42 聖女さん、VS黒装束の男Ⅲ

 魔術を構築しながら低い体勢のまま男に足払いを仕掛ける。

 だけどそれはギリギリの所で男に後方に飛ばれて躱された。

 それでも攻撃の手は緩めない。


 こちらが何かをしている事を悟られないように。


「いい加減倒れろ!」


 再び接近して拳を振るう。

 何度も。何度も。


「……」


 だけどその全てを男は躱し、往なしてそこに立つ。

 気が付けば防御ではなく、そういう捌き方をされるようになっていた。

 私が拳を放てば放つ程。戦闘が長引けば長引く程その動きが洗練されていく。

 こちらの動きに適応していく。


 出力ではこちらが勝っていても、それを埋められるだけの戦闘技能とセンスが目の前の男には備わっているんだ。


 確信する。

 このまま正攻法で相手を殺さないように倒す戦い方をしていたら、十中八九私が負ける。

 今はまだ互いに攻撃を防いで躱してという状況が平行線を辿っているけど、その均衡は崩れる。


 そして実際に崩れた。


「……ッ!?」


 攻撃を弾いた男が流れるように、こちらに向けて黒い何かを纏った拳を振るってくる。

 あまりに隙が無く、攻撃の初動に対し反応が遅れた。

 結界は間に合わないし、躱す事もままならない。


 一発受けるしかない。そういう攻撃。


 だけどそもそも今の接近戦で放った拳に、ただの一つも私の本命はいない。

 此処から先が本命。

 次の瞬間、ようやく構築が完了した魔術が発動する。


「……間に合った」


 一瞬の内に明らかに動きが鈍くなった男の拳を躱し、そのままカウンターを合わせる。

 腹部へのボディーブロー。


「が……ッ!」


 その一撃を受けた男は再び勢いよく弾き飛ばされる。

 そしてそれを殴る直前に男の後方に張った結界に直撃させて止めた。


「私の勝ちだね」


「……」


 男はそのまま地面に倒れ伏せる。

 今度は起き上がる素振りも見せない。

 見せてきても対応できる。


 私の読みが当たった。

 今のこの男には、聖女の加護とやらが付与されていない。


「……何をした」


 それでもそもそも男は十分な強者だったのだろう。

 低下した強化魔術の出力で私の拳を受け切っても、意識は消えずにそこにある。


「正直、アンタが余計な事を喋らなきゃ危なかったかもしれない」


「余計な……事?」


「聖女の加護云々言ってたよね。それと私の直感を合わせて気付いた」


 そして男に問いかける。


「アンタには別の誰かから力の供給を受けるようなパスが繋がっていた。そうだよね?」


「……ああそうか」


 男が起きた現象に納得するように言う。


「……空間を遮断する結界を張ったのか」


「ご明察」


 男の言っている事は正解だった。

 私が使った魔術は空間を結界の外から遮断。断絶させる聖属性の結界術。

 手間は掛かるし硬度も無いから簡単に破壊できる。運用が難しいし使える場面も限られてくるピーキーな術式。

 それでも……今のように外部からの繋がりを遮断できる。


 聖女の加護とやらも、顔も知らない聖女と言われている誰かから断絶できる。


 そうなれば私の勝ちだ。

 足りない出力を技量とセンスで補っているのならば、それでも補いぎれなくなる程に出力を落とす。

 そんな正攻法から外れた戦い方ができれば、殺す戦い方じゃなくても倒す戦い方で勝利できる。


「だがそんな高等な魔術をこれだけの短期間で扱えるとなると、お前は一体……」


「はい私への質問は後」


 倒れ伏せてる男の前にしゃがみ込んで問いかける。


「じゃ、やってた事と目的を全部話して貰おうかな」


 此処から色々と話を聞く権利があるのは私の方だ。

 別に私の事も教えてあげても良いけど、それは私が聞きたいことを聞いた後だ。


「……さて、何から聞こうかな」


 私がそう呟いた次の瞬間だった。


 シルヴィでもステラでもない。

 第三者がこの場に介入してきたのは。

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