 ……多分床で爆睡していた。

 そして


「……結果オーライだ。この展開は予測できなかった」


 さっき殴り飛ばした男がゆっくりと立ち上がってきた。

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