第77話『将軍の朝』

銀河太平記・065


『将軍の朝』扶桑道隆  






 地平線から昇って来る太陽は、地球のそれよりも一回り小さい。




 火星が地球よりも太陽から離れているせいだ。


 しかし、その朝日を太陽系で一番美しいと思う『火星人』は多い。


 地球よりも未熟な大気は、地球よりも鮮やかに太陽光を透過させる。まともな海が存在しないので、水蒸気が少なく、そのぶん太陽光を濁らせないせいでもある。


 その鮮やかな朝日を受けて、愛馬『盛(さかり)』の体から立ち上る湯気が、神馬のオーラめいて見える。


 ロ馬(ロボット馬)なので、汗では無くてラジエーターから放出されるスチームであるにすぎないのだが、扶桑幕府将軍である道隆は、このクールダウンの時間が好きだ。




「上さま、今朝は扶桑通信にいたしました」




 手綱を騎兵将校にゆだねると、小姓の兵二がA4にプリントアウトした新聞を差し出す。


「ほう、今朝は扶桑通信か」


 わたし(道隆将軍)は、先月から新しい習慣を持った。


 当番小姓にプリントアウトしたニュースを持って来させるのだ。


 どのニュースを選ぶかは小姓に任せてある。


 ニュースなど、ハンベを広げればいくらでも閲覧できる。


 それを、わざわざプリントアウトして持って来させるのは、刺激のためだ。


 紙とインクの匂い、これが情報の原点であろうと、わたしは考えている。どの記事を拾って来るかは小姓に決めさせる。


 朝の乗馬が終わって、書院に戻るまでの十分あまりを、そのニュースをもとに小姓との会話に当てる。


 将軍自身のウォーミングアップであり、小姓への教育でもある。




「これは、兵二の友人のヒコが作っているんだったね」


「はい、内容はともかく、若者の感性に触れられるかと……」


「ハハハ、ヒコは兵二と同い年だろ」


「住んでいる世界が違います」


 他の者が言えば噴飯ものだが、兵二の言葉には覚悟と覚悟を裏付ける能力と実績がある。兵二も将軍以外には、こういう言い方はしない。


「……小笠原諸島で熱水鉱床が見つかったんだな……西ノ島新島……良くも悪くも日本にとっての『夢の島』になるか……海というのはいいね。なにが隠れているか分からない玉手箱だ」


「はい」


「しかし、日本は国家主権が緩い。気を付けていないと、外国に実質を持っていかれかねない」


「さっそく、漢明系の北大街グループが乗り出してきているようです」


「北大街……孫悟海の企業グループだな」


「漢明系の新興財閥だと理解しております」


「それは、どうだろう……」


「と、申されますと?」


「国籍や民族だけで判断すると、視野が狭くなるよ。孫悟海は一般には孫大人の名で通っていて、日本人の中にも知己が多いと聞く。児玉元帥とも満州戦争以前からの付き合いという噂がある」


「児玉元帥とですか?」


「たしか、ヒコたちも、修学旅行で世話になっていたらしい」


「はい、靖国乙事件(靖国ご参拝の陛下と元帥を天狗党が襲撃した)に居合わせたヒコたちが、いささかの役に立ったという話でした」


「そうだね……兵二」


「はい」


「西ノ島新島を見てきてくれないか?」


「は、探索でありますか!?」


「そんなに眦(まなじり)を上げなくてもいいよ。人とモノを見る訓練だと思えばいい。十年もすれば扶桑は、おまえたち若者が背負って立たなければならないんだからな」


「十年ですか」


「意外かな?」


「扶桑には、まだそうそうたる先輩方がおられますが」


「たしかにね……まあ、そういう意気込みで頑張ってほしいということだね」


「はい、そういうことでありましたら」


「それと、行った先で、こういう者に会ったら連絡をしてくれ」


 手綱を持つ手を変えると、将軍はハンベの映像を呼び出した。


「ミク……いや、ミクに化けていた天狗党の工作員ですね」


「加藤恵と名乗っていた、ミクくんの話ではね」


「西ノ島新島にいるのでしょうか?」


「まあ、見かけたらでいい」


「しかし、この映像は擬態だと思うのですが」


「わたしは、まだミク君の姿でいると思っている。マス漢大使館に出たホログラムは、まだ、この姿だったしね……ハックション」


 もう一つの理由があったが、それには触れない将軍であった。開けた口は、クシャミを一つすることでごまかした。


「お風邪ではないですか?」


「いや、大丈夫、朝日に刺激されただけだよ」


「承知いたしました。明後日の定期船で行ってまいります」


「うむ、軍の船が使えればいいんだが、わたしの道楽のようなものだからね。そうだ、名目は火星に適した食用植物の採取にしておこう。そっちの方でも人を派遣したいと思っていたからね」


「はい、朝の馬駆けのお世話はどういたしましょう?」


「また、騎兵科にやってもらうよ。そうだ、朝のニュースは、いっそヒコたちに頼もう。うん、いろんなことが一度に動きそうで、ウキウキしてきたな。そうだ、ヒコたちの学校に連絡してくれないか、放課後にでも会って話ができないか打診してくれ。見ろ、今朝の朝日はひと際清々しいぞ……」


「いかにも……」


 ハックション!


 今度は主従のクシャミが揃ってしまった。





※ この章の主な登場人物


大石 一 (おおいし いち)    扶桑第三高校二年、一をダッシュと呼ばれることが多い

穴山 彦 (あなやま ひこ)    扶桑第三高校二年、 扶桑政府若年寄穴山新右衛門の息子

緒方 未来(おがた みく)     扶桑第三高校二年、 一の幼なじみ、祖父は扶桑政府の老中を務めていた

平賀 照 (ひらが てる)     扶桑第三高校二年、 飛び級で高二になった十歳の天才少女

姉崎すみれ(あねざきすみれ)    扶桑第三高校の教師、四人の担任

扶桑 道隆             扶桑幕府将軍

本多 兵二(ほんだ へいじ)    将軍付小姓、彦と中学同窓

胡蝶                小姓頭

児玉元帥

森ノ宮親王

ヨイチ               児玉元帥の副官

マーク               ファルコンZ船長 他に乗員(コスモス バルス ミナホ ポチ)

アルルカン             太陽系一の賞金首


 ※ 事項


扶桑政府     火星のアルカディア平原に作られた日本の植民地、独立後は扶桑政府、あるいは扶桑幕府と呼ばれる

カサギ      扶桑の辺境にあるアルルカンのアジトの一つ

グノーシス侵略  百年前に起こった正体不明の敵、グノーシスによる侵略

扶桑通信     修学旅行期間後、ヒコが始めたブログ通信


 

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