第35話 情が沸く

 結婚をして家を出て、私から母に近況報告とか何でもない話とかで電話する事はほぼなかった。

 だって情は出てきても、やっぱり興味は無かったから。


 ターロとは電話しても、母に電話しようという考えは浮かばないのだ。

 家を出て、母に関わらずに済んでいるのにわざわざ私の方から連絡しようだなんて思いつきもしなかった。


 冷たいとも言われた。

 けれど私は病的に母に関心が持てなかったのだ。


 子どもの頃から「ママ見てー」をした事がない私。

 大人になったら尚の事、母親に何か言いたいこと、見せたいことなんてあるわけが無かったのだ。


 電話はいつも母の方から。

 しかも一方的に言いたいことだけ言って切ってしまう。


 耳が悪いので、声がやたらと大きい。

 電話を耳から話していたいぐらいに大きな声だ。


 そう、耳が悪いから私の言っている事は何度も言わないと通じない。


 やれ血圧が高いだの、ひざが痛いだので病院通いは良くしていたようだけど、入院するような大病は全く無かった。


 けれど歳は取っていく。

 たまに帰省すると、昔の美人の面影が無い老婆の姿にちょっとギョッとする。


 時代が変わり、パチンコでは生活しにくくなった事で昔通っていた繁華街には母は行かなくなっていた。

 たまに近所のパチンコ店には行くようだが、それもたまの事。


 繁華街に行かなくなった事でおしゃれしなくなったのだろう。

 年相応、ぐらいの見た目ではあるが、あの派手で美人だった母からすると劣化度は激しかった。



 母は夫をとても気に入っていた。

 私が何かの時に、ふと話した夫が「最近、カットパインが好きでよく食べている」

 というのを憶えていて、帰省のたびに用意されていた。


 人が喜ぶだろうことを用意するのが好きな母らしい行為だ。


 元々が憎んでいるわけでも嫌いなわけでも無い母のそんな姿を見ると、私も人として更に情が沸いてくるのだ。


 歳をとって、元気ではあるけれど少し足が悪く弱々しくなってきている姿を見ると私だって親孝行っぽい事をしないといけないような気になってくる。


 とはいえ、そうできるほど私の母に対する感情は簡単ではないのだった。

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